騎士団ごっこの終わり


『らっしゃいらっしゃい!!』


『ママー! 歩くの疲れたー!』


『あーさいあく……もう何時間待たされてるんだか』


 しばらく歩いて、中央街で喧騒に包まれる。

 客引きに子連れに待ち合わせと、あれから数日ぽっちだが、事件の爪痕なんてものは皆無で、皆が変わらない日常を過ごしている。


 それは居留区で起こったことだから……というわけじゃない。

 魔術委員会からの要望でひっそりと処理されたから……だけでもないだろう。

 何よりも既に解決していて、消化されたものであるからだと思う。


 夜中に騒ぎを起こす酔っ払いがすぐに忘れ去られるように、そんなことは非日常とすら受け止められない。

 人は自分の中で終わったものに対して、何時までも覚えてられるほど、暇じゃないことを俺は知っている。


 ――お前は私と同じだ。理不尽に居場所を失い、それを取り返そうとしてるんだ。


 不意にアイツの言葉が蘇る。

 そしてあらためて虚しい男だと思った。本当に、そうとしか言いようがないくらい。


「あの、すいません」


 と、そんな時だった。

 遠慮がちに小人ホビットの女二人が話しかけて来たのは。


「俺、ですか?」


 他に誰もいない。

 俺が自分を指差すと、彼女達も小さな首でこくこくと頷き返す。


「道を教えてほしいのですが……その、フルーゲンス地区の方を」


「ああ、それなら――」


 それならここから遠くはない。

 俺は身振り手振りを交えて、彼女達に詳細な行き方を教えた。


「そうですか! ありがとうございます!」


 彼女達も理解したのか、不安げだった表情を晴らした。

 最近ここに来たばかりの、おのぼりさんなのかもしれない。


「王都は広くてややこしいですからね。来たばかりの人には難しいかもしれません」


 が、俺がそう口にした途端だった。


「そ、それは……」


「お、お恥ずかしながら」


 彼女達は気まずそうに、互いの顔を見合わせながら言う。


「実はもう三年になるんですが、未だに慣れてなくて」


「三年? 王都に来てからですか」


「は、はい……ほんと、お恥ずかしながら」


 彼女達は頭を垂れて、もじもじと指を組み合わせる。

 まぁ……なんだ? 確かに王都は広いもんな? 普段自宅周りしか歩いてないなら、迷ったって不思議じゃないのかもしれない。


「そ、それにしても!」


 と、そんな照れ隠しだろうか?

 彼女は赤みの差す顔を上げ、俺に食い寄って来ては――


「随分とお詳しいですね!? ずっとここで暮らされてる御方ですか!?」


「――――」


 なんて、そんなことを口にして見せた。

 

