この気持ちを忘れない

「ありがとうございました〜!」


「ちょっとアナタ……こっちにいい?」


「――!は……はい!」


 お客様のお見送り。わたしは、お店の外へ呼び出された……。


「今日私のシャンプーした子……いまいちね……ちゃんと教育してる?」


「――も……申し訳ございません。何か粗相そそうとかありましたか?」


「どうしてもアナタと比べちゃうのよ……しっかり教育しないと、ここのシャンプーのハードル……ずいぶん上がってるわよ」


「は……はい!しっかり鍛えておきます」


 毎月2回はご来店される超常連のお客様。⚪︎⚪︎様は、現役時代、バリバリやり手の看護師さんだったそうで、とても厳しい方です。


 みんなビビリ上がってます。


 まぁ、わたしもそうとう緊張します。⚪︎⚪︎様がスタイリストやオーナーでなく、わたしにそう伝えてくれるのは、認められているのだと自覚してます。


 月に二度も会うので親戚のような感覚。


 ⚪︎⚪︎様に「呼び出し」を初めてされたのは、シャンプーマンとして1年過ぎた頃、それまでは何も言われなかったんです。言うまでもなかった……ということかもしれません。


 つまり、⚪︎⚪︎様の「呼び出し」は認めてもらえた証拠なんです。女性に厳しく男性に優しい……これは⚪︎⚪︎様が若い頃に仕事を頑張ってきたプライドなのかもしれません。


 わたしにとっては、細かい気遣いなどを厳しく教えてくれた恩師のような方です。


 凛として美しい。お顔はちょっと怖いけど本当の優しさを持っている、そんな感じ。


 でも、これは半年も前の話。


 今、⚪︎⚪︎様は来られていない。


 ⚪︎⚪︎様は、2回先まで、ご予約されて帰られるんですが、娘さんから連絡が入りキャンセルとなったのです。


 脳梗塞だったそうです。その時、命は助かったのですが、麻痺が残り一人では出歩けなくなったと聞きました。


 ⚪︎⚪︎様から予約が入ったのは脳梗塞から半年ほど経った今日。娘さんが連れて来てくれるそうで、その日はわたしも落ち着きません。


 わたしも⚪︎⚪︎様に入れるように準備します。


「いらっしゃいませ〜」


 別人のようでした……。


 娘さんにシャンプーをするかどうかの確認を取ると、⚪︎⚪︎様の腕を取りシャンプー台までご案内します。


 髪も寝グセで潰れ、娘さんが切ったのか、ざん切りのショート……きっと、早くここに来たかったに違いない。


「⚪︎⚪︎様、お久しぶりです」


 シャンプー台を倒す際に、話しかける。二人きりの空間だ、少し呂律が回らなくても、他のお客様には聞かれない。


「初めまして、いや2回目だったかしら?」


 なんて答えたらいいのか、分からなかった……。


 ただ、涙が止まらなかった。


 ⚪︎⚪︎様は、認知症にもなっていた。


 わたしは、無言でシャンプーをした。普段から無言のシャンプーをするわたしだが、泣いていることを悟られないように、丁寧に、粗相なく、シャンプーマンの持てる全部を出した。


 シャンプーが終わり、フェイスガーゼを取る。ボタンひとつで起き上がるシャンプー台のスイッチに足を伸ばした。


 シャンプー椅子に腰掛けた⚪︎⚪︎様の腕を取らず、片膝をついてそばにいる。


 カット面にご案内出来なかった。わたしが泣いていたからじゃなく、⚪︎⚪︎様が泣いていたから……。


「また、来れて良かった……」


 そう言って涙を流していた。


 わたしのことを思い出したわけではないと思う。


 ただ、わたしのシャンプーが元気だったあの頃を、思い出させたんだと……そう感じた。


 わたしはシャンプーマン。


いずれスタイリストになってもこの気持ちを忘れない。


 

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ここまで読んでくださりありがとうございました。「わたしはシャンプーマン」は日記のようなものです。


終わりは無いのですが、ここで一旦終わりとさせて頂きます。


また急に始めるかもしれませんが....その時はよろしくお願いします。


皆さまも良きシャンプーマンに出会えますように!(>人<;)✨


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わたしはシャンプーマン ろきそダあきね @rokisodaakine

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