第6話


 駅前のカフェ。辿り着いた私はゴクリと唾液を嚥下した。

 ────本当に、誰か来るのだろうか。

 身を乗り出し、窓からカフェ内を見てみる。中はいつも通りの風景が広がっていて、なんら不穏な点は無い。

 扉を開け、中に入る。同時に「いらっしゃいませ」と店員が走ってきた。にこやかな笑みが敵の思惑のように思え、しかしそれは被害妄想だと自分に言い聞かせた。「待ち合わせです」とぶっきらぼうに答え、店員の横を通り過ぎる。カツカツと店内を歩き回っていると、私の姿に気がついた誰かが、オオイと声を張り上げた。席から立ち上がり、手を大きく振っている誰かに視線を投げる。


「……天崎、まゆ!?」


 私は叫ぶと同時に口を塞いだ。周りをキョロキョロと見渡す。気にせず、あまゆゥは手を振っている。彼女の格好を見る限り、芸能人がするような変装をしていない。どこからどう見てもあまゆゥだし、それを隠そうともしていない。

 だが、周りの誰もが彼女に気がついていない。視線は私ばかりに刺さり「大声を出すなよ」と言いたげな目が注がれている。

 ────何故? 何故みんな、気がついていないの?

 そっくりさんという可能性もあるかもしれない。しかし、歩みを進めるたびにその考えは消え失せた。近くで見ると、テレビで見るあまゆゥがそこには居た。

 唇を戦慄かせ表情を固まらせた私を見て、あまゆゥが席に座り、頬杖をつく。


「さっさと座んなよ」


 ひどく冷たい声でそう言われ、体が跳ねた。彼女に穴が開くほど見つめていた私は、渋々腰を下ろした。

 ────マジもんの、あまゆゥだ。

 白い肌、大きな瞳。スラリとした鼻に、形のいい唇。私は目を擦り、頬を叩いてみる。


「ちょっと。分かりやすい反応すんの、やめてくれる?」


 声も本物のあまゆゥだ。だが、テレビの中で見る彼女とは態度が違った。不貞腐れたような表情は、底冷えするほど怖い。薄ピンクのネイルが施された指先をテーブルにトントンと叩きつけながらじっとりと睨む彼女に、頬を引き攣らせた。


「……本物?」

「に、決まってんじゃん。こんな美貌、他にいる?」


ふふんと鼻を鳴らし、顎を上げた彼女に眉を歪める。テレビで見る彼女は、どちらかというと清楚でおとなしく上品な印象だ。王道の「アイドル」を貫いている。しかし、目の前にいるあまゆゥは高飛車に見えた。コップに刺さったストローを咥え、ズズズと音を立て飲む彼女はイメージとは程遠い。


「ここにアンタを呼び出したのは他でもない」


 あまゆゥがスッと目を鋭くさせた。じっと見つめられ、背中に汗が滲む。


「アンタ、洗脳が解けてるでしょ?」


 射るような瞳に、喉の奥が狭まる。ぐわんと頭の奥が揺れ、目の前が霞んだ。口を何度か開閉させた私を見て、面倒くさそうにため息を漏らす。


「……こんなやつが、私の洗脳を解いたなんて。信じられない」


 背もたれに深く座り気怠げに肩を竦めたあまゆゥに、前のめりになって言葉を投げる。


「やっぱり、洗脳してたの!?」

「そうだよ。私は宇宙人。この星を侵略するために派遣されたの」

「し、侵略?」

「うん。この地球を乗っ取って、洗脳し続けてる。ほら、あの店員を見てみて」


 私は顔を傾けた。そこには、普通の制服を着た店員が居た。「あれも、宇宙人だよ。私と同郷」。驚きのあまり「ひっ」と小さく悲鳴を上げる。


「この星はもうすでに私たちの手の中にある。私がアイドルとして活躍し続けて、人間たちを支配していた……なのに……」


 ぎろりと睨まれ、思わず後ろに反った。

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