TASK3:銃売る人 Guarding Ms.Gunsmith
#1:仕事はつつがなく
PMC葵警備に入社してから、一週間が経過した。
人間、たった一週間でも同じことを繰り返せばそれが習慣になってしまうらしく、わたしは葵警備に出社することを「今日もいつも通り」と表現するようになっていた。
朝、自分の部屋で目を覚ます。今日はわけあっていつもより早く起きた。起きてから少しだけベッドの中でぼうっとしたり、スマホでTwitterを見たりした。
自分の部屋。
母が自殺した、部屋だ。
家のクリーニングはとっくに済んでいて、家は三人の死体が出たにもかかわらず人が住める状態になっていた。父は一階の和室、夏生は二階の自室で死んでいた。和室は畳を張り替えないといかんともしがたい血痕が残っているので扉を閉めて見ないことにした。わたしと夏生の自室はフローリングの上に敷いていたカーペットが駄目になったが、それさえ取り換えれば問題はなかった。わたしの部屋にあったカーペットは捨てたが、住人のいなくなった夏生の部屋はそのままにしてある。つまるところ二部屋に血痕が残りっぱなしなわけだが、わたしひとりが暮らす分には支障がないのでそのままにしている。
今のところ、引っ越しを検討する気も起きない。それこそ家で心霊現象でも起きたら少しは考えたが……。葵警備のオフィス周りに単身者向けのアパートがないから、引っ越したところで通勤が便利になるわけでもないし。
だからいつも通り、それこそ家族が死ぬ前と同じように、わたしは朝の準備をした。朝食を食べ、歯を磨き、薄く化粧をして髪を整える。相変わらずぼさぼさの伸ばしっぱなしの髪だが、就職もしたしいよいよ短くすることを考えていいかもしれない。特にPMCなんていう、活発に動き回る仕事なわけだし。
『今日の天気です。今日、愛知県は一日中雨になるでしょう。明日には晴れますので、洗濯物は明日干すのがいいでしょう』
テレビではお天気キャスターが今日の天気を伝える。
『天気の後は七時の特集です。今日の特集はここ最近、世間を騒がせることの多い一家心中事件についてです』
スーツを着る手を、少しだけ止めた。
キャスターらしいスーツ姿の男性が神妙な面持ちで、テレビ画面に映っている。
『ここ最近、一家心中事件の報道が相次いでいます。警察の統計でも、近年、心中事件が増加しているというデータがあります』
準備を再開する。
『特に、銃を用いた心中が多く報告されています。このことについてどうお考えでしょうか』
『まあ確かに、心中に銃が使われることが多いのは事実です』
コメンテーターは二人とも男だった。一人は恰幅がよく、一人は痩せぎす。太っている方はIKJ企画宣伝部と紹介されている。IKJって…………なんだっけ? アルファベットの略称はいまいちピンと来ないから止めてほしい。
『しかしですね』
太った方が力説する。
『こうした事件の報道に際して、銃が心中を誘発したような報道がなされるのはまことに遺憾です。心中を企てる者は仮に銃がなくても別の凶器を用いていたでしょう。銃が何か、心中や自殺を誘発するようなことはあり得ません。銃が規制されていた頃は練炭でやってたでしょう?』
『いえ、しかしですね……』
痩せている方が反論する。こっちは名古屋大学の犯罪心理学教授と銘打たれている。そういえば、秀秋が犯罪心理学を学んだのも名大だったな……。
『確実に、銃の存在は心中に限らず人を暴力に走らせるハードルを下げています。他の凶器であれば労力が大きく、また失敗する確率もそれなりに高い。しかし銃があれば容易に行為を完遂できます。その容易さが、暴力を選択させる要因になるんです』
あまり興味がわかなったので、テレビを切って準備を進める。
今日早く起きたのは、仕事があるからだ。といっても、ドンパチをやりにいくわけじゃない。
ベルトにホルスターを固定し、そこにグラッチを収める。ジャケットの内ポケットを探り、社員証と銃携行の許可証をきちんと持っているか確認する。
