ハップル・ダ・ホイッテとペテロン

@tiana0405

第1話 二人の男の奇妙な同棲生活

 ある国に、二人の男がいた。ハップル・ダ・ホイッテは、大金持ちの貴族商人だ。各国と手広く貿易商を営む彼の屋敷には、様々な国の豪勢な調度品が敷き詰められ、王侯貴族のそれと見紛う程の代物である。代々騎士貴族の家柄であったホイッテ家の当主が、商人などという大衆向けの仕事をしている件について、宮廷ではまことしやかにあることないこと噂が吹聴されていた。



例えば、ハップルは実はこの国の情報を隣国に流すための隠れ蓑として貿易をしているであろうだとか、ハップルは体が弱く、騎士学校での騎士訓練に関して落ちこぼれであったから剣と盾を持つのをやめたのだろう、などといった類いのものであった。そうした周囲のやじにどこ吹く風のハップルは、国が財政難に陥った際、見て見ぬふりをする諸侯を尻目に、王の前に速やかに現れて、貿易で稼いだ金の山を置いてこう言った。



「王よ、貴族としての責務を果たしにまいりました。我が国と民のためにお使いください。遠慮はいりません、返さなくて結構です。ただ私が役に立ちたくて来たのですから。」


 

 

 騎士貴族の変り者として通っていたハップルのこの心ある行動にいたく感激した王の計らいにより、爵位が上がったハップルは、ますます周囲の貴族に妬まれた。王に気に入られるためにやったのだ、という噂に関して、毅然とした態度で彼は言う。



「私が貴族である以上、余りある富は、この世界をより良く変えるために使うべきであるから、そうしただけだ。富は貯めるためのものではない、使うためにあるのだから。」



一方で、彼はこうも言っていた。



「これからの時代、暴力ではなく情報が戦力になるだろう。良い商人は、金の使いどころを心得ている。私は、これからも私が気分よく二足の草鞋を履くために、使いどころの情報をつかんだだけのことだ。」



この発言からうかがえるのは、彼の抜け目ない性格と、尊大な態度に反して、噂を多少は気にしているという繊細な一面である。また、彼には、家の都合で婚姻させられた貴族女性との結婚生活が、僅か半月で終わったという気難しいエピソードもある。



「私は、私がしたくもない事をするのに向いていない。彼女が悪いわけではないが、湯水のように金を使う女とは生活出来ないし、貴族らしさや家柄を押し付けられる価値観にも、昔ながらの貴族のやり方に固執する父にも、もううんざりだ。私の跡継ぎだと?死んだ後のことは知らん、継ぎたい奴が継げばいい。最も、その頃には貴族制もこの国も、なくなっているかもしれないがな。」



短い婚姻生活と、古い価値観に終止符を打ったハップルは、父と過ごした生家を出て、精力的に貿易商に力を入れた。その結果、彼の屋敷はみるみるうちに冒頭で話した豪邸となり、ハップルは、自由気ままな独身商人貴族の座を手に入れたのであった。


 

 さて、もう一人の男の事を話すのを忘れていた。その男の名は、ペテロン。本名は、ペテロン・ミ・カエルという。彼は、先に話したハップルと同じ騎士学校出身の元貴族であった。彼の家は学者貴族の家だったが、国政難の際に持ちこたえられず、取り潰されてしまった。ペテロンの家が困窮した際、心配したハップルは親友のよしみで、ペテロンに援助を申し出た。それに対して、ペテロンはのんびりと答えた。



「ハップル、気持ちは嬉しいけれど、形あるものはいつか壊れるだろう?それと同じように、この家が壊れただけさ。だが、私は生きている。金はなくなったかもしれないが、君との絆も今ここにある。それだけで十分じゃないか。」



親友のおっとりとした返答に、現実主義者のハップルは呆れた様子でこう問いただした。



「ペテロン、君の言いたいことは分かるが、生きるのには金が必要だ。金がなくて、明日からどうやって生きるつもりだ。」



ペテロンは、首を傾げて虚空を見つめ思案した後、名案を思い付いたと言うようにこう答えた。



「そういえば、昨日どうしたものかと港を歩いていたら、フードを被った男が仕事をやらないかと話しかけてきたな。袋に入っている物を指定地点に運ぶだけで、金をくれると言っていた。」



