ワシの無限増殖ライフ

月井 忠

一話完結

 その日は快晴であった。

 遠くには小さな山があり、手前には雲の形とそっくりな茂み。


 そんな淡白な世界をワシはゆく。


 レンガの上を歩いていくと、向こうから何やらやってくるのが見えた。


 キノコだ。


 キノコに足が生えて、コチラに向かってくるではないか。


 キモっ。


 ワシは思わずジャンプしてソイツをかわそうとする。


 ムニュ。


 足裏にヌメる感触があった。

 タイミングが合わなかったようで、意図せず歩くキノコを踏んでしまったのだ。


 ポミュ。


 妙な音を出すとキノコは縦に潰れて消える。

 罪悪感はあった。


 だが、すぐに妙な達成感が湧いてくる。

 ワシはこの世界を一つ綺麗にした、そんな実感があったのだ。


 小躍りするようにジャンプを繰り返す。


 ドゥム。


 手の先に硬い感触がある。

 見上げるとそこには金色の箱が浮いていた。


 どういう仕掛けなのか。


 柱に支えられるわけでもなく、宙に浮いているのである。

 他にも金色の箱が一つあり、レンガのブロックも浮いている。


 観察していると、先程叩いてしまった金色の箱が茶色の箱に変化した。

 どうやら、叩いたことで壊れてしまったようだ。


 なんと脆い箱か。


 だが、この場にとどまるのは得策とは言えない。

 所有者に見つかる前に退散したほうが良いだろう。


 ワシが歩を進めると、突如空から何かが降ってきた。


 キノコだ。


 今度は足の生えていない、正真正銘のキノコである。


 だがデカい。

 そして滑るようにコチラに向かってくる。


 怖っ。


 ワシは思わずジャンプしてよけようとする。


 ドゥム。


 ワシの拳は硬いレンガを叩いた。


 そう、ワシは頭上にレンガが浮いているのを忘れていたのだ。

 かわすつもりがジャンプをレンガに阻まれ、滑るキノコが足先に触れる。


 デュワデュワデュワ。


 気づくと、世界は小さくなっていた。


 もちろん、そんなことはあり得ないと知っている。

 実際にはワシが大きくなったのだ。


 ワシは思わずサイドチェストをかまし、胸の厚み、腕の太さを確かめる。


 ウム、良い。


 みなぎる筋肉に導かれるように、ワシは手当たり次第にレンガを破壊した。

 痛快だった。


 この世界との接し方を学んだ瞬間だった。




 長い道のりの先、ワシは暗い空の下にいた。


 階段の上からノコノコとカメがやってくる。

 ワシは一匹目を無慈悲に踏み潰し、階下に突き落とす。


 続く二匹目のカメを同じように踏み潰す。

 だが、今度は何かが違った。


 踏み潰したカメは甲羅をひっくり返し、その場にとどまったのだ。

 ワシはその滑稽な姿に興が乗った。


 再度甲羅を踏む。


 ドゥム、ドゥム、ドゥム。


 お、おぅ!?


 甲羅を弾き飛ばすのだが、階段にあたってコチラに跳ね返ってくる。

 その甲羅をワシが踏みつけ弾き飛ばすと更に跳ね返ってくる。


 これを繰り返しているのだ。


 ドゥム、ドゥム、ドゥム。


 なんとも言えぬ感覚だ。

 刹那の攻防が長く連続していく。


 ワシは高揚していた。


 ピロリロリ!


 ふと見るとワシの頭上に「1UP」の文字が。


 まさかっ!


 そう、ワシのライフが増えているのだ。

 しかも、それは一度きりのことではなく、甲羅を踏むたびに起こるではないか。


 これぞ、ララ・ライフ!


 ワシはウハウハだった。


 だが、高揚感とは恐ろしいものだ。


 ドゥム、ドゥム、ドゥム。

 ピロリロリ!


 という単調な繰り返しは、ワシから生きる喜びを少しずつ奪っていった。


 この行為に一体どんな意味があるのか。

 ワシは尋ねずにはいられなかった。


 そっと甲羅から下りると、ワシはソレを階下に蹴落とす。


 もう十分だ。


 あのドゥム、ドゥム、ドゥムという耳障りな音を聞くことはない。

 ワシはすでに無敵なのだ。


 どうやら慢心は知らず知らずのうちに、ワシの心を蝕んでいたのだろう。

 いや、あのドゥム、ドゥム、ドゥムという音がワシの心を破壊したのか。


 その後遭遇した歩くキノコに、うっかり正面衝突してしまった。

 ワシは飛び上がって奈落に落ちていく。


 どうせ、すぐにワシは復活する。

 そういう思いが胸にあった。


 だが、その後ワシの目が開くことは二度となかった。




 かくして、キミの分身たるおっさんは死んだ。

 キミは知らなかったかもしれないが、昔のゲーム機が扱える情報量は少ない。


 127以降のライフはマイナスとしてカウントされるのだ。

 おっさんはドゥム、ドゥム、ドゥムとやっている間に、無敵になったのではなく、生きながら死んだ存在になったのだ。


 しかし、それこそが人生ではなかろうか。


 喜びだけの人生など存在しない。

 悲しみに裏打ちされてこその喜びなのだ。


 我々はつなぎを着た髭面のおっさんから人生の何たるかを学ぶ。


 これこそが、人生賛歌たる真のララ・ライフではなかろうか。

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ワシの無限増殖ライフ 月井 忠 @TKTDS

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