第3話 手

   *

 このとき、雪は降っていなかったが、地面は白く、周囲には冬の景色が広がっていた。

   *

「ねえ、覚えてるか? 小学生のときさあ、学校で、オレのこと呼びに来たときあったよね。なんの用事のときか忘れたけど。オレの手を引っ張って、職員室に連れてったんだよね」

 高校生になったオレは、久しぶりに会った彼女に、ふと思い出した出来事として、それを語った。でも本当は、それは、ずっと大事にしてきた記憶であった。

「もしかして、嬉しかったの?」

「うん。オレ、女の子の手なんて握ったこと無かったから、柔らかくてびっくりしたのを覚えてるよ。……元々、好きだったし。今頃言っても遅いだろうけど」

 彼女は、マフラーを巻き直し、口元を覆うと、

「あのね。覚えてるわよ、ワタシだって。だって、呼びに行っただけだったら、口で言えばいいだけじゃない。先生が職員室で呼んでるよって……。手を引っ張ったのはね、チャンスだと思ったからなの。逃したくないって思ったのよ」

「手を握りたかったって、そういうことなの?」

「そうよ」

 そして、彼女は、歩きながら手を伸ばした。

「どうしたの? 手、貸してよ。転んだら危ないじゃない」

 オレは、頬を赤くしながら応える。

「こ、これもチャンスなの?」

「そうかもね……」

 オレは、しっかりと彼女の手を握った。チャンスを逃したくないのは、オレだって一緒だ。

   (おわり)

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短い小説集 森下 巻々 @kankan740

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