最終話 律っちゃんのいちばん長い一日

「朝だよ、律っちゃん…起きて」

律子「…ダメです…無理です…身体…ばらばら…」

「……」

いや…止めたよね…俺。さんざん求めてきて…逝きまくったの律っちゃんだよね…


「ほら、起きてよ…朝食も用意しているから」

律子「あっちゃん…起こして…」

だ…大丈夫か?分かってるのか?…今日は…


「しょうがないな…うわああっ!!」

律子「捕まえました~」

い…いきなりベッドに引き摺りこまれた…


「こ…こらっ、今日はダメ…」

律子「非番です~、挿れて…挿れてください!」

オイオイ…(汗)


「…本当に…脳まで溶けちゃったのかな…」

律子「…へ?」

「今日は…律っちゃん退職の挨拶の日でしょ?」



律子「なんで!もっと早く起こしてくれないの!?」

「………」


律っちゃんは、朝食もそこそこにワタワタと朝の準備に狂走し始めた。


既に結婚生活の長い三月みつき曰く…女性は多かれ少なかれ朝は低血圧なのか理不尽…多少は我慢しないと…とても暮らしていけない…と。


ほんと…お前の言う通りだわ…



俺、秋山秋男(律っちゃん曰く「秋男だからあっくん!」だそうな)…この間、長年勤めた会社を退職して、晴れてプー。


退院後、再度リハビリ入院するまでの間、体調管理と律っちゃんの通勤を考えて、俺が律っちゃんのマンションに転がり込むことにした。

齢40にして初めての同棲ってやつである。


律子「あれ?あっくんも出掛けるの?」

「ああ、斉藤先生が話があるってさ」

律子「身体のこと?それともプライベート?」

「…遺憾だけどプライベート」

律子「あはは!!」


本当にあの男は!

俺を友人か何かと思っているのかしょっちゅう呼び出してくる。

こっちも身体のことがあるので応じない訳にいかなくてさ。


この間、公私混同!って怒ったら、やっと誘い際に公務かプライベートか付け加えるようになった。


律子「直人さん、あれで繊細だから友達少ないんだよ…許してあげて…ね?」


…ムカッ、


「繊細?ネチッこいの間違いだろ?」

律子「うふふ…」

律っちゃんの目が楽しそうだ。


斉藤先生と律っちゃんが愛人関係だった頃の話は、幾度かの寸止めセックスで根掘り葉掘り聞き出している。

あの男、見かけの爽やかさに似ず結構ネチッこいセックスを展開したらしく、律っちゃんもさんざん逝かされたそうだ。


律子「前戯で一回、挿れられて一回、必ず逝かされちゃうの。あの頃はまだ…やすひろさんと死別してすぐだったから罪悪感も凄くて…逆に離れられなくなりそうだったの」

律子「直人さんと彩さんの離婚を機にうまく解消できたけど、身体的にはズルズル続いてもおかしくなかったんだよ…」

律っちゃんがイタズラっぽく笑う。


…絶対、煽ってるよね…律っちゃん!?


