第7話

「……アンタみたいな小娘に……」


 ストローを齧りながら、あまゆゥがひとりごちた。ペッと唾でも吐きそうに顔を歪めている。


「アンタ、私の悪口を散々言ってくれたらしいじゃん? いい度胸してんね」


 「私より、あの大橋さやの方がいい、とか言ってたみたいだし。本当、ムカつく」。そう言われ、ドキリと胸が跳ねた。あの会話は、友達同士でのものだ。なぜ彼女がそれを知っているのだろうか。

 私の雰囲気を察したのか、あまゆゥが意地悪げに口角を歪める。


「私はね、すべての事柄が手に取るように分かるの。アンタが私の悪評を検索してたことも、掲示板に書き込んでたことも────」


 「すぐ火消ししたのに、アンタ食らいつくんだもん。鬱陶しいったらありゃしない」。彼女は肩を竦め、わざとらしく嫌な表情を浮かべた。


「あ、ちなみになんでここにいる連中が私に反応しないか、分かる? ここの空間だけ、洗脳を解いてるの。私はただの一般市民として認識されてる」


 「どう? 私の力、すごくない?」。自慢げに語る彼女に、背筋が凍る。私は察していた。この地球の人間を洗脳できる能力を持つ宇宙人だ。人間の一人や二人、簡単に殺すことだってできる。

 ────私は、消される。

 額に滲んだ汗もそのままに、口を開いた。


「私は、殺されますか?」

「はぁ?」


 強張った声音に、あまゆゥが鋭い声を上げる。


「殺す? アンタを? なんで?」


 あっけらかんとそう言われ、拍子抜けした。彼女はストローをクルクルと回し、溶けた氷をカフェオレと馴染ませている。


「そんなめんどくさいことするわけないでしょ? 手を汚すのとかダルすぎるし」


 あまゆゥが立ち上がり、ぐんと背伸びをした。「もう何十年も洗脳成功してたのに、なんでこうなっちゃうかなぁ」。ため息を漏らしながら、店を出ようとする。「じゃあね。私はまた別の星を洗脳しに行くわ」。こちらを見ずに手を振る彼女はあっけらかんと告げる。

 私は彼女の手を掴み、引き留めた。


「え!? 何!? なんで!? 終わり!? これで!?」

「そうだけど? 私の洗脳が解けた人間がいるとか萎えるから、別の星に行く。私がこの星からいなくなったその瞬間から、この国のトップアイドルはあんたが大好きな大橋さやになるよ。私の存在は綺麗さっぱり消え失せる」

「じゃ、じゃあ、私もあんたのこと忘れるってこと?」

「そう。忘れる。私の存在は無かったことになる。はぁ〜こんな可愛い私の存在を忘れるなんて、ホントお前たちは愚か……」


 憐れむような表情を浮かべ、息を吐いたあまゆゥを見て、沸々と怒りが湧く。


「私、あんたのファンだったんだけど!? バイトして、CD買って、ライブも楽しみにしてて……地球のみんなを引っ掻き回して、最後が、これ? ……こんな幕引き、させないから!」

「は……はぁ? 何言ってんの……」


 あまゆゥの表情が徐々に強張る。握った腕に力がこもり、グイと引き寄せる。


「わ、私も、私も連れて行きなさいよ!」

「はぁ!? 何言ってんのよ、この小娘! 離せッ!」

「だいたい、あんたねぇ! ダンスもそこまで上手くないし、演技もビミョーだし、歌も時々音外してるんだけど!?」


 あまゆゥは面と向かってそんな言葉を浴びた経験がないのか、一瞬顔を赤く染め、やがて眉間に皺を寄せた。鋭い眼光でギロリと睨む。

 怯むことなく暴言を吐く。


「今までチヤホヤされて、気が付かなかったの? マジで実力はさやぴに劣るんだけど?」

「……!」


 襟首を掴まれ、グイと引き寄せられた。鼻先が触れ合うほど近づく。漂う甘い匂いにドキリと胸を弾ませたが、そんな感情さえ吹き飛ぶほど、あまゆゥの瞳は怒りに満ちていた。

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