「馬鹿野郎!それは闇取引の仕事だ!爵位の次は、命まで失いたいのか、ペテロン!」



「闇取引も、仕事は仕事だろう?やってみないと分からないさ。」



「ボンボンで私よりどんくさい君に、そんな芸当ができるわけがないだろう!水中訓練すら億劫で、私と一緒によくサボっていたじゃないか。その、あれだ、君の家は学者の家系だし、君も勉学は得意だろう?研究者でもしたらどうだ、仕事の口なら紹介してやるぞ。」


 

 この最もなハップルの意見に対して、ペテロンはげっそりとした様子でこう答えた。



「勉学にはもうウンザリなんだ。母がうるさいから、勉学に没頭していただけで、よく考えてみたら嫌いだったらしい。机に向かって頭を抱える人生は、もう送りたくないね。せっかく家柄から解放されたんだ、自由に生きていくさ。」



「ペテロン、勉学抜きで何を飯のタネにして生きるんだ?一体全体、君はどうやって稼ぐつもりなんだ?」



「これでせいせいと絵が描けるな、うん、演劇の台本を書くのもいい。」



ハップルの真面目な質問を意に介さず、ウキウキと新たな自由な生活に頭を巡らすペテロン。その夢見がちな言動に、段々とイライラしてきたハップルは、ついこう叫んでしまう。



「筆とキャンバスで雨風がしのげると本気で思っているのか?!おい、君の屋敷はたった今、なくなったんだぞ!?もういい、ペテロン、君は手先が器用だろう?芸術的センスも悪くない。ちょうど庭師がいないんだ、私の屋敷で庭師をやれ。ただし、うるさい物音は立てるなよ?この間も、噂話をしてばかりでうるさい使用人を一人首にしたばかりなんだ。静かにして、私の仕事の邪魔をしなければ、筆もキャンバスも給料も寝床も用意してやる。」



「そりゃあいいな。ありがとう、ハップル。君は相変わらず優しい人だなあ。一緒に暮らすなんて、騎士学校の寄宿舎以来だなあ、懐かしいね。」



こうしてハップルの屋敷で庭師として働くようになったペテロンは、独特のセンスを持っていた。彼の作り出す世界観は、一般的に流行していた宮廷様式のそれとははるかにかけ離れていた。


 

 例えば、三角型の翼を広げた奇妙な鳥のような形に、ペテロンが木を刈っていた。通りすがりの人が、不思議そうに尋ねると、彼はこう答えた。



「いずれ空を飛び回るようになる、人が乗れる大きな鳥だよ。その内、これに乗って、世界中の至る所に行けるようになるさ。船は必要なくなるかもしれないね。」



勿論、多くの人々が、その発言を聞いてペテロンを奇異の目で見た。人を乗せられる程の大きさの鳥など、その国にはいなかったからだ。しかし、ハップルは、その木を見てペテロンの発言を聞いた後で大笑いをして、こう答えた。

「かのイカロスは自分が飛ぼうとして太陽に焼かれたが、人間自体が飛ぶのではなくて、人間を乗せて飛び回る鳥を作れば、空を行き来出来るかもしれないな。ペテロン、君は天才だよ。私は、君のそういう自由な発想がたまらなく好きなんだ。いいぞ、もっとやれ。」



この雇い主にしてこの庭師ありとはこのことで、ペテロンの活躍によりハップルの豪勢な屋敷の庭は、ちょっとした名物となる。他では見られないが、理解は出来ないこの庭を酷評する人々もいたが、屋敷の主であるハップルは、いつも落ち着き払ってこう答えた。



「古い価値観にしがみついていては、新たな価値観を生み出すことは出来ない。時代を作り出すのは人だ。私は、時代の流れにただ乗ろうとしたり、漂う者よりも、流れを作り出そうとする者と共にありたい。商売は、先を読む事が必要不可欠だ。流れを作り出す発想を、私はこの庭を見て感じる事がある。私の庭師は、確かにこの国からすれば変り者かもしれない

