以下はAS3の裏、ひろみちゃん視点編です。
―
―
正直に言うと、家を出る前から少し嫌な予感はしていた。
今日は正博くんの結婚祝いを兼ねたヨット部のOB会。
ミキヤくんにとっては、独身時代の仲間たちとの再会だ。
もちろん、それ自体はいい。
むしろ楽しそうで何よりだと思う。
……問題は…そこが“昔の女”の名前も平然と飛び交う空間だということ。
男の人って、本当にそのへん鈍い。
もちろんあたしにとっては正博くんとの終わった恋愛なんて、過去のこと…それ自体は気にもしていない。
女の恋愛は書き変えだもん。
でも――
ミキヤくんの過去って、ちょっとだけ胸に刺さるのだ。
車の中でも、私は少し無口だった。
ミキヤくんはたぶん気づいていなかった…と思う。
―
会場について、正博くんの奥さん――雅子さんを見た瞬間、私は思った。
あ……綺麗な人。
決して派手じゃない…けど品があって、やわらかくて、落ち着いていて。
……そして、その直後だった。
「いやあ、雅子さん美人ですねっ! こりゃ愛子ちゃん以上だな!」
私は笑顔のまま、心の中で決めた。
今日は口をきかない!
何でそこで愛子ちゃんが出てくるの。
なんで比較するの。
なんでよりによって元カノなの。
なんでそんなに嬉しそうなの。
なんで私の前でやるの。
……なんで、私はこんなに腹が立つの?
―
―
若い部員の子たちが話しかけてきたので、私はにこやかに対応した。
別に当てつけじゃない。
……少ししか。
ミキヤくんがこっちを気にしてるのは分かった。
でも助けに来ない。
と思ったら、正博くんに連れていかれて、そのまま海へ出ていった。
私は笑顔のまま思った。
やってくれたな!…正博くん!!
―
―
「ヒロミさん…もしかして怒ってる?」
「……別に」
「うわ〜超かわい〜」
真島もえさんの登場にあたしに質問攻めという名のナンパを仕掛けていた男の子たちが引き波のように後ずさっていく。
この人は…少し苦手…人の心を見透かして、面白がる。
「でもさ…ミキヤってあんなもんだよ」
「……知ってるんですか?」
「うん。女心にはどこまでも鈍い…でも…あいつ素直だから…子供っぽいとも言うけどねっ」
……やっぱり腹が立つ…でも…少しだけ知りたくなる。
私の知らないミキヤくんを…この人はたくさん知ってるんだ…
それもまた…少し悔しかった。
―
―
ミキヤくんはしょんぼりした顔で戻ってきた。
海風に吹かれた迷い犬みたいな顔だった。
それでも私は許さなかった。
ホテルに入ってからも、ベッドの上で黙っていた。
……本当は、謝ってほしかっただけなのに。
―
「ヒロミちゃん、ごめん」
やっと来た……でもまだ黙る。
「雅子さん褒めるのに愛子ちゃん出したのは最低だった」
その通り。
「でもさ……河村先輩の前で、ヒロミちゃんと誰かを比べるのは嫌だった」
……え?
少しだけ、胸の奥が揺れた。
「俺にとって、一番可愛いのは――」
その先を聞いた瞬間、私はもう我慢できなかった。
―
―
―
気づいたら飛びついていた。
キスして、抱きしめて、やっと言えた。
「……あたし…ブスじゃない?」
ずっと不安だった。
「だって…ミキヤくんは…あたしじゃなくて…愛子ちゃんを選んだじゃん!」
愛子ちゃんは綺麗だった。
本社受付の筆頭で有名人だった。
人気もあった。
私はただの経理で…テニス仲間で…ほんの少しだけ…人生が重なっただけの…
「ごめん…見る目がなかったんだ…今の俺にとってはひろみちゃんこそが…世界一の…」
その言葉で、涙が出た。
ずるい。
そんな言い方されたら、全部許してしまうよ…
―
―
―
その夜のことは――まあ、二人だけの秘密にしておく。
ただ一つ言えるのは。
真島もえさんが置いていった怪しい袋の中身については、私は一生忘れない。
…そして…私はもえさんを…一生許さないと心に決めたんだ!