第7話 流星雨の奇跡
夜空に、突然出現した閃光。
維麻が怯えた声を出したので、僕は努めて落ち着き払ってみせた。
「え、何!? なんなの!?」
「ザネリ彗星が、光った……?」
通常はふつうの星と同じように一定の光を発するだけの彗星が、突然に強く発光する。
この現象は……。
僕は事前に調べた知識を、必死に思い出す。
「アウトバーストだ!」
宇宙を漂う塵──スペースデブリと彗星が衝突したときに稀に起こる天体現象だ。事前の予測はできない、珍しい現象。
僕が維麻にそれを告げようとした。
その、次の瞬間。
「流れ星!」
流れ星が──維麻の目にもハッキリと見えるような、まばゆい流れ星が、いくつも、いくつも、筋になって降り注ぐ。
「すごい……流星雨だ……」
彗星のまき散らす塵が、地球の大気に衝突して起きるのが流れ星で。
今さっき起きたアウトバーストによって、瞬間的にたくさんの流れ星が観測できるようになったのだ。
肉眼でギリギリ観測できるレベルの、地味な彗星。
そのザネリ彗星が、誰にも予測できなかった「奇跡」を起こした。
幾筋も、幾筋も。
星が瞬いて、煌めいては消えていく。
僕たちは、降り注ぐ流れ星の雨を呆然と見上げた。
「奇跡、起きちゃった」
ぽつ、と呟いた維麻。
僕は頷いた。
「うん」
維麻は僕の肩に頭を乗せて、小さく呟いた。
「和也。今夜のこと、絶対に忘れないでね」
馬鹿だな、と僕は思わず笑ってしまう。
こんなの、一生忘れられるわけがない。
──絶対に、忘れられるはずないじゃないか。
明け方、兄貴の運転する車で病院に戻った維麻と僕は、病院で待ち構えていた師長さんにこってりと怒られることになった。
けれど、師長さんは、最後にはふっと小さく息をついて、僕にそっと耳打ちしてくれたのだ。
「維麻ちゃんのこと、ありがとう」
きっと、悪い人ではない。
むしろ維麻のことを、よくわかっている人なのだと思う。
帰りの車の中。
朝日をぼんやりと眺めていると、維麻が病室から僕に電話をかけてきた。
『今日はアリガト。なんか、左腕まで痺れちゃって』
「……そうか」
無理をしないで、とも。
お大事に、とも。
言えるわけがなかった。
世にも珍しい天体ショーを演出してくれた神様は、維麻に奇跡を起こしてくれる気配はないのだから。
「あのさ、維麻」
『うん』
「よかったら、明日も彗星見ようよ。あと八日くらいは肉眼でも見られるみたいだから」
他愛のない約束を重ねれば、その約束までは維麻が生きていてくれるんじゃないかと思えて──僕は、その幻想に縋った。
『いいね』
電話の向こうで維麻が笑った。
『……明日も晴れだよ、和也』
これが、維麻と交わした最後の会話になった。
その後、維麻の容態が急変して意識不明に陥ったと彼女の母から連絡があった。維麻が事前に、そういった事態になった時には僕に連絡をしてほしいと母に伝えていたらしい。
『ありがとうね、真木くん』
ほとんど感情を表に出さなくなっていた維麻が、あんなに笑ったり怒ったりしているのを見られてよかった。たとえ、それが彼女の寿命を縮めたのだとしても、きっと維麻は幸せだったはずだ──彼女の母は、そういって僕に感謝を伝えてくれた。
やめてくれ。
そんな言い方、まるで維麻が死んでしまったみたいじゃないか。
僕は祈った。
どうか、お願いです。
あの流れ星みたいな、奇跡を起こしてください──と。
毎分、毎秒、祈った。
維麻を助けてくれるなら、神様だろうと流れ星だろうと構わなかった。
それから八日の間、東条維麻は生きていた。
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