第4話 ベルタワーをのぼる

僕にとって、この世界にはたくさんの謎が存在する。


例えば、僕の故郷の街以外では、人が住んでいる街はほとんど見かけない。遺跡ばかり。どうして僕の故郷がこんな世界で生き残れたのか、いつも不思議に思っている。


伝説によると、この地にはかつて本物の魔法少女がいたらしい。


妖精と契約を結び、固有の魔法を持ち、神のようにこの世に降臨し、闇を追い払った少女たち。


でも、今まで生きてきて、妖精どころか魔法少女も見たことがない。


もちろん、彼女たちの影響を感じることはある。


でも、その証拠は風化して、まるで幻のようだ。


皆にとって当たり前のことが、僕には違和感でいっぱいだ。


僕は頭の中で区画を作り、既存の概念では説明できないことをそこに放り込む。それを単なる現象として適応し、その根源を追求しないようにする。そうすれば、精神的に楽になるし、理解できないことに悩まされることもない。


ましてや、戦うだけなら、そんな雑念は必要ない。


考えるな、感じろ。


多分、その言葉が伝えたいのはそういうことだろう。たぶん。


雨の中で深く息を吐き出す。


今の僕は登っている。指先で石造りの壁の凹凸を慎重に探り、突起をしっかりと掴む。そして力強く体を引き上げる。


ここは崩壊したタワーの内部だ。元々あった階段は年月の経過で崩れ、かろうじて登るための突起だけが残っている。雨で濡れて苔むした壁は滑りやすい。


自分がいる高さや落ちた時の結果を考えないように努め、登るための力点を体で感じ取る。カガリはいつものように、静かに僕のそばに浮かんでいる。


背中に汗を流しながら登り続ける。


上に手を伸ばして残った手すりを掴み、身体を動かして手を伸ばし、上の平台の端を掴む。もがきながら自分を引き上げ、建物の頂上にたどり着く。


最初に目に入ったのは巨大な金属のベルだった。ベルの表面は錆びており、所々壊れている。正常に音を出せるかは不明だ。


ベルの横に声の花が咲いている。花に触れて自分をここに繋げる。震える光点の中を歩きながら、ベルタワーの手すりに向かう。


頂上から見下ろすと、雨に煙る街並みが一望できる。下の景色をじっと見つめながら、建物の特徴を記憶し、街の全体のレイアウトを把握する。その間も、鬼火と怪人の少女が街を歩き回っている。


「なるほどね。」


「何か気付いたの、アオイちゃん?」


「あの怪人の巡回ルートが少し分かったようだ。避ける方法がある。でも。」


「避けないつもりね。」


「うん。僕は彼女に一度斬られたんだから、何としても反撃をしておきたい。彼女の巡回ルートが分かれば、逆に有利な戦闘位置を見つけられるかも…あ。」


遠く、狐耳の少女の金色の瞳がまっすぐに僕を捉えていた。かなりの距離があるにも関わらず、非常に正確にこちらを見ている。僕は目を逸らさずに見返し、剣の柄に手を置き、いつでも始まりうる戦いに備える。


狐耳の少女はしばらく私を見つめた後、頭を振り、再び巡回を始めた。少女が去っていく背中を見ながら、僕がほっと息をつく。


「やっぱりこのエリアは彼女にとって防衛範囲ではないのね。つまり、前回は何らかの警戒圏に足を踏み入れたということ。ここが安全なエリアで、前回攻撃されたエリアと彼女の巡回ルートを考慮すると、町の中心部の東南にある区画に何かがあると推測できる…」


ぼそぼそと独り言を漏らしながら、ふと我に返る。


「ごめん、つい自分の世界に没頭してしまって。」


「いいの。そんなアオイちゃんも面白い。」


「ありがとう。とにかく、敵の様子見もそろそろ終わりにして、次の予定に取り掛かろうか。」


僕はリュックからビニール袋に包まれた物を取り出した。


それは、カラフルな紙を折り畳んで束ねたものだった。紙にはチェッカーボードのような線が引かれ、かわいい小動物のイラストが描かれていた。


これは観光マップ。過去の人々が観光客の利便性のために発行したものらしい。少なくとも、僕にこの地図を売った人はそう言っていた。


昔は簡単に手に入った地図も、今では非常に高価なので大切に使わなければならない。


雨がかからない場所を必死に探し、僕は体を小さく丸めて、油性ペンを取り出した。遠くの街全体を見渡しながら、地図に印をつけて。


「アオイ、見て。」


カガリの呼びかけに振り返ると、思わず目を見開いた。


夜が近づき、空が淡い黒に染まり始めていた。しかし、街の広場の中央に一団の明るいピンクの光が輝いていた。


それは満開の花をつけた大きな木だった。遠くから見ても、密集したピンクの花びらが見える。不思議なことに、雨が降っているのに花びらは一枚も落ちていないようだった。まるで透明ななにかが雨をすべて遮っている。


そして、その木にゆっくりと近づく人影に気づいた。


前に見たあの怪人だ。


白衣をまとい、キツネ耳を持つその怪人は木の下に座り込み、体を丸めた。胎児のように身を縮めて、夢の中に入ったかのようだった。


「なるほど。」


地図を再び取り出し、中心に大きな円を描いた。


「これは、突破口になるかもしれない。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2024年7月3日 07:13 毎週 水曜日 07:13

バトルデイジーは枯れない 浜彦 @Hamahiko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画