惜しまれ過ぎるのも考えもの……ってコト!?
「ル、ルナ?」
「はぁ……はぁ……! 、ま、間に合って、良かったああ……」
安心して脱力するルナに、俺は身を翻して駆け寄る。
そうこうしている内に馬車の扉は閉ざされ、俺を置き去りにしたままパカパカと駆け出していく。
乗り過ごしてしまった。
次の便は大体一時間後で……ってそんなことよりもだ。
「ど、どうしたんだルナ? そんなに急いで」
「いや、さっき目を覚ましたところなんですけど、スタンレー団長さんが帰るって言うじゃないですか? それで慌てて駆けつけてきたんですよ」
「目を覚ましたって……ってお前!? まさか今の今までずっと寝てたの!?」
「はい、そうですけど? 何週間もほとんど寝ないで動いてたんですから、これでも足りてないくらいですが?」
はいそうですけど、じゃないが。
あらためて思うけど、お前の生活サイクルどうなってんだ。
「けれど団長さんに聞きたいことがあって、それが気になって二度寝も出来なくてですね」
「しかもまだ寝るつもりだったのかよ!?」
「まぁまぁそんなことより」
と、俺のツッコミを彼女は制する。
そんなことで済ませて良い問題か?
「帰るってことはスタンレー団長さん、結局は断っちゃったってことですかね?」
「は?」
しかしそんな俺の疑問は、更なる疑問に覆い尽くされる。
断る? 断るって何をだ?
「なにって――顧問役のお誘いですよ?」
「…………はい?」
「むむっ……やっぱりそうか。なんかおかしいと思ってたけど、その顔からして、ほんとに聞いてなかったんですね? スタンレー団長さんに、騎士団顧問役のポストを用意してるってお話を」
ほんとも何もまったくの初耳である。
ふと思い出したのは以前彼女に会った時のことだ。あの時も妙に話が噛み合わないとは思っていたが……?
「ルナ、その話はもう」
と、そこでシヴィルが割り込もうとしてくる。
表情は変わらずとも、心なしか早歩き気味に。
「その話はもう、じゃないですよ!! 全然よくありませんからね!? そもそもシヴィル団長がどうしてもって言うから、みんなには内緒で仕事を引き受けたのに!!」
が、ルナは制止を振り払い、興奮した様子で続ける。
これまで預かり知らなかった、何やら不穏な事情を零しながら。
「え、えーと? ちょっと待て」
なんだか混乱してきた。
俺は頭を抱えて整理しようとする。
「ルナ、お前は前まで遠征に行ってたんだよな? 五番隊の任務で」
「いえ。五番隊の任務っていうか、どちらかっていうと個人的な頼み事ですね」
「個人的な頼み事?」
任務じゃないのに遠征? それもシヴィルからの依頼で? 何を探す為に?
疑問符でいっぱいいっぱいの俺に向かって、ルナはさも当然のように言った。
「スタンレー団長さんの行方を探し当てろっていう依頼です」
「――――」
…………はい?
「いやもうほんっと……シヴィル団長が『丁度指導役に欠けてる』とか、『あの人が路頭に迷ってたら夢見が悪い』だとか、念仏みたいに繰り返すんですよ!?」
…………いやいや。
「なのにスタンレー団長さんもスタンレー団長さんで無駄に足跡を消すのが上手ですから、もう二年くらい行ったり来たりでしたよ!!」
――なんて、そんな発言に呆気に取られつつも、心の中の冷静な俺が思い出す。
この王都に来て、初めてシヴィルと再開した時のことだ。俺の近況を伝えたところ、彼女は何とも微妙な反応していた。
しかしルナの証言が事実なら腑に落ちる。だって俺はあの日「今の生活は充実してる」と返したのだ。
それ自体は嘘じゃないし、シアトラ村で生活に不満はない。
だが仮にだ。わざわざ俺へのポストを用意していたシヴィルからすればどうだ? とんだ空振りだと思ったのではないだろうか?
