第六十話 村長とコカトリス
翌朝、ギルド前でジェルサと落ち合った俺たちは、北門を出ると、街道を沿って道なりに歩いていった。
三十分ほど歩くと、左手に藁葺き屋根の家々が見えてきた。
俺が、あれだろうか? と独白すると、ちょうどそのタイミングで「あの村よ」とジェルサが言った。
果たして、そこが目的地の村で、畑仕事に精を出す農民や、鶏や牛、羊といった家畜たちの姿が認められ、とても長閑な印象を受けた。とてもコカトリスとかいう怪物が跋扈しているようには思えない。
村の周囲に巡らされた木の柵を乗り越え、村内に立ち入る。それから、ジェルサのあとに続くと、一際大きな家の前に着いた。
「ここね、村長の家は」
ジェルサが誰に言うとなく独りごちて、扉をノックして、声を張る。
「ごめんください! ギルドから来ました!」
と、扉の向こうで物音がした。
人の気配だ。
思う間に、扉が開かれ、目の落ち窪んだ白髪頭の老人が顔を出した。
暗澹たる面持ちの老人は、俺たちを目に留めるやいなや、ぎこちなく微笑んで嗄れた声で、無理をしているような、取り繕ったかのような朗々たる口ぶりで言った。
「おお、冒険者の方々ですか⁉︎ お待ちしておりました! さあさあ、どうぞ中へお入りくだされ!」
促されるままに、屋内に立ち入り、椅子を勧められ、諾々と従い椅子に腰を据える。
中々立派な長方形のダイニングテーブルの向こうに座る老人と正対し、数秒沈黙が流れた。
すると、にわかにそのしじまを破るように、ジェルサが口を切る。
「あなたが今回の依頼主の、この村の村長さんで間違いありませんね?」
「はい、わしがこの村の村長で間違いありません」
「わかりました。それでは今回の依頼にありましたコカトリスについて教えてくだい」
ジェルサが慇懃な物腰で訊くと、老人——村長は深い溜息をついてから、口を開く。
「ええ、やつは全長二メートルを超えます。近くの森を根城にする熊ほどの大きさがあり、家畜、特に牛を好んで捕食します。昼夜問わず現れ、捕食を邪魔しようものなら毒液を発射し威嚇してきます。今のところ死人は出ていませんが、村の若いのが二人毒にやられて重体です。どうかあのにっくきコカトリスめを討伐してくだされ、冒険者さま方」
胸の前で手を組み懇願するように言った村長に、ジェルサはコクリとうなずいて見せると「わかりました。では牛のところに案内してください。そこで待ち伏せしたいと思います」と口に出した。
「はい、それでは案内させ——」
村長が言いかけたとき、戸外で何かの吠え声がして、牛(だと思しき)の尋常じゃない鳴き声が続いた。
「やつじゃ」
そう言い終えると村長の顔がみるみる青ざめていく。
それから、間もなく血相を変えた村長は、戸外へ飛び出して行った。
俺たちは顔を見交わし、うなずきあうと、村長のあとを追って、その場をあとにした。
家に帰りたい!念願の異世界に来た俺は強くそう思わざるを得なかったのだ! さいへんざらうつわ @saihenzarautuwa
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