第25話 ラブストーリーは突然

 自転車を降りた二人が、次に向かったのはフィシャーマンズワーフの魚介類を食べさせてくれるレストランだった。国を問わず、甲殻類は人気で、ロブスターやソフトシェルクラブなどを頬張り、新しく出てくるメニューも写真に撮りまくった。二人の出会った頃からの思い出話に花を咲かせ、よく食べ、よく喋り、よく撮った。たった半年前まではまるで知らない同士だったのに、今では1つのテーブルを挟んで、共通の話題と笑顔の時間が、彩にはとてもかけがえの無い時間に思えた。

「初めて彩に声をかけた時、君が持っているカメラを見てとても驚いたんだ。だって、日本の華奢な女の子が選ぶとは、到底思えないメカを手にして居たから、とても驚いた。」彩のカメラは父のものだけれど、本格的なカメラマン仕様でゴツく、白く細い彼女の腕には似合っているとは、お世辞にも言えない。

「パパの、大切なカメラで、さらにその大切なお友達との悲しい思い出も聞かされて居たカメラが、どうしても使ってみたくなったの。私にとって、ソール・ライターとの出会いは衝撃的で、どうしたら彼の様な日常を芸術にまで高められるか、本気で悩んで、パパに相談したら、快くカメラを私に預けてくれた。」

「彩のパパに会ってみたい」と言うジェイムスの言葉に、彩は頬を染めた。決して気がないわけじゃ無いから、尚更意識してしまった。楽しい時間はすぐに過ぎる。お腹もいっぱいで、心も満たされている彩に、ジェイムスが次の場所にいざなった。

 レストランを出ると、外はすでに暗くなっていて、街の灯が二人の目に飛び込んで来た。通りに面して色々な店のネオンサインが色とりどりに輝き、旅の気分をぐんと盛り上げる。バスと路面電車を乗り継ぎ、向かった先は、サンフランシスコの街並みが一望できるツイン・ピークスと言う小高い丘だ。市内からは2、30分で到着する。歩いて山頂にある展望台に向かう。思ったよりも多くのカップルが歩いている。その流れに合わせて彩とジェイムスは腕を組んで、ゆっくり歩いていた。冬の冷たい風を全身に受けながら、それでも隣にいるパートナーが頼もしく思え、心は温かだった。        少しして夜景の見える展望デッキに到着した。抱き合うカップルやスマホで写真を撮るカップル、額を寄せて話をしているカップルなど、色々な人がいた。そんな光景を横目で観ながら通り抜け端まで行くと、お目当ての夜景が眼下に広がった。「わぁ」と小さなため息が彩の口から漏れた。寒さと感動に震えて、涙が自然と溢れた。そんな彩の肩をそっと抱きしめて、ジェイムスが言う。「彩、とても素敵だ。」そう言いながら、さりげなくキスをしてきた。彩にとってのファーストキスをあっさり奪われたことに、小さな怒りと大きな喜びで更に涙が溢れた。「私も。」そう小さな声で返すのが精一杯で、彩はジェイムスにしがみつく様に抱きついた。そんな二人の横にいたカップルの男性が、いきなり右膝をつきズボンのポケットから小さなケースを取り出し、蓋を開け彼女に差し出しながら「愛しています。僕と結婚して下さい。」と言ってプロポーズを始めた。その光景にジェイムスも彩もあっけに取れれて暫し見とれて居たが、周りのギャラリーから拍手と「おめでとう」の掛け声で、我に帰った。

さっきまで彩の頬を濡らして居た涙が乾かない内の出来事で、びっくりしたが、二人とも「おめでとう」と言って拍手をし、持って居たカメラでその様子を撮影した。連写で撮ったその写真を後日、現像して初めて分かったけれど、彼女の表情が驚きから喜びの表情になり、さらに涙で顔をくしゃくしゃにしていく様子が写っていた。それはほんの、数秒か十数秒の出来事だったけれど。その出来事がその後の彩の写真への大きな影響を秘めているのだった。

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続 金木犀の片思い 神田川 散歩 @nightbirds60

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