「え、えぇと? つまり、なんだ?」
すなわち、要するにだ。
あのハルナだけじゃなくて、シヴィルも俺を探してたってことか? それもいなくなってから年単位で?
いやいや……ありえないだろ。だってシヴィルだぞ? 俺は在りし日のシヴィルのことを今でも思い出せるんだ。
鉄血の副官と呼ばれていて、目下の団員は当然のこと、団長の俺に向かってもズバズバと物を言っていた。
そんな印象は久方ぶりに会った今も変わらない。彼女は民と騎士団を第一に考えた采配を振るっていた。
俺に対しても冷たい言葉ではあったが、それは飽くまで私情を混じえぬ意見というものであって――
「っていうかシヴィル団長は、そもそもが奥手過ぎるんですよねー? 副官っていう絶好の立場だったのに、ぶすっとしてるばかりでなーんにも言わないっていうか」
が、そんな俺にルナは畳みかかる。瞼を指でくっと引っ張って、無理くりにつり目を作りながらだ。
たぶんシヴィルの真似のつもりなんだろうが、正直あんまり似ているとは思えない。
「っていうかスタンレー団長さんは知ってます? この人ってずぅぅぅっと前から三ヶ月分の給料まで払ってるのに、今も後生大事に執務室の机に仕舞ってるんですよ? 」
「さ、三ヶ月分? それって何の?」
「そりゃプロポ――」
と、変顔のルナが続けようとした瞬間だった。
ぶおんと風切り音が聞こえて、俺は咄嗟にルナを抱えて飛び退いた。
「今すぐ口を閉じろ――ルナ」
「そしてそこに居直れ。大人しくしていたら楽に死なせてやる」
たらりと頬から落ちる血液に、俺は紙一重だったと知る。
なにせこれまで見たことのないような形相をしたシヴィルが、振るった剣を片手に睨みつけていたのだから。
「ひ、ひぃ! 部下殺し!?」
言って、ルナが俺の背に隠れる。怒涛の展開の連続に頭が追いつかない。
正直何がなにやらだが、シヴィルが乱心していることは見て取れた。
「よ、よせシヴィル!! 何がなんだかよく分からんし、どんな行き違いがあったのかも分からんが、仲間に剣を向けるもんじゃない!!」
「そこをどいてくださいスタンレー団長……! そのお喋りが斬れませんから……!!」
だってシヴィルらしくないのだ。
よほど頭に来ているのか、顔を茹蛸のように真っ赤にして怒るなんてことは。
「――団長、ここは私に」
と、そんな一大事に割って入ってくれたのはハルナだった。
昨晩からずっとベソをかいたままだったが、今やそれも収まっている。湿っぽさは微塵もなく、むしろ氷のように冷めきっていた。
「シヴィルよ」
そんなハルナがシヴィルの前に立ち塞がる。
騎士団には団長が暴走した時にこそ副官――副団長という立場があるのだ
あぁ良かった。ハルナが冷静でいてくれて。これなら『騎士団早朝の刃傷沙汰!? この国の行く末は如何に!?』なんて号外は飾られないだろうと俺は確信して――
「ようやく天に還る時が来たな」
すらりとハルナは刀を抜いた。
斬妖刀を、迷いもない抜刀であった。
抜き身の真剣がキラリと光っている。
ああ、うん――違うわこれ。
これっぽっちも冷静じゃないし、ルナを守る為でも喧嘩を止める為でもない。自ら進んで参戦しようとする感じのやつだわ。
「お、おいハルナ!?」
怪しげな雰囲気を察して俺は叫ぶ。
「どうして刀を抜いてるんだ!? お前の刀は妖魔を切る為だけにあるんだろう!?」
「大丈夫です団長。これは女狐という妖魔ですから」
なんだ妖魔か。なら安心……とはならんわ!!
どう考えても完全に私怨じゃん!! お前の妖魔判定ガバガバじゃねーか!!
