亡き少女のためのエンドロール

 翌日。ごく狭い界隈で、小さなニュースが流れた。

 地下アイドルの『ゆいにゃん』こと姫宮夢衣が、秋葉原の交差点で信号無視の車による轢き逃げに遭い死亡した。死亡日時は六月二十一日午後二時頃。翌日に行われるライブのリハーサルへ向かう途中の出来事だったという。

 しかしSNSでは、その翌日に『ゆいにゃん』のライブを見たという証言が複数件投稿されており、混乱が混乱を呼んだ。

 当初は「オタク特有の誇張表現」だとか「売れない場末のアイドルとそのオタクが話題作りのためにネタ合わせしてるだけだろ」といった意見、また「つまらん釣りは11ちゃんねるでスレ立ててやれ」といった冷笑が大半だった。

 しかし、六月二十三日午後二時頃。公式アカウントに一つの映像が投下されると、SNSのトレンドに乗るほどの騒ぎとなった。

 その映像とは、小さなスタジオでライブを行う、一人のアイドルとファンの姿だ。彼女のイメージカラーである淡いピンク色のステージライトとサイリウムに囲まれて歌い踊る様子と、懸命に声援を送るファンの後ろ姿。アイドルの顔はライトの反射で判然としないが、服装や髪型、なにより歌声が『ゆいにゃん』そのものだった。


『事故で死亡した地下アイドル、翌日にファンの前でラストライブを行う』


 そんな、釣りにしか見えないタイトルでネットニュースが記事を作るまでに至り、ゆいにゃんの公式アカウントのフォロワーは活動時の三十八人から百倍に膨れ上がる事態となった。

 姫宮夢衣の死亡日時は間違いなくライブの前日で、当日事故を目撃した人も、その映像をスマートフォンで撮影していたという人もいる。怪我の箇所にモザイク処理をしてはいるが、確かに被害者は姫宮夢衣だった。だがライブを見た人もまた、彼女は間違いなく『ゆいにゃん』だったと言っている。

 実は双子だった説やドッペルゲンガー説などが飛び交い、皮肉なことに生きていた頃より遙かに話題となっていた。

 ライブで歌った件の新曲は前撮りしておいた音源を用いて販売され、過去嘗てない売り上げを叩き出したという。



「――――本当に良かったの?」


 自室のパソコン前で、SNSを開いたブラウザを眺めながら、周は伶亞に訊ねた。椅子に座る周の肩に手を添えて画面を覗き込み、伶亞は小さく頷く。


「葛木さんは、ちゃんと顔をはっきり映さないように撮ってくれたし……それに画像編集したところで、出てくるのは夢衣さんの顔だから……」

「まあ、メイク落とし画像作ってもどうせ伶亞の顔にはならないもんね」

「うん……」


 周のうんざりした物言いに、伶亞は同意を示した。

 一時期ネット上で、メイクをした女性の自撮り画像を編集して素顔を晒す『メイク落とし加工』という嫌がらせが流行したことがある。つけ睫毛やアイプチなどで目を大きく二重に見せるメイクを剥がして、一重の糸目に。ファンデーションやチークを落として、くすんだニキビ肌に。調えた眉を全て剃り落としたり、逆に植毛したり。其処には悪意しかなく、元の顔とは似ても似つかないことが殆どであった。そうして加工した画像を『○○の素顔』と言って晒し上げ、違うというなら自分ですっぴんを晒してみろと煽る。そんな幼稚な嫌がらせが蔓延したことで、アイドルやグラビアの事務所などが訴訟を起こしたケースもあったほどだ。

 結局、判を押したように一重で糸目で小鼻の広がった猿顔にするだけだったため、画像加工を生業にしているプロやメイクアップアーティストなどから苦言を呈されたことと訴訟や開示請求が相次いだこと、なにより個人団体問わず荒らし回った人物の素顔がウェブカメラのハッキングで逆に晒されたことなどをきっかけに、じわじわと収束していった。

 姫宮夢衣は活動時期が被っていなかったこともあって、被害に遭った様子はない。そして現在発表されている映像が加工されたところで、伶亞の顔には行き着けない。恐らく程度の低い嫌がらせ加工では、姫宮夢衣の顔にもならないだろう。仮に本気で画質処理をしても、判明するのは姫宮夢衣の姿だけ。

 そう判断したがゆえの、公開許可だった。


「歌い手としての自分は、この映像の何処にもいないし……」

「まあねえ。伶亞、ほんと他人の評価気にしないよね」


 SNSのタブを閉じ、動画投稿サイトを表示させる。

 伶亞は歌い手としてボーカロイド曲やプロの歌を用いた歌ってみた動画を投稿しており、顔は勿論他の部分も、本人の姿は一切見せないスタイルでやっている。そしてなにより一番の特徴は、元ネタに限りなく似せた声で歌うというコンセプトである。プロの歌手ならその人物の。ボーカロイドなら使用したキャラクターの。声を真似て歌う。モノマネ自体は珍しい芸ではないが、大概のモノマネ芸人は本人が表に出る。だが伶亞は、頑なに自身を前に出そうとしない。

 そのせいもあって投稿した動画に届いたコメントの中には『どうせ別人なんだろ』『加工じゃね?』『本人の音源転載してるだけ説』『証拠見せろや』といったものがチラホラと見られる。

 伶亞以外にも、姿を一切見せず歌声だけを投稿している人はたくさんいる。彼らのコメントにも『加工』という言葉が悪口として流れることがあり、更に『無加工だとどうせ下手なんだろ』『素の歌声で勝負しろ』と揶揄する声がある。

 つまり、文句をつけている彼らは『自分からの信頼を得たかったら注文を聞け』と言っているのだが。


「だって、どうでもいい人たちの評価なんて、どうでもいい……周が好きって言ってくれるから、他の人がどう思ってても関係ないし……知らない……」


 無価値な人間からの評価は総じて無価値。

 歌もそれ以外のパフォーマンスも、喜んでくれる人のためにある。

 ステージ上で最高に輝いていたゆいにゃんを思えば、尚更そう実感する。

 伶亞の動画にも、無価値なコメントばかりでなく歌を喜んでくれる人たちはいる。寧ろ応援のほうが圧倒的に多い。ゆえに伶亞は歌い続けるし、周もそんな伶亞の歌を喜んで聞き続けるのだ。


「アイドルソングとか、いままで触れてこなかったけど……挑戦してみようかな」

「いいね! とはいえ、いまゆいにゃんの歌出したらさすがにバズり目的丸出しって言われちゃいそうだし……ガイドライン出てる事務所の曲借りてみよっか」

「うん」


 早速複数のアイドル事務所のファン活動ガイドラインを確認し始めた周を背後から見守りつつ、伶亞は自分の中のアイドルイメージを固めるため、自分のタブレットで様々なアイドルライブのアーカイブを見始めた。

 其処にはゆいにゃん同様にステージ上で輝く少女たちがいて、誰もが最高の自分を集まったファンのために魅せていた。

 規模は違えど、それは確かに伶亞が間接的に体験した、あのステージだった。



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イタコ歌手伶亞の浄霊ライブ☆ 宵宮祀花 @ambrosiaxxx

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