後始末
「以上を持って聴取を終えます」
閉塞感と殺風景の極みである小さな部屋の中、無骨な机と向かいあった椅子が二つ。
留置場の担当官がトントンと、手に持った紙束を天板で揃えながら深い息を吐く。
「お疲れ様でした、スタンレー団長」
「だから団長じゃないっつーの」
それまで取り繕っていた態度を捨て、ふっと笑いかける彼女――セリアに向かって俺は肩を竦める。
それは事件後の、半ば形式的な取り調べであった。被疑者のハイデンは既に捕まっているが、現場にいた関係者からは調書を取らないといけない決まりがある。
そういうもんを取る時点で、もう俺が私人であることは明らかなのに、スタンレー団長と来たもんだ。色々とあべこべになってるような気がした。
「相変わらず見事なお手際でした。我々騎士団がノーマークだった居留区の中で、誰よりも一早くに犯罪の臭いを嗅ぎつけていたとは」
「よせよ。なりゆきと偶然だ。俺だってハルナがいなけりゃ、こんなことになるとは思いもしなかった」
セリアは取り調べの担当官らしく、昔からアメとムチを使い分けることに長けている。
だからそんな見え見えのおべっかに頷くことなんてない。俺がこの事件で貢献出来たことなんて、何一つないんだから。
「もういいか?」
俺はそう言いながら席を立つ。
「あ、いえ」
が、セリアは引き留めるように手を伸ばす。
「感謝状は? 授与式は?」
「いらねーよ。むしろ今更俺が欲しがるとでも思ってんのか?」
「ですが、それではシヴィル団長の気が済まないと思いますが?」
「気にすんなって言っとけ」
「いえ、そういうわけにはいきません。スタンレー団長もお分かりでしょう? 犯人逮捕にご協力頂いた方を、何もなしに帰すということが騎士団の恥に等しいことを」
「む……」
言いながら、彼女の視線は俺の左手に注がれていた。
ギブスと包帯でグルグル巻きになった俺の左手に。
「今のスタンレー団長は私人なのでしょう? だとすれば相応の報酬を受けてくれなければ道理に合いませんが?」
「うーん……」
怪我はともかく、そこまで言われると確かに……その通りだった。俺がしたことなんて些細なことだったけど、私人であると認めたのは俺自身だ。
どんな形であれ民間人の協力があった以上、何らかの形で騎士団は報いなければならない。
『あ、ああああ、あの! ど、どどどどうして、わたしは騎士団に?』
そうやって、どうしたものかと考えている最中だった。
部屋の外から騎士団に似つかわしくない、子供の声が聞こえて来た。
『わ、わたっ、わたしっ、何も悪いことなんて』
っていうか……この声って?
「ルシア?」
「あ、し、師匠!!」
すぐさま部屋を出て、案の定だった。
涙目でぶるぶると震えていたルシアは、まるで助け舟に遭遇したかのように目を輝かせる。
「この子にも事情を聴いてたのか?」
そこから視線を付き添いへと向ける。
俺が問いかけると、彼女はモノクルのツルを指先で動かしながら、
「セリア。この子を家まで」
と言った。
「承知致しました、シヴィル団長」
「え、ちょ、ちょっと師匠!? おしょおおおおおおお!?」
遅れて出て来たセリアはそれに頷き、怯えるルシアの手を引いて去っていた。
少々可哀想な気はするけれど、乱暴に扱うことはまずないだろう。セリアは子供への扱いも長けているし、人見知りなルシアをあやすことだって朝飯前だろうと思った。
「……オドの量は年相応に戻りつつあります」
そうして二人が見えなくなった後で、シヴィルが語り始めた。
「念のため医療班にも見せましたが、後遺症の心配はないとのことです」
「そうか……」
つまりは薬の影響を検査してくれたということだ。
あのルシアの狼狽えっぷりから見ても、きっと詳しい事情は知らされていない。知らずと口にしていた恐ろしい薬は当然のこと、年寄りの身勝手な企みに利用されていたことも。
「気を遣わせて悪いな、シヴィル」
「遣った気などありません。被害者の予後を精査することは、騎士団として当然のことです」
「それでもだ。色々と引っ掻き回して、正直迷惑だったよな?」
「…………」
あとハルナのことだったりと、そういう申し訳なさも込めたつもりだった。
「はい、そうですね」