「――いいえ」


 それでも自然に笑えたと、自分でも自負出来る。

 今度は自分に言い聞かせてなんかいない。心の底から言えたと思った。


「最近旅行で来たばかりの余所者です。何者でもない、単なる旅行者ですよ」


 そう言うと彼女達はほんの一瞬目を丸くしつつ、それでも何度も何度も頭を下げて、単なる『通行人A』であろう俺にお礼をしながら去っていく。


「――団長」


 と、見送ってから間もなくのことだ。

 脇腹に手を当てたハルナが、俺の前に立ち塞がったのは。


「ハルナ、もう怪我は大丈夫なのか?」


「それよりさっきの雌……女性達とはどういうご関係で?」


 雌て。雌て。

 そんなにギロギロ睨みつけられても、やましいことなんて何もしてないし。


「道を教えてただけだよ。それよりもう日が暮れる」


 俺はそこに突っ込むのも面倒くさく、空を見上げる。

 本部を出た時にはもう傾きつつあった。明日は早いのだから、出来るだけ早くに眠りたい。


「俺は野営地に帰る。だから――」


「はい。それでは――」


 と、当たり前のようについて来るハルナ。

 その点に関しても、もう俺は突っ込まない。突っ込むだけ無駄だと悟った。


 それに今更寄り道なんて必要なかった。久しぶりの王都はもう十分に堪能した。

 あとは寝て次の日を待つばかりだと思って――



「おいハルナ」


「なんでしょう?」


「さりげなく俺と一緒に寝ようとするな。とっとと帰れ」



 やがて辿り着いた野営地にて。

 簡単な食事を済ませた後、毛布に寝転がる俺の真正面……というか添い寝をしようとするハルナに向かって言う。


「肋骨がまだ万全ではありませんので。本部まで帰るのも億劫ですし、それまではここで過ごそうかと」


「もう治ってるだろ? 医者にちゃんと聞いたぞ?」


 俺の左手とは違って、若くオドに満ち溢れた彼女の回復力は驚くべきものだったと聞いている。

 適当な言い訳をするなと思った。


「…………団長」


「団長じゃない。スタンレーだ」


「……スタンレー団長」


 程なくして、星々が浮かび始めて間もなく、そんな問答。

 子供じみたものだと笑いそうになった。それに素直に答える俺自身でさえも。


「明日、シアトラ村への便を予約したと聞きました。どうしてです? 団長がいるべき場所はここだと言うのに」


「…………」


「団長は衰えてなどいない。勇猛果敢に事件を解決してみせたのです。それに文句を言う輩がいれば、私が言い聞かせてやります。団長がいるお陰で今の私達がいるのだと」


 そこから切り出した話題は――やっぱりな。どうせそんなことだろうと思ったよ。

 こっそり帰ろうと思ったのに、絶好のタイミングで邪魔してきやがって。ほんと昔からお前はそうだ。ちっとも思い通りになっちゃくれない。


「団長は証明したではありませんか? 少なくとも貴方の正義は何ら錆びていないと。あの石頭のシヴィルでさえも、きっと分かっている筈です」


 そして聞く耳持たずの頑固者。

 自分が正しいと思ったことに一直線で、こうと決めたら誰の言葉も届かない。

 一体誰に似たんだか? 親か師匠の顔が見てみたいもんだよ。


「いいや――帰るよ」


 それでも俺は言った。

 すかさずハルナは身を起こし、その目がキッと厳めしくなる。


「どうしてですか!?」


 どうしてもなにも、そんなに青筋を立てられたって答えは変わらない。


「あれは俺が解決したんじゃない。お前達の力がそうしたんだ」


「最後だけです!! 犯罪を明るみにして、奴を追い詰めたのはスタンレー団長ではありませんか!?」


「俺一人じゃどうにもならなかった。それにあいつはとっくに暴走してた。俺が介入しなくても、遅かれ早かれああなってた筈だ」


「そんなことは!! 団長がいたからこそ、あの事件は!!」


 違う違うと頭を振るが、実際に話した俺だからこそ分かる。

 あいつが謳っていた願望なんて、遅かれ早かれ破綻するものだったと。

 それに、だ。


「お前だってもう気付いてるんだろう? 今の俺はもう見る影もない、まともに剣も振るえやしないってことに」


「な、なにをっ!?」


「さっき『団長は衰えてなどいない』って言ったよな? それに『少なくとも正義は錆びていない』とも」


「っ!?」


 すぐさま失言を悔いるように、彼女は自らの口元を押さえる。

 案の定だった。幾ら思い込みが激しくてもハルナは達人である。何日も俺と一緒にいて、かつてと身体の動かし方が違うことに気づかぬ訳がない。


「俺の口からさっさと言っておくべきだった。その点は申し訳なかったと思ってる」


 だから俺は懺悔する。


「根性なしの卑怯者だったんだよ、俺は。自分の老いを認められなくて……やっとのことで認められた後だって、それを口にする勇気が出なかった」


 それこそが三年前のあの日以降――誰にも行先を告げず――山奥の村に身を寄せていた本当の理由だ。


「せめてお前達の中では綺麗な思い出でいたいだなんて、とんだ言い訳だと思う」


 当時の俺は『老兵は黙って去るべき』だとか『重しになりたくない』とか、耳障りの良い理由ばかりを自分に言い聞かせていたが、今になって思えば良く分かる。


「ほんとは俺自身がそうありたかっただけなんだ。俺が退いた後の未来を、俺が見たくなかった。だって俺がいなくなった後の、より良くなった社会を目の当たりにしてしまえば……俺の存在そのものが間違いであったかのような……そんな気になっちまうから」


