第8話
「私はねぇアンタなんかよりずっとずっと長生きなんだよ、このクソガキ」
「舐めた口、きいてんじゃないよ」。体の底から冷える声音が鼓膜に刺さる。顎を引き、鼻を鳴らした。
「悔しいなら、連れてけへなちょこアイドル」
どうして彼女について行きたいのか、分からない。地球に侵略し、人々を洗脳していた宇宙人なんて、正直なところ怖くて仕方がない。現に足は微かに震えている。
けれど、引けなかった。今まで騙されてきた恨みと、このままどこかへ消える宇宙人を許すことができないのだ。
ふっと息を吸う音が聞こえる。彼女からの回答が怖くてたまらない。私は唇を舐めた。
「一生、地球に帰ってこれないようにしてやる」
売り言葉に買い言葉だ。私は店内に響くほどの大声で叫んだ。
「上等だ、クソ宇宙人!」
◇
「みんな、今日は来てくれてありがとう!」
ライトがステージを照らす。舞う紙吹雪がキラキラと輝き、まるで妖精が落とす鱗粉のように美しい。会場から雪崩のような歓声が上がり、ペンライトが波打つ。
ステージを沸かすのはたった一人の女性。白とスカイブルーが映えるドレスを着て、数センチもあるピンヒールを履いた彼女は、まるでこの世界を支配する女王のようだ。
その様子を、私はステージを見渡せる特別席から眺めた。ふいに彼女が視線をこちらへ向けた。フッと素に戻ったように口角を歪め、目を細める。やがて観客へ視線を戻し、声を張った。
「いっぱい、いっぱい楽しんでいってね」
甘い声音が響く。同時に地鳴りの如く会場が揺れ、音楽が流れ始めた。
「すごいな、あまゆゥさん」
隣にいた男が私に耳打ちをする。横目で彼を見た。一つ目のギョロリとした瞳が忙しなくクリクリと動き、興奮を露わにしていた。
「まさに、天性のアイドルだ。完璧すぎる」
「……そうですか? さっきも音を外してましたし、振り付けも間違えてましたよ」。あまゆゥから視線を外さず意地悪っぽく呟くと、彼は口をあんぐりとさせた。
「マネージャーさん、厳しいな」
マネージャーと呼ばれ始めて、どのぐらい経つだろう。ワイシャツの襟元を緩めながら、遠い日の記憶を辿る。この星へ侵食し始め、今や天崎まゆは誰も寄せ付けないトップアイドルに君臨した。
洗脳だと知らず崇め奉る連中を見て、過去の自分を思い出し、皮肉っぽく肩を揺らし笑う。
「本当の彼女を知っているのは、私だけなのでね。厳しい目で見なきゃダメなんですよ、社長さん」
隣にいる男に、言い聞かせるように言葉を吐く。この星の芸能界を牛耳るプロダクションの社長は「君みたいな人がマネージャーだから彼女はトップに立っているんだろうね」と息を呑む。
「ところで、前に話した映画の件だが、主演は彼女に任せるつもりだ」
まるで悪代官のように耳打ちをした彼へ、静かに頷く。同時に、弾けるような歌声が響き渡った。『あなたは私から、もう目が離せない♪』。地球でも飽きるほど聴いていた曲だ。私はあまゆゥを見つめながら、今後の予定を頭の中で組み立てる。
歓喜の声は、止ることなく会場を包み込んでいた。
【完】
天崎まゆはどこかおかしい 中頭 @nkatm_nkgm
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