透明人間 融

そうたろう

第1話 月曜日/水曜日

 教室。みんなが「また明日〜」とか「今から部活〜」とか言う。僕も佐々木と「また明日」を交わした。

 いつもなら帰宅か部室だけれど、今日は同じクラスの清水さんと話す約束がある。

 清水さんとの関わりは薄い。まともに会話した覚えもほぼないし、それはお互いそうだろうと思う。

 昨晩いきなり「明日放課後話せませんか」とメッセージをもらったものだからびっくりした。素直にどうしてと返すのは憚られて、3割くらいの好奇心で「いいよ!」と送った。

 さてどうするかと清水さんを見やると、むこうも立ってこちらを見ていた。こういう変な間合いが生まれた時は自分から行くのがいい。ぼくは清水さんの近くに行って声をかけた。

「や。どこで話す?」

「……ここで」

 目を合わせて話しかけたつもりだけど、スッと逸らされてしまった。まああちらにこちらの目の居所はなんとなくでしかわかるまい。

 清水さんが自分の席に再び腰を下ろしたもんだから僕も清水さんの前の空席を借りた。

 そのうち、クラスメイト達は僕と清水さんという珍しい組み合わせに目もやらず各々の場所へと出て行った。まだ何人か残っているものの、教室内は静かになった。話を切り出すならここだと思った。

「話って?」

 まさかとは思うが愛の告白などということはあるまい。

 清水さんは僕と目を合わせようとはしない。机か外の景色に視線をやる。が、口は開いてくれた。

「志村くんと、喋ってみたくて」

「……へえ」

 何か特定の話題をというより、思い上がりかもしれないけれど僕に興味があるように聞こえた。え、これなんて返せばいいの。

 清水さんはそれ以上何も言わないから、もう素直に言うことにした。

「えと、なんで? べつに喋るのは嫌じゃないけど」

「透明人間になったこととか、気になって。いろいろ」


 あー! そういうこと!


「なるほどね!

 いいよ。何が知りたいの?」


 そう僕が返すと、清水さんは顔を僕に向けた。

「いいの?」

「いいよお全然。減るもんやなし」

「そっか」

 清水さんの雰囲気が少し和らいだ気がして、手応えを得た気分になった。せっかくなら楽しく話せた方がいい。

 それから存外、会話が弾んで気付けば1時間くらい経っていた。またこうやって喋ろうという約束を結んで僕らはそれぞれ別方向に帰った。

 聞けば清水さんは小説を書きたいと思っているらしい。その参考に、例えば珍しい体質のぼくに話を聞いてみたいと思ったそうな。

 こんな何にもならないような経験でも誰かの役に立つかもしれないと思えて少し嬉しい。

 ただ、ひとつだけ清水さんの言葉で引っかかるものがあった。僕はそれがどうしてつっかえたように気になるのかわからない。


「特別になりたくて」




 ■




 その、2日後。

「なあー佐々木ー」

「なに委員長」

「特別って何やと思う」

「は?」

 そんな、なんやこいつまた変なこと言い出しよったみたいな雰囲気やめろ。伝わるんやぞ。

「どしたん急に。フラれた?」

「違いますーちょっと気になってるだけですー」

 こっちは真剣なんですー。

 まあ昼飯時にする話題としてはちょっと哲学チックなのは否定できないけれども。

「『志村くんって変わってるね〜』みたいなことよく言われるからさ」

「まあそら」

 そらそうやな、と言いながら佐々木は冷食の唐揚げを箸で口に運んだ。


 僕と佐々木はよくこうやってモゴモゴと喋りながら教室で弁当を食べる。

 高校1年の頃からの仲で、2年生になっても同じクラスやら、何かと縁多き男友達だ。そしてこいつはよく僕のことを変わり者と言い、委員長と呼ぶ。

 1年生で僕はクラス委員をやっていたから。


「そんな変わってるかなあ僕」

「変人ってわけでもないけど」

「えーいっそ変人がいい」

「なんやねん」

 佐々木の勢いのあるツッコミにあはは、と笑う。その一方で佐々木はスマホをすいすいと動かし僕に画面を見せた。

「『特別』の意味」

「えー……、『普通一般のものとは別扱いにするのがよい(ほど違う)こと。』」

「委員長じゃん」

「たしかにワタクシ透明人間サマでございますけれども!」

「ははは!」

 僕は味の濃いウインナーを雑穀米の上にのせて、大口を開けて中に放り込んだ。美味い。

「へもなぁ、ほんなええもんでもないよほれ。ーーんぐ、あわや学校出禁になるとこやったし」

「あれなあ」

「特別ってなんか良い意味っぽいやん。僕のコレは当てはまらんよー」


 佐々木と喋ってるうちになんだかつっかえていたものがとれた気がして、「それよりさ」と興味は別の話題に移った。

 この日は一日、教室に清水さんの姿はなかった。朝のSHRで先生が言うには体調不良だそうな。メッセージで「体調大丈夫?」なんて送ろうか考えたけれどやめた。

 特に何もない日だった。


 僕、志村 融は透明人間である。

 高校2年に上がる直前の春にいきなりなんの前触れもなく透明人間になり、それ以外の異常はこれといって感じないまま2年生の1学期を終えようとしている。

 自分でも自分の体が見えない。鏡にも写真にも映らない。さすがに身に纏っているものまでは透明にならないから、服やメガネでそこにいることを認識してもらえている。

 触ることは、お互いできる。

 透明になっただけの、普通の男子高校生なんです。


 あーそろそろ期末テストやだなあ。

 頑張らないと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る