第21話 敬意

「俺は剣は使えないぞ?」


「それで構いません。あなたは魔法を使ってください」


 はっきりとそう言い切ってはいるが、魔法使いに対抗できる剣士なんて上位層のごく一部しかいないだろう。


 剣士と魔法使いの間に優劣がないといえるのは、ハイレベル同士での戦いの場合だけであり、新米の剣士とそうでない魔法使い──それなりに上位層と自覚している──とでは差が歴然だろう。


「………いいだろう、ただしお前は木剣じゃなくて真剣を使え。じゃねぇと勝負にもならない。いいよな、バラン」


「あぁ」


 そうして突然決まった決闘。


 修練場にいる新米兵士たちとミスティー、バランが見ている中、俺と彼は互いに対峙している。


「無理なお願いを聞いていただき、感謝いたします」


「いいよ、慣れてるっちゃ慣れてるから」


「ありがとうございます。それでは、始めてもよろしいでしょうか」


「あぁ、いつでもいいぞ」


 不要な会話は不要、今すぐにでも戦いたいという思いが彼からひしひしと伝わってくる。


 相手は剣を手に構え、俺は手ぶらの状態。


 舐めているわけじゃないが、この決闘で魔法杖を使う必要はないと判断した。


 始めると言ったものの、こちらの出方を伺っているのかあまり攻撃を仕掛けてこない。


 魔法使い相手に下手に突っ込めば負けるということは理解しているようだ。


 命をかけた戦いではないため、ここは譲って俺の方から攻撃を仕掛けることにした。


 初級攻撃魔法を二発同時に飛ばした。


 それを避け、地面に被弾した魔法が軽い爆発を起こした。


 煙が充満し、彼の姿を捉えることが難しくなったその瞬間、視界の悪い煙の中からこちらへ一直線に突っ込んできた。


 剣を右に構え、大振りに右から左へ一閃した。


 俺はそれを冷静に身体を捻らせて躱し、続け様に至近距離から再び同威力の初級攻撃魔法を一発撃った。


「………ッ」


 ほとんどノーモーションで放った俺の魔法に対して瞬時に反応して、力づくで魔法を躱してきた。


 思わず感心して驚いていると、目の前から突然蹴りが繰り出されてきた。


「おぉっと」


 避けることもできずに、右腕を前に出して彼の蹴りを受けると反動で後方に弾き飛ばされてしまった。


「半端じゃないパワーだな」


 俺の魔法を躱したその体勢のまま繰り出された蹴りとは思えないほどの威力があった。


「……お褒めいただきありがとうございます。ですが、私に手加減は不要です、アルクさん。これは私から仕掛けた一方的な決闘ゆえ、あなたが気を使う必要は一切ありません。あのバラン教官が認めた魔法使い……帝国ではあなたの名前を聞いたことがありませんが、おそらく外では名の知れたお方なのでしょう。そんなあなたの実力を、私は真正面から知りたいのです」


 強い眼差しからは恨みや憎しみといった負の感情は一切なく、むしろ敬意すらある。


「手加減をしているつもりはなかったんだが、気を悪くさせたのならそれは悪かった。正面から全力でお前を相手してやるよ」


「はい、ありがとうございます」


 ──とはいえ、マジ火力で魔法を放ってしまえば修練場は保証できない。


 全力の方向性を少し変えることになるが、本気という点では変わりない。


 魔法陣を展開し、次の瞬間には彼の目の前に転移する。


「ッ……!?くっ……はぁぁ!」


 またしても素晴らしい反応速度で俺に気がつき、瞬時に剣を振りかぶり俺の腹部を狙ってきている。


 俺は自身の体に魔法陣を展開し、自らで自らの身体を操り強制的に剣の軌道から逸れたため、剣は空ぶった。


 そして再び魔法陣を展開し、今度は目の前の彼へ同じ魔法を使った。


 剣を持っている指を緩めると、スルリと手から剣が離れていく。


「なっ………!?身体が……勝手に………っ」


「悪いな、それ使わせてもらうよ」


 彼の手から離れた剣は宙で自在に飛び回り、剣先を前へ向けて一直線に持ち主の元へと急降下していった。


 目にも留まらぬ速さで彼の首元へ飛んでいった剣は数ミリ寸前のところでピタリと静止した。


 寸止め。いつでも仕留められるという意を込めた淡い慈悲。


「はっ………はぁっ………、こ、降参……です」


 その言葉と同時に宙に浮いた剣は落ち、俺は魔法を解除した。


 決闘は終了した。


 ──────


「お疲れ様。どうだった、彼の実力は?」


 歩み寄ってきたミスティーが、地面に座り込んだままの彼に向かってそう言った。


「…………とても、強かったです」


「そうよ、アルクは強いの。あなたの何百倍もね。そんな彼に決闘を挑むなどという愚行を今後一生悔いて精進しなさい。相手の力量も見定められない者から死んでいくのだから」


 強めの口調で言い放ち、有無を言わせず背を向けた。


「はいっ、ありがとうございます皇女殿下」


 去っていく彼女の背に向かって深く頭を下げた。


 この男は、本当にどこまでも純粋な心を持っているのだろう。


 ミスティーを追うべく、俺も彼に背を向ける。


「なあ、お前。名前なんて言うんだ?」


 ふと振り返り、思い出したように聞いた。


「……カシューです」


「俺はアルクだ。もっと強くなれよ、カシュー。お前は才能があると思うよ」


 それだけ言って、今度こそ背を向けたまま去った。


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親友(勇者)には可愛い娘、俺(魔法使い)にはヤバい女しか寄ってこない はるのはるか @nchnngh

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