第3話 夜話

旅行を始めたきっかけが何だったのか、正直よく覚えていない。


いや、覚えていないというよりは、あえて忘れていたのかもしれない。旅と戦いにおいては不純物とも言えるその記憶は、僕にとってはもう静かに風化していた。


しかし、カガリと初めて出会った記憶だけははっきりと残っている。


その日も小雨が降っていた。


カガリに初めて会ったのは、家を出て旅に出る準備をしていた時だ。


何かを叫んでいる男を家の前に置き去りにし、剣を握り、荷物を背負って町の外へ歩く。


どうやって目的地に到着したのか、その道中の風景はもう思い出せない。あるいは、その日の鮮明な出来事が、些細な記憶が存在できるスペースを占めていたのかもしれない。


はっきり覚えているのは、それが墓地だったことだ。高く、当時の材質やデザインから見て古風な高い柵が、霧の中の広い地を断続的に囲んでいた。一帯の丘陵地において、この墓地の平らな地形は珍しいものだった。


灰色の夕暮れの中、雨が同じく暗い墓地にしとしと降り注いでいた。


墓地の外側には、うねる丘陵が続いている。それらもまた、陰雨によって灰色に染められていた。


母は、つまりこの墓地に眠っている人は、花がとても好きだった。


近くの丘陵にはいつも揺れる黄色い小花がいっぱい咲いていた。五枚の花びらを持つその小花はいつも朝日が昇る方向を向いていたので、サンオーキッドと呼ばれていた。


母はかつて、守っていた町で、世界中を旅していた頃、またここでの日々で、朝日を浴びる暖かな小花たちと共に朝を迎えることが、彼女の生活の中で最大の楽しみだったと言っていた。


その時は墓地に直接入るのをためらい、長い間立ち止まった後で、墓地の外側に咲いている小花が生い茂る丘陵に足を踏み入れ、いくつかの花を摘むことにした。お供え物として、あるいは最後の思い出として。最初はそんな浅はかな考えで抱きしめていた。


その時初めて声の花に出会った。


五枚の花びらを持つ小花の中で、それは異様に見えた。


金色で厚みがあり、層を成して広がる花びらと、周囲を照らすような外観がすぐに私の注意を引いた。まるで運命のように、当然のことのように手を伸ばして触れた。


そして、世界が揺れ動いた。


カガリに出会ったのだ。


心臓に流れ込む、声の花との接続時に特有の暖かい流れを感じながら、僕は目をむくっと開けた。


目に飛び込んできたのは、まだ暗く、小雨の夜だった。


「あら、ごめんね、起こしちゃって。アオイちゃん。」


タバコと酒で燻されたような、しゃがれたが美しい女性の声が静寂を切り裂いた。


声の花から紫色の光点が浮かび上がる。そう長くはかからず、僕は自分の手が無意識に花に触れていたことに気づいた。


カガリとの出会いの記憶が途切れ、僕の心は無念でいっぱいだった。それでも僕はその紫色の光点に向かって、わずかに頭を下げた。


「お久しぶり、シオン。」


「うん、お久しぶり、アオイちゃん。」


満足そうに、紫色の光点は頷くように上下に揺れた。


「全部見たわよ。本当に災難だったわね、あの狐。あなたが最後に殺されてから、もう半年近く経つでしょう?」


「ああ、そういえばそうだね。」


「その剣筋はなかなかだったわ。どこの流派に属するのかしら。私の弟子たちだったら、おそらく最初の一刀で斬られていただろうね。二刀目まで対応できるなんて、アオイちゃんの素質がいいわ。でも、三刀目は油断してたわ。視界が遮られても、あの一撃を察知する方法はまだあるはずだったのに。」


「そういえば、相手が傘で視界を遮った時に、視界外からの攻撃を予測しておけば、もっと対策を練れたかもしれないね。」


「まあ、そういうのがあなたたちバトルデイジーの悪い癖ね。早く諦めたり、油断したり。不死の体を持つことで、いつも次があると感じてしまうのかしら。でも、世の中に絶対はないの。だから、戦いには真剣に取り組むべきよ。」


「……やっぱり自称剣聖の言うことは、なかなか道理があるな。」


「自称じゃないってば、本当の剣聖よ。爵位もあるし、弟子もたくさんいるもん。」


成熟した女性の声に、このような子供っぽい不満混じりのセリフが出ると、なんとも言えない可愛らしいギャップがあった。


「シオンがさっき世の中に絶対はないって言ってたけど、もしかしてバトルデイジーを斬ったことあるの?」


「似たようなものならあるわよ。だから祝福に頼りすぎないで、剣技を磨くことが大事だって言ってるの。剣技がなくて、ただ倒れないだけだと、少し耐久性のあるカカシと変わらないわ。時間がかかるだけの作業で、非常に退屈。後で、不死も一緒に斬り捨てたの。」


「へえ、そうなんだ。」


「まあ、それは置いといて。本格的に旅を中断して、私のところで弟子になることを考えたらどう?」


「……シオンが王都でたくさん弟子を持ってるって言ってたよね?」


「温室育ちの花たちよ。少し剣技を覚えただけで天狗になる。でもアオイちゃんはいいわ。実戦向きで、吸収も早く、強敵にも屈しない。そして何より、可愛くて格好いい。」


「はあ。お断りします。」


「残念ね。でも、いつも通り一つや二つ教えてあげるわ。話しで動きを修正するだけだけど、アオイちゃんの次の攻略には役立つはずよ。」


「それは助かるけど、それでいいの?シオンの弟子じゃないのに。」


「あなたが私の剣技を使っている時点で、私にとってはもう弟子なの。王都の道場に来てるかどうかは関係ないわ。」


「……それなら、なぜずっと王都に誘ってるの?」


「簡単よ。自分の推しを近くで見たいって、普通のことでしょ?」


「はあ。」


シオンが初めて会った時に築いた高冷たる自称剣聖のイメージは、何度もの会話で少しずつ崩れていく。しかし、シオンの指導で剣技が向上しているのも事実。まあ、声の祝福の形で現れる限り、実質的な害はないし、たまに彼女の言うことを聞いてもいいかもしれない。


「剣技を教えてくれるのはありがたいけど、明日も探索を続けるから、もう休みたいんだ。今日はここまでどう?声に祝福されても、疲れることはあるから。」


「あら、そうね。あのピンクのやつがいないから、アオイちゃんともっと話せると思って油断してたわ。明日の探索に支障が出るといけないわね。」


「ピンクのやつって...カガリのこと?」


「はは、どうかしら。とにかく、おやすみ。」


紫色の光点が声の花の中に消えて、あっという間に姿を消した。ため息をつきながら、再び寝袋の中に横になる。


白い少女の剣技を頭に描きながら、それに対する自分の反応を想像して、僕はまたすぐに夢の中に戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る