PMCの社員はその性質上、民間人が持てない種類の銃を携行することが多い。クーさんが持っていたフルオート式でカービンタイプのクリンコフなんかがその分かりやすい例だ。あれは民間人が持っていていいものじゃない。最近知ったが、民間用アサルトライフルはセミオートのみ、銃身は十六インチ以上と定まっているらしい。フルオートは民間人が持つには高火力すぎるし、銃身が短いと隠匿しやすいから民間では禁じられているのだろう。そもそもなんで民間人がアサルトライフルを持つ必要があるのかという話だが。
それを言うならわたしのグラッチも装弾数が十八発だから民間人が持っていれば捕まるけど。
そういった銃を携行するのには許可がいる。だからこの一週間のうちに、一度警察署に行ってその許可を取った。PMCの職員は全員が警察にその身分を登録され、軍用銃火器の所有と携行を許可される必要があるらしい。
てっきり銃の取り扱いができるか確認されたりするのかと思ったが、ほんの短時間の面談で許可は下りた。わたしが難色を示されたのは二点。ひとつは心療内科の通院歴だが、わたしは鬱傾向とは診断されたが鬱病とは断定されていないので問題はなかった。精神疾患の既往歴があると許可が下りにくいのだという。
もう一点はまさしく心中事件のこと。なにせ家族が違法所持の銃で事件を起こしたのだから問題視もされる。ただ、これにしたってわたし自身が何か問題を起こしたわけではないから、少し突っつかれたくらいで許可は下りた。
そういう経緯で、わたしはグラッチを大手を振って持ち歩ける身分になった。
………………いや、そもそもこれまでは持っているのも違法だったの、もう少し誰かちゃんと指摘してくれてもよかった気がする。これ持って仕事しちゃったぞ。
ともかくそういうことなので、グラッチは持ち歩いている。別に必要がないときは会社のガンロッカーに預けてしまってもいいのだが……。社員はみんな何かしら拳銃を持ち歩く場合が多いらしいので、わたしもその例に習っている。
さて、仕事だ。今日は雨なのでトリシティは使わず、母が普段乗っていた車を使って駅まで行き、そこから電車で名古屋だ。
初日にドンパチをやらかしてからの一週間は平穏無事に過ぎていった。それこそ毎日ドンパチしてたらどんだけ治安悪いんだよという話なので、これは当然だ。むしろ初日にドンパチがあったのが珍しいくらいで。
だからそれからの一週間は、基本的にドンパチ以外の仕事をいろいろと教えてもらっていた。
「そもそも事件があっても、警察や国防軍自体が動くケースも多いのでわたしたちの仕事は少ないんですよ」
そう語ったのは酒井次美。先生と呼ばれていた女性だ。葵警備では渉外、もっと簡単に言えば営業を担当しているらしい。ぽっちゃりとしていて温厚そうな外見をしている彼女は、葵警備の中でもそういう仕事が適していそうだった。
「じゃあそもそも、なんでPMCに委託なんてしているんでしょうね」
「警察や軍で死傷者が出た場合、公表する必要がありますから」
酒井の先生は溜息をつく。
「作戦がまずかった場合や、部隊に死傷者が出るとマスコミに公表され、糾弾される理由になります。ところがPMCは民間企業なので、そうしたリスクがないんです」
「リスク……」
「正確には、すべての不作為を企業の責任にできる、というところですが」
つまり、何か問題が起きても警察や軍が知らん顔できるわけだ。そういう利便性でもなければ軍事を民間に委託なんてしないだろうし、当然のことか。
「ところで冬子さんは大学院にいたんですよね?」
「ええ、はい」
「具体的にはどういうことをされていたんですか?」
「と、言いますと……」
「唐突ですみません。何か専門的な知識や技術があるのなら、うちでそれを活かした職務ができるかもしれないので」
葵警備は社長とわたしを入れてようやく六名の零細企業だ。社長である蒼太郎以外の全員が、戦闘員であると同時に何らかの雑務を担当している。
「仕事に活かせる知識だったら、わたしは就職に苦労しませんでしたよ」
