Marshall 4 Season

テラ

第1話

【あらすじ】

これは一人の青年の成長録。

そして"あなた"に向けた讃歌。


2015年に急逝してしまった伝説の日本人ラッパー兼トラックメイカー、"Marshall"がオスのアビシニアン(猫)となって蘇る。

人間としての命の灯が消えてから、約9年後の2023年12月29日。


Marshallは、青年Noobと出会う。

一人と一匹。


彼らの邂逅により、様々な運命と出会いが交錯する。

ハードボイルドなヒップホップ的視点と、ハートウォーミングな日常の中の奇跡が綴られる全19話。


音楽と、街と、人が織りなす4シーズン。

多様性とは何か。

自由とは何か。


猫のMarshallと青年Noobを通し、人の生き方や心のあり方について見つめ直す社会派"青春"群像劇。



この作品はフィクションです。作品中に登場する人物•団体は架空であり、実在する人物や団体とは何ら関係ありません。





           *





──年末の日本ってのは、とにかく「よいお年を」でハッピーエンドにさせようとするから嫌いだ。

そんなにめでたいものじゃないだろ、この世は。


言語知能指数140以上のNoob(ヌーブ)は、家庭や学校、社会に馴染めず小学校4年生の頃から児童養護施設で生活をしていた。


文章を書いたり、事象を言葉で説明する言語化能力だけでいえば、高い能力を発揮するらしい。


それと引き換えに、彼は鏡を見ながらシャツのボタンをつけることが出来なかったり、靴紐が上手く結べなかったり、等間隔に物を分けることが出来ない。

脳の発育に大きな偏りのある、いわゆる発達障害を抱えていた。


忘れ物が多かったり、時間を正確に守れなかったりするのも、この特性が影響していると云われている。


手足の運動神経回路も、一般的な成長の仕方をせずに形成されてしまった為、右手のつもりで左手を動かしてしまう、という一見奇妙な現象もしばしばみられる。




そのくせ『スポーツの日』が彼の誕生日というなんとも皮肉な生い立ちは、悲しみを超えてジョークですらある。


"Noob"と名乗るのは、彼の名前がノブということと、ネットスラングのNOOB(下手くそ)からきている。何も上手くいかないのだ。


"普通に"も出来ない奴が多少文章を上手く書いたところで、ほとんど意味がない。

彼がこの世界で一番そのことを理解している。


まだ16歳という若さにも関わらず、あまりにも卑屈で内向的な彼だが、Apple MusicやYouTubeで日本語ラップや日本のヒップホップカルチャーを見聞する時だけが唯一の楽しみだった。


言葉を駆使して、自分の存在を世に知らしめるラップスタアたちが、少年には分かりやすい憧れだった。


「僕もこんなふうに」と、思いかけ、すぐに無理だと匙を投げるのも子供らしい判断だろう。


ただ、施設で暮らせるのは18歳まで、という現実を鑑みた結果、子供らしい夢を諦めるのは、あながち間違いではなかったようだ。


『学校を卒業して、施設を退所したら長く勤める。学校を卒業して、施設を退所したら長く勤める。学校を卒業して、施設を退所したら...』


そうやって大人たちが安心するマインドコントロールを自らすることで、これで良かったと説得することが出来る(気がする)。


自分がどれだけ学校で酷い目に遭っていても、学校を卒業しないともっと酷い目に遭う。そんな板挟みの状態が彼の心を蝕んでしまった。


でも、もう疲れた。

そうやって取り繕うのも、無理に生きるのも、何もかも。


2024年1月1日午前2時30分。首を吊って気を失えば、そのまま凍死することも出来る。


準備として負荷400kgまで耐えられるトラックロープを結えていた。

多分、"普通の人“なら30分もあれば準備出来るところ、3時間掛けて絞首刑の際に用いるロープ紐の結び方を何度も何度もやり直していた。


とことんNOOBだ。




           *




12月29日から日付は変わり30日の午前1時08分に。


Apple Watchが健康的な生活の為にもマインドフルネスするよう呼びかけてくる。


各種様々な自死に関する葛藤を繰り広げながら、JR恵比寿駅の出入り口の前に立って始発を待っていた。


あと2日、あと2日の命だ。

そう自分に言い聞かせていた。

ひたすら寒さも忘れるほど精神を、死に向けて集中していた。

風も止み、夜の雑踏も消え去る。


ふと、向かいの草垣根から声が聞こえてきた。


──"もし明日この星が終わるとしても、

そうやって独りポツンと始発を待っているのか"




そこには、

琥珀色の猫がいた。

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Marshall 4 Season テラ @noobnakano

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