Under the Storm

野森ちえこ

嵐の下の初デート

 オレが勤める会社には『龍神の嫁』と呼ばれるほどのガチな雨女がいる。オレの一年先輩である水澄みすみ涼音すずねだ。

 まあ最初に『龍神の嫁』と呼びだしたのはオレなんだけど。


 オレが彼女のことを意識するようになったころ、彼女にはすでに婚約者がいた。しかしそれであきらめるのはなんだか癪で、どうにか折りあいをつけようとした結果、彼女は人間オレでは戦いようのない相手——神さまの嫁なのだと思うことにしたのである。


 なにしろ、それまで晴れていたのに彼女が外に出たとたん土砂降りになったり、逆に彼女が建物内にはいったとたんウソみたいに晴れあがったりと、もはや信じるとか信じないとかいうレベルではない雨女なのだ。

 しかしどうやら、彼女にはほんとうに龍神がついているらしい。一般人には見えないものが見えるという友人にいわれたことがあるのだと彼女自身が話していた。


 そんな龍神の嫁である水澄さんは人間の婚約者とも無事結婚したのだが、その生活はさほど長くつづかず、かれこれ二年ほどで離婚した。いまから半年ほどまえのことである。

 想いつづけること数年。オレにもいよいよチャンスがめぐってきたのだとはりきってみたものの、彼女はおそろしく手ごわかった。まったく振り向いてくれない。

 しかしオレだって三年も四年もだてに片想いしてきたわけではないのである。


「そんなこといったって、どうせ二、三年もすれば『やっぱり晴れがいい』とかいいだすんだから」

「オレ、こう見えてガチのインドアなんすよ。ついでに雨もわりと好きです」

「甘い! 雨なら外に出なければいいなんてのは短期的な思考の典型よ」


 たしかに一理ある。外出=レジャーとは限らない。だがしかし。


「雨が降るのは、水澄さんにとって特別な日なんすよね」

「まあ、そうね。なにかしらのイベントがあったり、ちょっとした節目だったり……なにニヤニヤしてんのよ」

「いや、今日もすっげえ雨だなあと思って」


 嵐と呼ぶのがふさわしい、風と雷と雨のフルセットだ。

 仕事のサポートはもちろん、とあるゲームに彼女がハマっているという情報を小耳にはさめばオタクさながらに研究しつくしたり、とにかくできることはすべてやりつくす勢いで日々挑み、ようやくゲットした本日は、彼女との記念すべきはじめての休日ランチデートである。


「龍神さま、めっちゃ祝福してくれてますよね」

成幸なりゆきくんはむだにポジティブだよね」

「むだじゃないっすよ。おかげで水澄さんとデートできてるし」

「そういうとこだってば……! ていうかデートじゃないし」

「ええ? デートじゃないならなんなんです?」

「……会合?」

「会合!」


 不覚にも盛大に吹きだしてしまった。飲み食いしてるときじゃなくてよかった。


「笑いすぎじゃない?」

「いやだって、会合て。なんかすげー公式な感じ。でもいいっすね。なんならオレらの符牒にしましょうか」

「だからそういうとこだってば……」


 窓の向こうは絶好調に荒れ狂っている。

 雨になることは最初からわかっていたため、初デートあらため初会合はショッピングモール内にあるレストランである。食事のあとはショッピングデート(買物会合?)に持ちこみたいところだ。


「あのさ、成幸くん。仮にこの先だれかとつきあうことがあっても、わたしもう結婚はしないと思うんだ」


 もしかして、最初に『人間の旦那ポジションを狙いにいく』といったのをおぼえているのだろうか。

 そうでなくても水澄さんは二十九でオレは二十八。つきあうとなれば結婚も自然と視野にはいってくる年齢かもしれない。


「……理由、聞いてもいいすか」

「めんどくさいのよ!」

「え」

「離婚するときはもちろんだけどさ、結婚するときもそう。免許証だの保険証だの銀行口座だの、なにからなにまで! ほんと思う以上に変更手続きめんどうなんだから!」

「そ、そうなんすか」


 思ってた理由とまるでちがった。

 気丈にふるまってたけど、やっぱ離婚のダメージがデカかったのかな……とか思ったのに。

 ヤバい。この人、本気でおもしろい。


「……ねえ、だからなんで笑うのさ」

「水澄さん、オレやっぱ水澄さんのこと好きです」

「ええ? なんでそうなるのよ」


 最初のきっかけはなんだったろう。

 オレのふだんの言葉づかいをよく思わない上司(仕事できない)に絡まれていたとき『彼は必要なとき、必要な相手にはきちんとした言葉づかいで対応しています。実際、これまで成幸くんの言葉づかいや態度に対するクレームはきたことないと思いますが』と、ちょっとこちらが心配になるくらいまっすぐにかばってくれたのを思いだす。

 いま振り返ると、あれから意識するようになったような気がする。


 なんにせよ、彼女がイヤだというなら結婚にこだわるつもりはないし、オレに不都合もない。


「結婚とかべつにいいんで、とりあえずつきあってみましょうよ。ね? ね?」

「かっるいなあ」

「いいじゃないすか。かるーい、大人のおつきあいからはじめてみましょうって」


 はたして彼女はうなずいてくれるのか。

 押しはしても無理強いはしないときめている。


 進展しているようなしていないような。

 嵐の下で迎えた初会合デート

 龍神さまのご加護が、オレにもありますように。


     (おしまい)


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Under the Storm 野森ちえこ @nono_chie

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