が、私はあいつの発想がたまらなく好きだから、そばに置いている。」



こうした具合で、ハップルは、ペテロンの仕事ぶりによって自分の庭が常人では理解できない代物になっていても、毎回大笑いしたり、感心するばかりで好きにさせていた。



また、ペテロンは庭だけではなく、演劇作品を作る上でも、かなり変わった着眼点を持っていた。



ある日、ペテロンは、アダムと最初の妻リリスについての演劇を作る。とある文献「ベン・シラのアルファベット」に綴られているように、最初の妻リリスがアダムに離縁された理由として挙げられるのは、リリスがアダムと対等に扱われることを要求し、同じく土から造られたのだから平等だと主張したからだ。アダムと口論になって家を飛び出したリリスを言いくるめるために、アダムに頼まれた神から、三人の天使が差し向けられる、というのが一般的な話であった。


ところが、ペテロンが作り出した作品の筋書きは、これとは大分異なっていた。神は、アダムの言い分ではなく、リリスの言い分が最もであるとして、«男であれ、女であれ、等しく平等である。アダムのような、我儘で身勝手な男と無理やりつがいにしてすまなかった、これはお詫びの気持ちである。»として、三人の天使にリリスを、彼女が望む自由な世界へ送り出す事を命じる、というものであった。



 さて、この作品は、この国では大分物議を醸す。多くの男尊女卑主義者や、聖職者は、ペテロンを異端者であると糾弾した。他方で、女性たちには思いの外、好評だったようだが。こうした人々の抗議に反して、ペテロンは穏やかに答えた。



「男と女とは、優劣があるものだろうか?そもそも、あなた方は何を根拠にして、男女を決めているのだろう?体の形?それは本当に男の形で、女の形なのか。学者や世論が言っている事の全てが正しいのだろうか?もしかしたら、私たちが気付いていないだけで、私たちは男でもあり女でもあるのかもしれない。そもそも、性別というもので、役割を押し付けたり、決めつけるのは、エゴイズムに他ならない。私がもし神ならば、リリスを不幸な境遇にしたことを反省して彼女に謝罪するだろう。」



このようなペテロンの考え方に怒り狂った団体が、雇い主であるハップルに文句を言う事もあった。彼らの言い分に耳を傾け、ペテロンの作品を熟読した後で、ハップルはキョトンとした顔でこう答えた。



「私は、ペテロンが何かおかしな事を言っているようには、到底思えない。君たちは、木のうろからでも産まれたのか?違うだろう、私やペテロンのように母親の腹から、痛みを伴って産まれたのだろう。ならば、母親の痛みに敬意を表し、女性たちに感謝してお互いを平等に慈しみあうべきじゃないのか?それとも、女性たちが平等な権利を手に入れると、君たちにとって不都合な事でも起きるのかい?そもそも、君たちのような古い価値観は、これからドンドン淘汰されていくと思うよ。これは、私のいつもの先見の明だがね。」



こうした具合で、ハップル・ダ・ホイッテとペテロンは、彼らの大きな自由な屋敷で、互いの独特な感性を認め合いながら、静かに暮らしていた。時に、好奇の目にさらされる事もあったが、そんな事は彼らにとって、全くの些事であった。



ハップルの貿易商が隆盛を極めていく中で、彼を悪く言う人がいると、ペテロンはこう答えた。



「ハップルは、新しい物を取り入れるのも、送り出すのも大好きなんだ。好奇心をくすぐられると、居ても立っても居られないのさ。え、君に対して、無愛想で高慢ちきで嫌な奴だったって?あー、それは、君がハップルにとって、興味の対象じゃないだけさ。相性ってあるよね、君もそんなに気にしてとさかを立てる事はないよ。ただ、合わなかっただけの話なのだから。」



また、ペテロンの作品が世間から注目の的になり、評価され始めると、ハップルは嬉しそうに言った。



「だから言ったじゃないか、私の庭師は優秀だろう?あいつは良い感性を持っているんだ。今に、うちの庭も芸術作品として有名になるぞ。」


 ハップルとペテロンの奇妙な同居生活は、これからも続いていくだろう。彼らに関しての話は沢山あるのだが、最初のさわりはこんなところだ。今日はここまでにしておこうじゃないか。彼らについて語るまたの機会を、楽しみにしている。

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