隣の国に勇者が召喚されたらしい

メクラトゲムシ

第1話 勇者

 11月29日。吐く息も白くなってきたこの頃、高校2年になった僕は危機感を感じていた。来年から、受験生だ。人生一大の勝負時だというのに、僕は勝負の内容、挑む相手すら決まっていなかった。


 他のみんなはどうやら進路をすでに定めているようで、戦いの準備を始めている。僕は、僕だけはどうしても決断できずにいた。


 なんていえばいいんだろう。漠然とした予感があったんだ。


 なにか、進路なんて考えていることが馬鹿らしくなるほど、大きなことが起きる予感が。


 とある日の朝のホームルーム。その予感は現実となる。それは決して良いものとは言えないが。


 机が並ぶ教室から、視界が一瞬にして切り替わる。切り出された石によって造られた大きな部屋。壁には鎧を着た騎士のような人たちが何人もたっていて、一つしかない部屋のドアの前には豪華なドレスを着た金髪の少女が立っていた。


 これは、なんだ? クラスメートたちもどうやら一緒に移動してきているようで、彼らの様子を見てみると、やはり僕と同じように困惑しているようだった。若干数名がガッツポーズをしているのが少し気になった。


 知らないところに移動している。その事実が頭にはいってきたクラスメートたちは近くの人に話しかけて何が起きたのかを聞き合う。


 あまり大きな声ではないと思うが、人数が多い。30人もいると、少し騒がしくなる。


 しかし次の瞬間、ドレスの金髪の少女が大きな声を上げる。


「皆様! 落ち着いてください! 急に場所が変わって困惑するのはわかります。ですが、今は私の話を聞いてください!」


 透き通ったその声はクラスメート全員の耳によく届いた。彼女の姿を一目見たクラスメートたちは、息を飲む。彼女があまりにも美しかったから。


 そして、静寂。


「ありがとうございます。ではまず私の自己紹介からさせていただきますね。私はこのクラインズ王国第一王女のトリネシア・ユーリ・クラインズと申します。皆様、お気軽にトリィと、およびください」


 彼女の挨拶に男子連中が雄たけびを上げる。いったん落ち着きなよ。


 その様子を見た第一王女様は人差し指を口にあてる。静かにしろってことだ。ざまぁ見ろ男子連中。そのしぐさの次の瞬間には、この場に静寂が訪れていた。従順だね。


「皆様は勇者として、この国、クラインズ王国に召喚されました。急に知らない世界、知らない場所に連れてこられた怒りなどは重々承知です。元の世界に戻ることも、もうできません。大変、申し訳ないと思っています。しかし、そんな怒りを承知で、私たちは勇者様方にお願いを申し上げねばなりません。今、私たちの国は、魔物や隣国との闘いで疲弊しており、自身の問題を自身で解決することができません。どうか、私たちの国を守ることに、力をお貸ししていただくことはできませんでしょうか?」


 第一王女様の言葉に、場が沸き立つ……ことはなかった。急に召喚され、急に国防に力を貸せ、なんて言われて即答できるわけがない。むしろ、僕ならば、全力で拒否したい。


 しかし、どうやらそうは思わない人もいるようだった。


「すいません、質問、いいですか?」


「なんでも構いませんよ! 私が答えられることならなんでも答えます!」


 クラスの陽キャ代表的な人物、和田 光哉。彼はどうやら第一王女様を好意的にみているようだ。


「僕たちはつい先ほどまで、ただの学生として日々を生きていました。勇者だなんだといわれても、急に戦えるわけじゃないと思います。そういった所はどうお考えなのですか?」


「勇者様は、世界を渡る際に魔力を周囲から吸い込み、強力な能力を得ると伺っています。今は、能力についてわからないと思いますが、後で能力を鑑定しますので、その能力をつかって戦っていただくことになると思います。もちろん、力があっても、戦えない人もいらっしゃると思います。勇気が出なかったり、ケガしていたり。そう言った人も、王国側は不自由なく生活を送れるように支援いたします」


「なるほど、ありがとうございます」


 へぇ、魔力を吸い込んで能力を獲得、ねぇ。僕の能力、どんなものなのか少し気になるな。


「他にご質問などはありませんか? なんでもお答えいたしますよ!」


 第一王女様が張り切ってそういうが、誰かが手を上げることはなかった。


「質問がなさそうでしたら、早速、能力の鑑定に入ってもよろしいでしょうか?」


「大丈夫です」


 和田君がクラスを代表して答えると、数人の騎士が水晶のようなものを持ってこちらに来た。第一王女様曰く、あれは鑑定の水晶というらしく、対象の能力詳細を、対象者、道具の所持者が知ることができるというものらしい。


 なるほど、それはまぁ、便利なことで。


 その後、僕は自分の能力を把握し、そして、紆余曲折あって城から出ることにした。僕の存在は、なかったことになった。


 紆余曲折って何があったんだよって?


 それは秘密。


 しかし、やっぱり僕は良い勘を持っているらしいね。こんなことができるようになってしまったら、受験だとか、元の世界が馬鹿らしく感じるよ。

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