律子「え…え…だ…だめっ!…時間無いんだから…あっ!あっ!いや、いや、くう~っ…そ、そこだめ…あっ!あっ!あっ!あ~~っ」




【病院の外、人気の無い中庭の奥】


斉藤「冷えてきましたね?もう冬の匂いが近づいています」

「でしょ?寒いんだよ!何で毎回、病院の中庭で待ち合わせるの!?」

斉藤「私たちの秘密会議は、やっぱりここでしょう?」

「…そんなもん、全く望んでいないんだけど」


いつもの中庭で、俺たちはいつもの軽口を叩き合う。最初と違うのは、俺が車椅子に乗っていないこと…それと(笑)。


「先生~彩さんとのご結婚おめでとうございます~」

斉藤「ノッケからムカつくこと言い出しましたね」

「いや!祝福でしょ?…まあ…あの時のことは、策士策に溺れましたね!?」


律っちゃんにプロポーズする気でお酒に誘って、泥酔して介抱していた彩さんを妊娠させちゃったらね。


斉藤「うるさいです。今度の検診で何の毒を盛って欲しいですか?」

「その、身体に何かする系の話…本当に辞めて!本当に怖いんだから!」


パチパチパチパチ!内科病棟から拍手が聞こえてくる。今頃は律っちゃんの送別セレモニーの真っ最中だろう。


「先生、参加しなくて良かったの?」

斉藤「…外科と内科の壁って未だに有りましてね、あれは内科のイベントなんで」

「律っちゃん、外科も長いのにね…」

斉藤「当時とは看護師はかなり入れ変わってしまいましたが…私も含めて手術に携わる医師はやっぱり彼女忘れられなくて…残念ではありますが」

「メンツとか気にしないで一緒にやれば良いのに…」



斉藤「あ!忘れてました!医長からあなたに伝言が有りましてね」

「?」

斉藤「超優秀な看護師をよくもカッサラいやがって覚えていろ!!とのことです」

「…その、患者を脅すのって、この病院の伝統なの!?…医者の『覚えていろ!』ってセリフ、マジで怖いんだよ!」

斉藤「まあまあ(笑)…この後、直接会えますので文句はその時に…」

「へ?」

斉藤「行きましょうか?時間稼ぎはこれで充分でしょう」

「ど…どこへ?」

斉藤「メインイベントです。7年ごしの医長の罪滅ぼしだそうですよ。手伝ってください」



予感はしていた。病院の本館の受付ロビー…タキシードに着替えさせられた俺の目の前には、初老の医師に手を取られたウェディングベールの天使が。


律子「あっくん…」


手作り感満載の結婚式会場…いったいどれだけの人たちが労に携わってくれたのだろう。


医師「君が秋山君か…」


初老の医師がニッコリと笑う。


医師「この泥棒猫!とあえて言わせて貰うよ」

「うぐっ!…スミマセン…」

医師「…頼みます。今度こそ…律子君を幸せにしてあげてください」

「…はい」


律子「先生…あたし…」

律っちゃんの目には…もう涙が…


医師「律子君…ここはかつて、私が辛い指示を君に課した場所だ…」


7年前の複合災害の際、要救護者の戦場と化したこの場所で、律っちゃんはトリアージ(救護する命の選択)を命じられた。

旦那と死別したばかりだった律っちゃんは、心に深い傷を負った。


医師「あの時の判断が間違っていたとは思っていない。でも律子君が深く傷ついていたことを斉藤君や他のたくさんのスタッフから教えられた…すまなかった…」

律子「先生…」

医師「君の退職にあたり考えた。もしかすると君に取っては忌まわしいこの場所を、せめて最後は幸せな思い出に書き替えてあげたい…老いぼれの自己満足だ。でも大勢の者が賛同して骨を折ってくれた…受け取ってくれるかね?」

律子「先生~~(涙)」


医師「こらこら、抱きつくなら旦那にしなさい」

「いえ…ムカつきますが、今だけは」

医師「そうか!そうか!律子君、結婚なんか辞めて私の妾になり…」

「…老い先短い人生、もっと短くされたいのか!本当に悪質な冗談が好きだな、ここの先生たちは!!」



彩「律子さん~」


カメラを持った黒ドレスの彩さんが近づいてくる。


律子「彩!!」


律っちゃんが飛び付くように駆け寄って。


律子「彩、身体は大丈夫なの!?」


彩「今日だけはどうしても!結婚おめでとう!律子さん!」

律子「彩もね!先生に幸せにして貰うのよ!」



「ケケっ(笑)」

斉藤「気色の悪い笑い声は早く止めて準備をしてください!」

「…何を?」


黒の背広に着替えた斉藤先生がビデオカメラを持って近づいてくる。


斉藤「宣言です」

「宣言って?」

斉藤「これは人前結婚式です。律子君を必ず幸せにすることを私たちに宣言してください!」


この瞬間、大きな歓声があたりを包む。


律子「みんな…」


沢山のお医者様だけでなく…看護師さんだけでなく…沢山の患者さんが祝福の声をあげている。

律っちゃんがみんなにいかに愛されていたのか…そのバトンの大きさに胸が震える!


斉藤「さあ!宣言をお願いします。残念ながらあなたのパートナーは役に立たないみたいですよ」


そう…律っちゃんは泣いちゃって…とっても無理。

ここは一寸…俺の頑張りどころ。


斉藤「さあ!カッコいいところよろしく!無様でも記録しちゃいますよ!」


黙って見ててよ先生!

俺は…泣いてる律っちゃんを抱き寄せて…声を張り上げた!



この日、とある病院の受付ロビーで…一組の夫婦が誓いの口づけを交わした。

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内科病棟のジュリエット ヘタレちゃん改 @kansou001

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