 自ら口にして、あらためて幼稚な思い上がりだと思う。

 昔から今に至るまで、自分が世界の中心であれたことなんて、ただの一度でもあったのかって話だ


「だ、だったら、そうだとしても――」


 そこまで話し終えて、それでもハルナは食い下がる。唇を震わせ、目を真っ赤にして、縋るような声色でだ。

 そこから続く言葉は聞かずとも分かる。

 ほんとうに有難い限りだった。もう三年も経つってのに、これだけ慕ってくれて……師匠冥利につきるってもんだよ。


「これまでそうして頂いたように、これからは私が支えます。ですから――」


「でも今は違う。そこに悔しいとか、虚しいとか、そういうことは一切感じちゃいない」


 だから俺はピシャリと遮る。怒鳴りつける為ではない。

 昼間と同様、自分でも分かるくらいに気持ちは穏やかだった。


「今は心の底から安堵してる」


「あん、ど?」


「ああ。だってこの街には――お前達がいるんだから」


 そう、安堵だ。

 目の当たりに出来てほっとしたんだ。


「シヴィルは見てるコッチが心配になるくらいに献身してる。俺が得意じゃなかった政治的なもんまで一身に担って、この国をより良くしようとしてくれてる」


「団員も平和ボケをせず、今でも研鑽を重ねている。そうでなければあんな怪物を一瞬でしとめられるもんか。成すべきことをちゃんと続けられてるんだ」


 シヴィルに団員と思い出し、そして――


「ハルナ、素晴らしい一閃だった」


 俺は万感の思いで彼女を称えた。


「あの日からそう思ってたけど、やっぱり間違いなかった」


 あの太刀筋が、三年前からずっと瞼の裏に焼き付いている。

 これからもあんな守護者がいてくれるなら、これからどんな脅威が襲い掛かろうと、この王都を守り抜けるに違いないだろう。


「俺が教えて来たことは無駄なんかじゃなかった。その先があるんだって、繋がってるんだって、お前達がそう思わせてくれたから――」


 大言壮語が許されるなら、未来が垣間見えたと言ってもいい。

 理性的なシヴィルと直情的なハルナ。どちらが上か下というものではなく、どちらが欠けていいものでもない。

 願うなら二人で手を取り合って、これからも安寧を守り続けて欲しい。その先に待っている未来はきっと、今よりもずっと明るいものだと信じていて――



「それだけで俺はもう――何も心配しちゃいないんだ」



 だからそう言って、俺は微笑んだ。

 強がりは一片もないと、断言できる祝福だった。

 あれから三年も経ってようやく、そう思える自分自身が嬉しく思えるくらいに。


「そ、そんな……」


 するとハルナは何かを堪えるかのよう。

 先程までは縋り、掴んでいた指をわなわなと震わせ、ギュッと目を閉じては、


「そんな御顔をされては、もう、何も言えないではありませんか……!」


 と言った。

 俺は自由な手をそっと前に伸ばし、ほろりと零れ落ちそうな涙を拭ってやる。


「うっ……! うううっっっ……!!」


 すると堰を切ったかのように飛びつかれ、胸元でわんわん泣かれてしまった。

 あんまりにも泣かれるもんだから、俺もそれにつられて鼻を啜ってしまう。


 それはたぶん、あの日に置き去りにしてしまった光景。

 だったらあの時の分まで流しつくしてしまおう。俺達は今も生きていて、何時までも過去に囚われるわけにもいかず、そうやって前へと進み続けるんだから。


「あぁ――」


 俺はつんとする鼻を指でつまみながら思う。 

 かくして追放騎士による、騎士団ごっこは終わりを迎えたのだと。

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