最終話 掴み取った幸福


「勝ったな……」

「勝ったね……」


 神域の中央で横になる俺達。


 勝利の余韻に浸る中、俺は剣となった自身の身体を浮遊させる。


「……さてと、じゃあ、義姉さん」

「……もう、時間なの?」


 寂しそうに呟く理華の声が神域に響き渡る。その目には薄っすらと涙が浮かんでいた。


「あぁ、残念ながらな」


 剣の端からゆっくりと光の粒子となって消えていくのを感じながら、俺は理華の正面に移動する。


「英雄譚にはたくさんの終わり方がある。ハッピーエンドもあれば、今回のような終わり方もある」

「……」

「ごめんね、義姉さん。俺じゃあ、ここが限界だったよ」

「ッ……ううん、司はよくやったよ! 自分が間違いなく死ぬのに、皆の為に戦ったんだから!」

「そっか……その言葉だけで十分だよ」


 話していくにつれて加速していく光の粒子化。体感で、あと一分といったところだろうか。


 俺は最後に、この戦いが始まると決まった時から話しておこうと思った事を理華へ伝える。


「義姉さん―――いや、理華。最後まで一緒に戦ってくれてありがと」

「うん、うん……」



「―――俺も、大好きだよ、理華。これからはちょっと向こうあの世で理華の幸せを願っているよ」

「!!!!!!」



 涙を流しながら、泣き叫ぶ理華。俺の身体は全て光の粒子となり、あの『女神』と同じように空を舞う―――



『ちょいちょい! なんだ、その結末! ワシ、そんな物は期待しておらんぞ!』

「「えっ……?」」



 ―――ことはなかった。



『ワシはハッピーエンド主義者なんじゃ! というか、ここまで頑張ってくれた英雄をワシらが祝福しないわけがなかろう!』


 俺にとっては聞いたことのある声が神域に響き渡った次の瞬間―――


「こ、これは……!」

「光が……!」


 ―――光の粒子が集まっていき、人の形へと変容していく。



 そして、あっという間に元の姿―――神木司という人間の姿へと戻った俺が神域に降り立つ。


「マジかよ、爺さんゼウス……」

『はっは! 驚いたじゃろう! といっても、今回が特別なだけじゃがのう!』

「何でもいいさ。それより、どうだ? 俺達の『英雄譚物語』は楽しめたか?」

『当然じゃ! おかげで、こっち神界は大盛り上がりじゃよ!』

「そうか……なら、頑張った甲斐があるってもんだな」


 俺が空から聞こえる声へ微笑んでいると……


「司ぁああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」

「うぐぅ⁉」


 横から理華に勢いよく抱き着かれ、俺は思わず呻き声を上げる。


「うぅ、よかったよう~!!!!!!」

「あははっ、なんやかんやで上手く事が進んだね、

「『ん?』」


 俺の言葉に首を傾げる一人の少女と、一柱の男神。


「あれれ? さっきは『理華』って呼び捨てだった気がするんだけどな~」

『おかしいのう。さっきは愛の告白をしとったはずなんじゃが~』

「弄るな、爺さん! 義姉さんもそろそろ離れて……って、痛い痛い! そんな強く抱きつかないで!」

「司が理華って呼ぶまで離してあげないから」

『はっは! 最後の最後まで笑かしてもろうたわい!』


 俺達のやり取りを見て、心の底から笑うゼウス。


『さてと、じゃあ、そろそろワシはお暇するとしようかのう。若い二人の時間を邪魔するわけにもいかぬしのう』

「あっ、爺さん。最後に一個、聞かせてくれよ」

『ん、何じゃ? ワシがヘラに黙って、どんな『女神』と遊んでいるのか知りたいのか?』

「興味ねぇよ、他人の浮気なんて! それよりも―――あの『女神』と『彼女』は救われたと思うか?」

『…………肉体を奪われた『彼女』だけでなく、あの『女神』もかのう?』

「あぁ」


 俺がそう答えると、『ふっ』と小さく笑うゼウス。


『安心するのじゃ―――どちらも、無事に旅立ったわい』

「……そうか。それが聞けて良かったぜ」

『よしっ、では、今度こそ別れの時じゃのう! これからも面白い物を頼んだぞ、小僧!』


 その言葉を最後に、ゼウスの声は聞こえなくなった。


「フゥ……最後まで騒がしい爺さんだったな」

「ねぇ、司……さっきのって……」

「気にしなくていいよ。俺が興味あっただけだから」

「……そっか」


 決して話そうとしないことを察したのか、深入りはしなかった理華へ心の中で感謝の言葉を呟くと、俺はその手と自身の手を重ねる。


「どうしたの、司?」

「別に。ただ、何となく手を繋ぎたくなっただけ」

「え~? 司ってば、私の事、好きなの~?」