「あら」
「大学院では近現代文学を専攻していました」
「近現代……。太宰とか、芥川の時代ね?」
詳しいな。普通、文学の時代区分なんて言われてピンとくるものじゃないだろうに。先生と呼ばれるのも伊達じゃなくて、彼女もインテリなのかもしれない。
「わたしの研究テーマは大正から昭和初期頃の探偵小説でした。だから、仕事にはまるで役に立ちませんよ」
「そうなの?」
「ええ。ああ、でも……。図書館司書の資格取得に必要な講義をある程度受けていました」
図書館司書の資格を取るには、法律上決められた講義を大学で受けて単位を取得する必要がある。本来なら大学生活四年間をかけて取得するものを、大学院から取り始めて、博士課程に進んでも取るつもりで受けていた。だから進学自体が絶たれた今では司書資格の取得も中絶してしまっている。
「だったら、文書整理の仕事でもしたら?」
「はあ……」
「司書なら、そういうこともできるでしょう?」
ライブラリアンとアーキビストは違う職種だが……。まあ、それくらいしかできることもなさそうだ。
「なるほど。それはいいポジションかもしれないねえ」
と、文書整理の仕事を肯定したのはパパさんと呼ばれていた男性、榊原政である。酒井先生はみんなと同じように先生と呼ぶことに抵抗はなかったが、パパさんはさすがになあ。実の父でさえパパと呼んだことがないのに、他人をパパと呼ぶのは厳しい。普通に榊原さんでいいだろう。
「意外とPMCってのは文書主義でね。何か作戦行動があったりするたび報告書を書かなきゃならない。今のところ社長が請け負っているが、あの人も忙しい身だからねえ」
「え、忙しいんですか?」
暇人っぽく見えたが。
「社長の本業は投資家なんだよ」
「投資家…………」
それは意外、でもない気がした。当初、蒼太郎に抱いていたどことなく自由な仕事のイメージとなるほど合致する。
「葵警備も普通に営業してたら赤字さ。私は経理を担当しているのでこの辺の金の動きはよく分かる」
榊原さんは経理担当、と。
「赤字分の補填は社長の個人的な稼ぎから賄われているんだ」
「そこまでして……。蒼太郎、社長はどうしてPMCを?」
「さあ。何か目的があるのか、道楽なのか」
赤字の会社を自分で補填してでも営業させる動機、か。投資家がまさか赤字の会社をそのままにするわけがない。きっと、将来的な収益を見込んでいるのだろう。ただの道楽とは思い難い。蒼太郎はへらへらしているが、どこか深謀遠慮な気配がある。
「ま、いいんじゃないか? 俺たちは仕事してきちんと給料がもらえれば文句はない。赤字でも社長が補填する限り倒産の心配をしなくていいならむしろ歓迎だ」
と気楽を言ったのはナオこと井伊直之。ディズニー映画の王子様みたいな外見しているくせに、名前は日本人候だった。
「日系イギリス人だったんだよ。今は日本に帰化してるけど、昔はイギリスで仕事してた。ああ、それと、敬語はいらない。年も近いしな」
葵警備はクーさんが最年長で、その下に酒井先生と榊原さんが続く。この三人が三十代。二十代がナオと蒼太郎とわたし。ナオがわたしより年上で、蒼太郎とわたしが同い年だ。
つまりわたしと社長の蒼太郎が最年少。この会社の新興企業っぷりが伺える。
「さて、新入りの冬子ちゃんが覚えるべきは何をおいてもまず銃の扱いだ」
ナオの仕事は会社の備品である銃火器の整備なのだという。だからわたしに銃の扱いをレクチャーした。
わたしの一週間は、基本的に暇さえあれば銃を撃って扱いを覚えていた。葵警備のオフィスはどうにも交通の便が悪い片田舎にあるが、それは射撃レーンや訓練場に必要な土地を確保するためだったらしい。案内されて知ったが、葵警備は大規模な訓練場を備えていた。
「まずこれがサブマシンガンPP-19。通称ビゾンと呼ばれるものだ」
射撃レーンでナオが取り出した銃は、どこか変な形をしている。普通のサブマシンガンらしく見えたが、銃身の下部に円筒形のパーツが付いている。なんだあれ?
