第8話 ほうき星になった君へ。
──ほうき星になった君へ。
◆
五年前に東条維麻と過ごした夏は、僕の中で鮮烈に残っている。
高校受験の結果は惨憺たるもので、予定よりもいくつかランクを落とした志望校に合格した。
夏は受験生の天王山とかいう、学年主任の説教はある程度は的を射ていたみたいだ。
「……相変わらず、すげー星」
昼に降った雨のおかげで、大気中にはペトリコール──雨上がりのあの匂い
──が満ちている。
中古で買った原付バイクから降りて、ヘルメットを取る。
時間は午前二時。やっと目的地に到着した。
登山鉄道の途中駅、天流駅から少し山を登ったところ。
プラネタリウム跡地にある天体観測用に東屋だ。
あの日、維麻と向かうはずだった場所。
維麻がついに、来ることができなかった場所だ。
空を見上げると、あの夜と同じ怖いくらいの星空が広がっている。
リュックサックの中から、キャンプ用のランタンとトランジスタ・ラジオを取り出す。
ラジオからは、大昔のジャズスウィング。
LEDランタンを灯して、僕はポケットから封筒を取り出した。
大学生になった僕のもとへ、ある手紙が届いた。
維麻の母親から送られてきたそのダサい花柄の封筒には、宛名が書いていなくて……一発でわかった。
例の、アレ。
小学生だった僕が、維麻に送ったラブレターだ。
結局、この登山鉄道の路線で一生の思い出を見つけたら返してくれるといっていた手紙は、維麻の遺品を整理している途中で見つかったらしい。
五年経ってから僕の元に届いたということは、維麻の両親がそれだけの時間をかけてやっと維麻の身の回りのものを整理できるようになってきたということなのだろう。
僕自身も、維麻との別れがあってからはことあるごとに涙が溢れて止まらなかった。
というか、今も時々、そうなる。
何を見ても、どこに行っても、維麻と過ごした時間と、過ごせなかった時間に思いを馳せてしまう。
「あれ、これ……こんなに書いたっけ?」
どうにも普通のテンションでは開封する気になれずに、維麻との思い出の場所にやってきたわけだけれど。
便せんの数が、なんだかおかしい。
あれはラブレターといっても、兄貴からもらったA4のレポート用紙一枚に下手くそな字で馬鹿みたいな文章を書いたものだったはずだ。
封筒の中身を確認して──心臓が、痛いくらいに跳ねた。
ダサい封筒からは考えられないくらいに、可愛らしい便せんが何枚も折りたたまれている。
……維麻だ。
維麻は僕に、あの手紙の返事をしたためてくれていたのだ。
夜空に瞬く星を見上げる。
僕の耳に、あの夜の維麻の声が鮮やかに蘇る。
『あの光は、ありとあらゆる『過去』が『今』に向かって光ってるんだ』
なんだか、笑えてきた。
と、同時に、泣けてきた。
この無数に降り注ぐ星の光のどれかは、維麻が生きていた頃に宇宙を旅していた光だ。
僕は目をこらす。
そうすれば、維麻の星を見つけられるような気がして。
もう二度と見ることはない、あの夜の彗星が、見えるような気がして。
かつての僕ならば。
そんな魔法みたいなことできるはずないとか、ぼやいていただろうか。
「心なりけり、心なりけり」
流れ星みたいに輝いて、短い人生を終えた維麻。
たった一晩だけの、僕の恋人。
煌めくみたいに生きた彼女を、一生の思い出を僕にくれた君を。
僕は、絶対に、忘れない。
【終】
ほうき星になった君を、僕は永遠に探してる 蛙田アメコ @Shosetu_kakuyo
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