「―――うん、そうだね」

「ほらね~……って、えぁ⁉」


 揶揄うつもりだったのだろうが、予想外の返事に戸惑いを見せる理華へ俺は微笑むと、繋いだ手を引っ張り、神域の出口へと歩いていく。


「じゃあ、帰ろうか、

「~~~!!!!!! もうっ、揶揄い過ぎっ!」

「あははっ!」


 顔を真っ赤にして空いた手でポカポカと殴ってくる理華に平謝りしながら、俺達は神域から出るのだった。



―――――――――



 それからは怒涛の日々だった。


 大戦の英雄として祭り上げられた俺達は連日、市民のもとを訪れたり、聖司から俺へと第一部隊総隊長の継承式などが行われたりと、満足に休めない日を送っていた。



 そして、大戦から二年後。


「うぅ、よかったなぁ、司! 理華!」

「焔、泣き過ぎだ。親である俺より泣いてどうする」

「うわぁ、理華さん、綺麗~!」


 とある結婚式場で、俺と理華の結婚式が執り行わていた。


「ふふっ」

「ん、どうしたんだ?」

「い~や、まさか、こんなに早く結婚式を挙げれるとは思わなくてね~」


 純白のウェディングドレスに身を包んだ理華が微笑み、俺もそれに釣られて小さく笑みを浮かべる。


「これからも幸せにしてみせるよ」

「うん、期待してる!」


 二年前であれば信じられなかったであろう幸せな光景。


 その幸せを噛みしめながら、俺達は互いの手を重ね、皆が集まる所へと歩いていくのだった。



―――――――――



 ―――とある『女神』のエピローグ。



 いつからだっただろうか、彼のことをこんなにも恋しく思ったのは。


 いつからだっただろうか、彼がいない現実を受け止められなくなったのは。



 何百年、何千年もの間、独りぼっちだった『私』は星の海に浮かびながら、過去の思い出を空へと映し出す。



『えっ、女神⁉ なんで、神様が地上にいるの⁉』


『うわっ、虹だ! 綺麗~!』


『大好きだよ、『―――』』


『僕と、結婚してくれないか?』



 そのどれもが、遥か昔に愛した一人の人間との思い出だった。



『ごめん、ね……君を、一人にして』



 避けようがなかった別れの記憶も無意識のうちに映しだす。



 あぁ~やっぱり―――



『離れたくなかったなぁ……』



 愛した彼を失ってからの自分は孤独に耐えきれず、段々と壊れていった。



 そして、数えきれないほどの命を奪っていった。



 そんな自分が住処神界へ戻ることは叶わないだろう。



 そう考えながら、星の海を漂っていると、大きな門へとぶつかる。



 ほらね、やっぱり、私は『地獄』行きだね。



 目の前にそびえ立つ『地獄』への門。



 多くの後悔を抱えながら、私は一度、深く息を吐くと、意を決しその門へ手をかける。



 中へ入ると、多くの者達の絶叫が聞こえてきた。



 自分も今から、彼、彼女らと同じようになるのか思っていた時だった。



『待ってたよ、『―――』』

『え?』



 懐かしい声が聞こえてきた。



 そんな。あり得ない。彼がここにいるはずがない。



 そう頭では訴えていながらも、鼓動は高鳴るばかりだった。



 そ声の聞こえた方へと視線を移した私は、その姿を捉えた瞬間、我を忘れて走り出し、両手を広げる彼の胸元へ飛び込む。



『どうして、貴方が、ここに……』

『君を一人にしてしまったのは僕のせいだからね。僕も一緒に償わせてくださいってお願いしたんだ』

『もうっ、なんで私なんかのために……!』

『決まっているだろう。僕が君のことを大好きだからさ』

『う、うぅ、うわぁああああああああああああんんんんんんんんん!!!!!!』



 彼の言葉に私は我慢できなくなり、大声で泣き叫ぶ。




 しばらくして泣き止んだ私の手を彼が優しく握ってくれる。



『じゃあ、行こうか』

『……うん』



 その手を強く握り返した私は、彼と一緒に『地獄』へと落ちるのだった。




 ―――ありがとね、少年。それに、ゼウスも。



 落ちる直前、私は彼と引き合わせてくれたお人好しの人間と、何だかんだ見捨てられない男神へお礼を告げるのだった。




~~~~~~~~~


これにて、英雄大戦記は完結となります!


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英雄大戦記 ~少年は『剣』となりて『女神』と討つ~ 苔虫 @kokemusi

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