少しくらいは惜しまれる


「本当ににここまでで?」


「ああ、わざわざすまないな」


 明くる日の早朝。

 停留所には始発の馬車は到着しておらず、人通りもまばら以下であった。


「もう少しゆっくりしていかれても」


「前にも言ったかもだけど、村の収穫時期が近いんだ。忙しくなる頃合いでな。あまりゆっくりもしてられない」


 と、俺は見送りに来てくれたシヴィルに言い返す。

 まだまだ事件の後始末やら何だのとあるだろうに……というか具体的な日時も告げていなかったのにだ。その生真面目っぷりと、気遣いの良さには頭が上がらない。


「ハルナも」


「うううううう……」


「ほら、副団長様。何時までもそんな情けないツラすんなって」


 当然そこにはハルナもいる。昨日は泣き疲れて寝てしまい、今も半ベソで唸っている。

 まったく……もっとしゃんとしてほしいもんだ。そんなザマじゃ、またシヴィルにどやされるぞ?


「スタンレーさん。それでお聞きしたいのですが――」


 が、シヴィルはそれを差し置いて、俺をじっと見つめる。

 モノクル越しのガラス細工。相変わらず感情の読み取りにくい瞳である。


 はて。今更聞きたいこととは何だろうか? 考えてみても思いつかない。

 敢えて言うなら散々迷惑をかけてしまったことだ。恨み言の一つくらいは仕方ないと思いつつ――


「次は何時お帰りに?」


「は? 次だって?」


 喉から頓狂な声が溢れた。

 他でもない彼女の口から飛び出したことが信じられなかった。


「次って言ったって……」


 だから俺は答えに迷ってしまう。そもそも次なんて考えちゃいなかったからだ。

 一生と言うつもりはなくとも、元々外部との繋がりに乏しい村だ。特段用でもなければ王都に立ち入る必要なんてないし……それに迷惑だろ? OBだかなんだか知らないけど、昔の上司がしょっちゅう顔を出しに来るってのもさ?