少しの沈黙を置いて、シヴィルは頷き返す。
「貴方はもう騎士団ではないのです。余計なことをしないで頂けると嬉しい」
「耳に痛い言葉だな。肝に銘じるよ」
「ですが」
だがしかし、
「騎士団でないからこそ、事件解決の協力者には報いるべきなのです」
「おいおい、またその話かよ」
続けざまに飛び出した台詞は、さっきセリアからも聞いた話だった。
まったく義理堅いというか、融通が利かないというか。
「ですので――」
しかしそんな俺の想いも露知らず。
こほんとわざとらしい咳払いを挟みつつ、シヴィルは言った。
「スタンレーさんの要望を何でも聞き入れようと思います」
「は? 俺の?」
「はい。騎士団団長である私の、手の届く範囲ではありますが」
「おいおい……」
流石にやり過ぎだと思う。何でもだなんて。
それに要望も何も、俺以上に立派にやってくれてる騎士団に要求することなんて何一つない。
「…………」
「思い付きませんか?」
「…………」
「なら僭越ながら……ですが」
こほんこほんと、またしても咳ばらいを挟んで、それにチラチラとこちらの様子を窺いつつ、シヴィルは口を動かす。
何かしらの報いを必死に絞り出そうとしてくれてるんだろうか?
そうだとしたら少々……いやかなり申し訳ないことだ。その様子から察するに、俺の要望がなければ決して引き下がりそうもない。
なら俺は何を望むか?
考えて、考えて…………ルシアの顔を思い出した。
「――魔術委員会」
「え?」
考え抜いて末に俺はそう言って、シヴィルは呆気に取られる。
「恩を売れたって聞いてる。テロを事前に防げたことで貸しを作れたって」
「そ、それはまぁ……そうですが」
ハイデンの最終目標は、自分を切り捨てた魔術委員会への復讐だった。
それは元を辿れば身内の恥であり、自分達が生み出した遺恨でもある。今回の件で結果的に、騎士団は委員会に貸しを作れただろうと思う。
「だったら居留区に教師を送ってやってくれ」
「……はい?」
「校舎は……もう残っちゃいないけど、生徒はちゃんといるんだ。ハイデンの代わりになる、小等部向けの魔術教師を派遣するように言ってくれないか?」
「それは……」
「あそこには将来の為に、真剣に勉強をしたい奴が集まってるんだ。だから頼む。どうにか出来ないか?」
「…………」
シヴィルは腕を組む。
それからしばしの間、難しそうに首を傾げては――
「うん……やってみましょう」
と言ってくれた。
「だったら!?」
「ええ。頭の固い魔術委員会も、今は無下にはしないでしょうから」
「そ、そうか!!」
そんな反応に、はちきれんばかりの歓喜がこみ上げてくる。
やったことに後悔はしていないが、結果としてルシアの学びを奪ってしまったから、その穴埋めをしてやれることが何よりも有難かった。
「……ふふっ」
「? 何がおかしいんだ?」
「いいえ――少々自分が恥ずかしくなってしまっただけです。結局スタンレー団長は、今もスタンレー団長のままだと言うのに」
「なんだそりゃ」
が、一方でよく分からないことで笑われてしまった。
それにスタンレー団長て。団長呼びは止めたんじゃないのかって思う。
「じゃあ悪いけど、その件は頼んだ」
いずれにせよ、これにて本当に思い残すことはなくなった。
何時までも邪魔するわけにはいかないと、俺は正面エントランスに向かって歩き出す。
「団長? もう遅いですが宿泊先の手配の方は――」
「間に合ってるよ」
これ以上世話になるつもりもなく、俺は少し早足気味に正門を抜けた。
そうして敷地から離れて三分ほど進み、団員達からの視線が完全になくなってから、一度だけ振り返る。
今度こそ最後の見納めだと思った。
かつて過ごしていた古巣は、近くにいれば見上げても足りぬ要塞でも、離れて見下ろせばミニチュアのように感じられる。
胸に風が吹き抜けるような空虚さは三年前と同じだが、今はそこに確かな温度を感じられる。
総じて言うと……なんだ? 甘酸っぱさというか、友を乗せた馬車を見送るみたいというか、この期に及んでも、上手くは例えられないんだけれど。
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