08 戦の世界

 ふと、目が覚める。そして、矛盾した感覚が私を刺激した。霞む瞳に映るのは塩湖が凝固した真平な地面で、雲の一つも存在しない夜明けが視界の左半分を占領する。頭を床から離すと、そこは昨日と同じ世界だった。しかし、同じなのは〝見掛け〟だけであり、本当は全くの別物であると五感以外が示している。この感覚を的確に表すとしたら―――デジャブだ。

 違いといえば、不可視の壁が消えていること、そして、その壁を突破する必要がないことである。何気なく後ろを振り返ると、そこには、黒い鋼で覆われた構造物が佇んでいた。ツェータを引き伸ばしたような全体と、複雑に組み合う長方体の先端は幾つかの円柱で支えられている。

 近づくほど全容は大きく、円柱に空いた僅かな穴が入口であることにも気付いた。2枚の鉄の扉は乱暴に放り投げられている。円柱の内側では、分厚い配線やアナログの機器が半壊している。反時計回りに取り付けられた螺旋階段は闇に覆われた上部へ続いており、宛もない私は深く息を吸いながら階段を上り続けた。既に時間を気にすることはなく、対して2日前と同じ妙な疲れが溜まっていた。

 その途中で、嫌な音が上から伝ってくる。重圧な液体が流れ込むような音―――しかし、気付いたころには全身が水で押し潰された。ただ、ひたすら、両腕で頭を守り―――果ても分からない空間を彷徨い続けた。

 「####! ####!」 「・・・。」

 湿った私の身体は、金網の地面に落ちていた。ただ、私に限らず周囲の人間も同じ被害に遭遇している。咳き込む少女、軍服を絞る男性、彼らは多段のベッドが詰め込まれた多層から成る部屋で暮らしている様子だった。赤色の蛍光と甲高い警笛に包まれる中、体調が回復した者はラックから火器や機関銃を取り出して、地上に続くであろう梯子を登り始める。一向に状況は飲み込めないが、私も無作為に銃を手に取り、地上へ飛び出た。

 ―――そこは、地獄と言うべきだろう。激しい雷雨が水浸しの地面を打ち付けていると思えば、音の大半は銃声であった。鉄骨やツールボックスが散乱する傍には横転した貨物列車があり、先程の数名がコンテナーに身を潜めながら銃を構えている。弾丸が飛び交う戦地の中央では発煙筒が赤色の光と煙を撒き散らすせいで敵地が見えず、調整方法も分からないスコープで把握を試みるが―――僅かに映るのはトタン屋根と・・・ロケットランチャーの先端だ!

 ―――腰抜けの私は引金を触ることなく、真先にコンテナーの奥へ飛び込んだ。それと同時に後方で光が放たれると、衝撃により全ての音が掻き消される。畜生、逃げよう。こんな場所で死ぬのは御免だ。穴から這い上がる人々に紛れながら、自分は援護に向かう〝ふり〟をして味方の目が届かない場所へ移動した後に、ライフルを投げ捨て本格的な逃走を図った。

 泥濘のある地面に足跡を残して、芝生の山岳に手足を付けて、やがて、山頂の影へ身を潜めることに成功した。戦地は随分と小さくなってしまったが、それでも轟音は山々に反響する。地下室に水が入り込んだのは、山の間に建設されたダムが半壊した影響だろう。我々は貨物列車を狙う山賊に遭遇したのか、それとも、我々が山賊だったのか。・・・とにかく、戦地の近場で停止した蒸気機関車を使えば遠くまで逃げられるだろう。

 機関車は誰も気に留めておらず、無人の状態だった。脱線した車両を切り離して、給炭装置を再起動して、レバーを入れてしまえば甚も簡単に発車した。動力は蒸気であるが大凡の制御は電子回路で行われており、全ての計器はディスプレイに映し出されている。・・・奇妙な時代だ。

 戦地が地平線の先へ消えようとした瞬間、そこに閃光が放たれた。その威力を直感で理解した私は機関室に戻り、身を屈め、―――全ての窓が割れるほどの衝撃を体験する。幸いにも鉄の塊は脱線を免れたが、ディスプレイの多くは故障してしまった。あの爆発は、誰が何のために? 少しでも逃げ遅れていれば・・・いや、むしろ今の世界を脱出するべきだったか?

 しばらく走れば天候は良くなり、気温も暖かくなる。地形も山岳から荒野に遷り変わり、そこでは幾つかの小さな町が点在していた。燃料店にはガソリンを食い潰すような角のあるトレーラーやハーレーが並んでおり、飲食店には浮遊する島々とモーターボートが描かれた看板―――

 私は50キロメートル毎時で動く地面へ飛び込む寸前に理性を取り戻し、急いでレバーを引いた。この情景には見覚えがある、いや、その事の先・・・デジャブを何故か知っている。

 飲食店の中は無人であり、何も構わず奥の厨房へ突き進む。角に置かれたオーブンの蓋を開けた後に壁へ思い切り押し込むと、筐体と引き換えに地下へ続く通路が出現する。ここはシェルター、正確に言えば『闘争試験』へ参加するための〝入口〟だ。黒色の大理石で作られた通路には磨りガラスで仕切られた部屋が立ち並び、その中には地上戦に特化した人造人間が佇んでいる。更に進めば正方形のハッチがあり、二重の扉を超えた先で―――待ち構えていたのは、複数の人間だった。

 投光器が照らす建設途中の地下空間には多くの建材が散らばっており、私を除いた全員が切れ味のある電動工具を手に握っている。彼らの視線が私に向くと、一歩、また一歩と私の方向へ近く―――咄嗟に反対方向へ地面を蹴り飛ばすと、火花が散ったように大きな足音が私の跡を追い始めた。

 ハッチを閉める余裕もなく、『闘争試験』と同様にシェルターを飛び出した私は急いで時代遅れのオープンカーに飛び乗った。やはり鍵はドアポケットに隠されており、爆音のエンジンが唸ると同時に車を加速させる。その頃に〝怪物〟はガラスの扉を突き破るが、既に勝敗は私が持っていた。

 しかし、最大の問題は荒野を抜け出すまでの時間である。この世界が何を模して作られているのか不明でも、ここまで情景や状況が〝同じ〟であれば―――最後に訪れるのは高温の熱球である。

 道なき道を進み、腐り切った内蔵が露出した銅色のロボット、二重の劣化したガラスに包まれた灯台、そして給水車が敷設された小さな屋台を通過したとき―――正面に浮かぶ月が太陽に劣らない光を放ち、目を瞑る間もなく後方から閃光が―――先程とは比べ物にならない光が私の項に焼き付こうとしていた。私は慌てて身体を丸めるが、既に遅かった。閃光を遮る影が作られた瞬間、車は塵や音と一緒に吹き飛ばされた。

 世界は、段々と私に対して攻撃的な態度を取るようになっていた。これは偶然なのか、それとも、〝誰か〟が私を殺そうとしているのか。死神は既に観測者の域を超えており、生身の肉体は・・・。

 そういえば、私は何故・・・エネルギーで分解されるのだ?

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2024年12月1日 00:00

Nest Minus Zero Сара Котова @SaraKotova

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