「なら次は私が設定致しましょうか? 昔のように」


「え? お、おいシヴィル?」


 が、シヴィルは考える時間も与えちゃくれない。

 メモ帳を取り出してはすらすらと、かつて副官をしてた時みたいに、俺のスケジュールを書き込もうとする。


「では一月後に――」


「待て待て待て待て!!」


 俺は彼女の手を制して、冷静になるよう促す。

 このまま放って置いたら近い内の帰郷はおろか、時間単位のスケジュールまで決められそうだった。


「どうして止めるのです?」


 するとシヴィルが不思議そうに言う……というか心なしか、若干恨みがましそうで、彼女らしくない反応だと思った。


「どうしてって、そりゃあ……」


「スタンレーさんでは決められないのでしょう? だから私が決めているのですが?」


「だって……迷惑だろ?」


「迷惑? 誰が迷惑と?」


「みんなだ。前にお前が言った通り、俺はもう騎士団の人間じゃないんだ」


「はい、そうですね。スタンレーさんはもう騎士団の人間ではありません。ですので自分の身を顧みず、事件に関わろうとするのは金輪際おやめください」


「だったら――」


 俺がここを訪れる理由なんてない。

 次なんて必要ないだろうと続けようとする。


「ですが」


 が、それでもだった。

 そこまで言ってなお、彼女は表情を崩さず、そして――


「騎士団の人間ではないことと、個人的に歓迎すること。そこに矛盾点はありますか?」


 くいっとモノクルを上げながら、彼女はそんなことを言った。

 相変わらず淡々と、事務的な言葉を伝えるかのように。


「それに迷惑などとは誰も思っていません。私も、皆も」


「み、みんな?」


 言われて、俺は閑散とした停留所を見渡す。

 一見すると早朝の寂しい光景であるが、集中するとそこに潜む気配を感じた。


 まるでずっと前から息を潜めていて、タイミングを窺っていたかのよう。

 そんな気配が、俺の忙しない首の動きによって解き放たれる。


『スタンレー団長!!』


『やっぱりだ! 前団長は黙って帰るつもりだぞ!!』


『ニコから様子を聞いておかしいと思ってたんだ!!』


 なんて――ぞろぞろと、次々に見知った顔が現れた。

 怒っているような、ほっとしたかのような、そんな目を俺に向けている。


『水臭いじゃないっすか前団長!! どうして何も言わずに行こうとするんすか!?』


『そうですそうです!! 前みたいにコッソリ消えるつもりでしょうけど、そうはいきませんからね!?』


『ってか一緒に飲みに行くって約束したでしょう!? 何時からアンタは薄情な奴になっちまんですか!?』


 彼等は口を尖らせて、口々に文句を宣う。


『また近いうちに来るんですよね!? そうじゃないと副団長じゃないですけど、首根っこ掴まえてでも連行しますからね!?』


『首根っこなんて生易しいことするか!! 箱詰めにしてでも無理やり運びこんでやる!!』


『俺達と関わっちまったのが運の尽きでしたね元団長!! 積もる話も散々あるんだ!! 愚痴やら何やらと、嫌だっつっても一晩中付き合わせてやっからな!?』


 その数はたぶん――ほぼ全員いると思う。

 右を見ても左を見ても見知った顔ばかり。たまに混じる知らない顔は新人だろうか? それでも先輩に追従して、嫌な顔一つせず、楽しげに野次を上げていた。


「月に一度は――」


 そんな光景を前に、俺が呆気に取られる最中だった。

 シヴィルが俺に向き直ってニコリと微笑む。まるでこれ以上ない悪戯が成功した後のように、滅多に見せぬ笑顔を見せる。



「月に一度くらいは、構わないでしょう?」


「そんなに遠くはないのですから、また元気な御顔を見せてください」


「その方が喜びますから……部下も、私も」



 …………

 ……………………

 …………………………………………昨晩もそうだが、歳をとると涙腺が緩くなって困る。


 俺はつんとする鼻を天へと向ける。

 目から溢れそうになる熱を必死に堪えながら思い直す。

 たとえ力を失い、無能になった追放騎士団長だって――少しは惜しまれるのかもしれないと。


「ああ……帰るよ……! また、帰ってきてやるよ……!」


 俺は目元をぐしぐしと拭って、言い返してやる。

 これだけのサプライズを仕掛けやがったんだ。しかも聞けば何だ? 酒の席だの愚痴だのと、俺はお悩み相談室じゃねーんだぞ。

 散々振り回されて、痛い目にあって、もう金輪際騎士団に関わるなんざまっぴらだってのに……それでもたまには帰って来いってか? だったら涙なんて見せてやるもんかって思う。


「後悔すんなよ……お前達……!」


 そんな俺にみんながニヤっと笑い返す。シヴィルも周りに合わせて、ぎこちなくも同じようにだ。

 最高の見送りだと思った。こんな結末を自ら突き放してしまった、三年前の自分をぶん殴りたくなるくらいに。


「あぁ――」


 だからもう今度こそ、今度こそ本当に思い残すことなんてなかった。

 この思い出があれば、俺はハイデンのようにはならない。これから先も一生涯、二度と道を違えることはないだろう。


 そう思わせてくれた仲間達に感謝を。

 支えてくれた部下達に祝福を。

 彼女達の未来に幸があらんことを。


 そんな暖かい気持ちに包まれつつ、俺は到着した馬車に乗り込もうとする。

 見上げた空は雲一つない快晴。絶好のタイミングで目覚めた太陽が眩い光を放っている。光と闇のコントラストが、透き通るような透明感を演出している。

 まるで世界が俺の門出を祝福しているかのようだと、そんな大袈裟なことを思いながら――

 


「スタンレー団長さん!!」



 と、綺麗な結末に足を踏み出そうとした瞬間である。

 わいわいと騒がしい連中を突き抜けて、甲高い声が俺の耳を突き刺したのは。

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