「ビゾンの最大の特徴が、この円筒形のマガジンだ。9mmパラペラム弾で五十三発入る」
その円筒形パーツ、マガジンだったのか。
「重量は約二キロ。屋内での制圧戦によく使う。よく使うというか、基本的に使うのはこれだ。俺たちの仕事は屋内戦がどうしても多くなるしな」
そういえばわたしの初仕事のとき、先生と榊原さんがこれを持っていたな。どうやらサプレッサーも着くらしい。
「で、もう一丁がアサルトライフル。これだ!」
取り出されたのは…………。
「AK?」
「お、よく分かったな。こいつ、けっこうそれっぽさがなくなってるんだが……」
特徴的な木製部品とかは見られず、全体が黒塗りになっているが、形はAKだ。
「アサルトライフル、AK12。一言で説明するなら一番新しいAKだ。重量約三キロ。5.45mm弾を三十発装填。俺たち葵警備の頼れる兄貴だ。とはいえ、アサルトライフルなんて必要とする戦場はまずないがな」
「ふむ」
「とにかく、この二丁が基本装備だ。今はきちんと当てられなくてもいい。だが安全に運用できるようにはなってくれ。……でもそういえば冬子ちゃんは左利きだったな。後で社長に言って銃を調整してもらう必要があるか?」
と、いうことだったのでひたすら練習である。拳銃すら最近初めて握ったばかりの新米にサブマシンガンだのアサルトライフルだのは荷が重い。
しかしいずれ、わたしもこれを使って人を撃たなければならない。
「まあがんばりなさいな、新入りちゃん」
訓練中のわたしの様子を度々見に来たのはクーさんである。そういえばこの人は戦闘以外に、何か仕事をしているところ見たことがないような……。
「そんなへっぴり腰じゃ新入り卒業はまだ随分先みたいね」
「…………次の仕事では、ちゃんと殺しますよ」
「違う違う」
ふふんとクーさんは笑う。
「何もあなたが誰も殺していないから一人前と認めていないわけじゃないの。人を殺して一人前なんて、洋画のマフィアかなんかじゃないんだから」
「そんなものですか」
「そんなものよ。人を殺して一人前なら、人が殺したくて軍に入ったやつは一人前ってことになるじゃない。実際軍やPMCにはそんな連中も少なくないけど、じゃあそいつらが一人前だと思う? 思わないでしょ」
そんな物騒な連中がいるのか。わたしには理解できない世界だ。でもまあ、銃刀法が緩和される前は銃が撃ちたくて警察や自衛隊に入るやつもいたと聞くし、そんなものなんだろう。
「じゃあ、どうしたら一人前なんですか?」
「何のために銃を他人に向けるのか、その答えが自分なりに出たら」
持っていたクリンコフを掲げながら、クーさんが言う。
「どんな理由があっても人殺しは人殺し。最低な行為に変わりはない。だったらせめて、自分なりに何でもいいからこれだっていう、確固たる理由はつけておかないとね」
「どんな理由でも最低な行為に違いないのに、理由が必要ですか?」
「必要なのよ。理由がないと、銃がぶれる。殺すやつと殺さないやつの区別がバラバラになる。一貫性がなくなる。最低な行為なら、せめて一貫性が欲しいじゃない?」
いまいち、ピンと来ない。結局最低な行為なら、一貫性すら意味はないんじゃないだろうか。
あるいは。
一貫性が必要なのは、自分自身か。
自分が死なないために、一貫性が必要なのか。
よく分からないが、考える必要はありそうだった。
だからそんなことを考えつつ。
銃を撃ったり雑務をこなしたりして、次のドンパチを待ちながら。
わたしの一週間は過ぎていった。
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