「なんのつもりだハルナ? この私に盾突くつもりか?」
と、シヴィルも躊躇いなく剣を向ける。
「盾突くとは妙なことを言う。それは目上に対する表現であろう?」
「……良い度胸だ。立場を理解せぬ貴様に、今日という今日こそは思い知らせてやろう」
「それはこっちのセリフだが? 人のものを横取りしようとする卑しい妖魔め」
「誰が貴様のものだと? 私はずっとこの御方の副官だったのだ。要領の悪いお前と違ってな」
「過去のことであろう? それもお情けで与えられた立場だ。今となってはありもしない立場で優位性を保とうとは、まさしく卑しい女であるな」
「ははっ……面白い冗談だ。大うつけのハルナ?」
「ふふっ……貴様ほどではない。頭も身体も絶壁のシヴィル?」
「はははっ……平らなのは自分の顔だろう、丸顔ハルナ?」
「ふふふっ……笑うなら自分の鏡を見て笑え、能面シヴィル?」
「ふふふふふふふふふふふふふふ」
「はははははははははははははは」
やばいやばいやばいやばい!!
なんかこいつらめっちゃバチバチいわしてんだけど!?
この二人が全力でやりあったらどうなるか? 辺りが戦火に苛まれることが目に浮かぶ。
誰か仲裁に入ってくれ……ってそうだ! なぁお前達!?
『おう! 団長と副団長がまた手合わせを始めんぞ!!』
と、騎士団連中へと向き直った瞬間だった。
仲裁? なにそれ美味いの? と言わんばかりに、彼等は歓喜の声を上げていた。
まるでこれから一大スポーツ観戦が始まるかのように。
『酒だ! 酒を持ってこい!!』
『さぁさぁどっちに賭ける!? レートはほぼ同格!! 張った張ったぁ!!』
『えー、フライドポテトにチキンはいかがっすかぁー? エールもキンキンに冷えてますよー?』
「おい馬鹿共!! なんでお前等はお前等で出しもんなみたいなノリで騒いでんの!?」
と、俺が叫んだところで誰も聞いちゃいない。腰を下ろしては声援を飛ばし、何処からともなく販売員まで現れる。
俺からすればフリーダム。しかし彼等はこんな光景には慣れっこなのか、狼狽えるどころか賭博行為にまでエスカレートしている。
「いやいやいやいや!」
俺は頭を振りながら思い返す。
こんなことは在籍中に一度もなかった。つまりは俺が居なくなった後に出来たということだ。
しかも本来なら止めるべき上司が発端となっている。団長と副団長が互いに睨み合い、先の一手をけん制し合っている。ジリジリと距離を詰める度に、キャッキャッとした声が右へ左へと飛び交う。
これも全て監督不行届なのか?
俺が何も言わずに騎士団を去ってしまったから?
「「ああああああああああああああああああ!!」」
やがてぶつかり合う力と力。
巨獣を一刀で両断出来るハルナと、それに匹敵する実力を持つシヴィル。
そんな騎士団最高戦力の二人が生み出す鍔迫り合いとなれば、オドによる爆発力もそれ相応で、一般人の俺からすれば目も開けてられない。
シンプルに風圧が凄いのだ。
しがみつくことすら難しく、やがて俺はふわっと身体が軽くなるのを感じた。
「あぁ――」
宙へと投げ出される身体。何時しか昇り切っていた太陽。
間もなく赤く染まるであろう晴天を、鳥達がありえないくらい鈍重に羽ばたき、そこから逃れようとする羽虫も目で追えるくらいに遅い。
そんなスローモーションの世界で、やはり俺は違うと悟った。
逆だ。要は逆なんだ。やっぱり追放騎士団長なんて惜しまれるべきじゃない。惜しまれ過ぎた結果が、御覧の有り様だよ。
「この馬鹿共が――」
視界が白ずむのは太陽の眩しさ故か、背中をぶつけた衝撃によるものか、はたまた彼女達の剣戟が生み出す爆発であるのか。
どうか三個目ではありませんようにと。あと街が無事平穏で済みますようにと、俺は心の底から願いながら、意識を手放した。
<了>
追放騎士団長は惜しまれない! 弱男三世 @asasasa2462
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