塀の上
山口さやかは今、お隣とウチとを隔てるブロック塀と向かい合っている。
「あのー、すいません。そこの猫ちゃ~ん。降りてもらえませんか~⤴?」
私は、両手を口元にあてて拡声器のように塀の上にいる猫に言った。
猫といっても本物の猫ではない。猫耳としっぽの付いた、かわいい娘だ。
肩ほどの高さの塀の上でうつぶせになっている。
器用過ぎて感心するなぁ。強制的に引きずり降ろすか…ただ出来れば自主的に降りてほしい。私、そんなに力ないし。
隣の田中のおばあちゃんは一人暮らしだ。その塀に怪しい人がいるのに放置するわけにもいかない。
普通だったら警察を呼ぶところだけれど…
(かわいいなぁ〜)
なんでコスプレだろうか、猫の衣装で着飾っていて、とりあえずこれは写真撮りたい・・・
カシャッ、カシャッ・・・数枚くらいいいよね、撮っちゃお。
どんどん近づいていく。
ちょっとちゃんと顔も入れたいな、顔が向こう側を向いていてよく見えない。
私も塀の上にひょいとのって身を乗り出して、ねこちゃんの顔も入るように手を伸ばす。
カシャリ、写真を撮った瞬間がばっと起きた猫ちゃんはこちらに抱きついてきた。
わぁっ!!!体勢を崩して落ちる・・・と思ったが猫ちゃんがしっかり捕まえてくれていた。
「あっぶな!」
びっくりして大きな声が出た。
「猫ちゃんだよ」
彼女はかわい子ぶって小首をかしげて言った。
「はーぁ、やっぱりね。朱里とりあえず降りて」
「はいはい」
1年ぶりに会った。田中のおばあちゃんの孫の姿がこれである。
田中朱里、年は一つ上。
薄々そうかなとは思ったけれど、まさかと思って考えないようにしてた。
朱里はは夏休みや春休みにだけ遊びに来る。遠いところに住んでいるから長期休みにしか田中のおばあちゃんのところに来ない。
私はいつも長期休みの前になると、彼女に会えることを楽しみにしていた。遊園地に遊びに行く前の日のように、ワクワクとドキドキを胸に抱えながら会えるまでの日数を過ごした。
でも去年は一度も田中のおばあちゃんの家に来なかった。高3で受験もあって帰ってこないとは田中のおばあちゃんから聞いていた。
やっと3月になったんだ…
朱里はうちに来るときはいつも、正面玄関から入ってこないで塀を乗り越えてやってきた。
なんでそんなことするのか聞いたら、田中おばちゃんに会ってからくる最短ルートだと言っていた。背中合わせのウチと田中のおばあちゃんちは反対側に正面玄関があった。だからなのか、田中のおばあちゃんもうちの両親も塀を当たり前に越えてくる朱里に、呆れたように笑って許した。
私は、リビングの窓からいつもその塀を眺めていた。
朱里が笑っている、優しい笑顔で。
「泣かない泣かない」
泣くつもりなんてないのに私の目からは、涙がこぼれた。
ふざけた格好しているくせに、やたらと温かい手で私の頭をなでて抱きしめてくる。
元々そんなに会っていたわけでもないのに、1年なんてあっという間だったはずなのに朱里を目の前にして、こんなにこの1年が寂しかったんだと気づいた。
「その格好でハグすんな」
くすくす笑いながら、それでも頭をなでてくれる朱里に悪態をつく。
「照れ隠ししてかわいいね。寂しかったんだね〜連絡してくればよかったのにね」
ちょっとイラッとするけど、私はハグを返す。
「だって、受験とか朱里忙しいのに邪魔になるじゃん。朱里がしてくれればいいのに」
「あれ、素直だね。連絡しちゃったら、なし崩しに怠けちゃいそうだったからなぁ」
「やっぱり連絡しちゃダメだったんじゃん」
「別にダメじゃないよ、さやかからは連絡ほしいな」
「ズルいよ」
朱里はハグしていた腕を外して私を見た。やっぱり笑っている。
「さやかに報告があるんだ。・・・実はね」
少し間を開けてさやかはわざとらしくもったいぶる。
「・・・おばあちゃん家から大学に通えることになったんだよね」
「えっ・・・ええっほんと!」
一瞬、朱里が言っていることを飲み込めなくて沈黙した後、私は満面の笑みを浮かべてハグした。
「本当だよ。」
朱里が優しく答える。
「ところでホントになんで猫のコスプレ?」
「えっ?さやかを釣るためだよ」
「・・・」
まんまと釣られた。
だけど朱里にならどれだけでも何度でも釣られたってかまわない。これから過ごす毎日にワクワクとドキドキして、私は今うれしくてたまらないから・・・
ふと思い付いたら書く短いストーリー @mizu888
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