第3話 金曜日/木曜日②
「これ、ありがとう」
貸していた傘を清水さんから受け取った。
放課後。今回も人がほとんど出ていった教室で約束通り僕たちはお喋りをする。
なんだか改まると「ナントカ会」みたいな、ほにゃららについて喋りましょうの会みたいな、ただ友達と喋る感覚とはまた違った感じがあるのは気のせいだろうか。
そういえば元は清水さんの小説のためにはじまったんだよなあ。どんな小説を書いてーー
「あの一緒にいた子とは付き合ってるの?」
「ーーえ?」
思わず傘をカバンにしまう手を止めて清水さんの方に振り向いた。
動揺というより、そんなことを清水さんから聞かれると思ってなかったからびっくりした。
「いや、ただの後輩の子。中学が一緒なんよ」
「そうなんだ」
「っても中学の時は全然知らんかったけどねー」
「全然知らない子と相合傘できるんだ」
「なんかその言い方めっちゃ嫌なんやけど!」
清水さんがくすくすと笑う。おお、なんか、なんか前回よりも心を開いてくれている? ちょっと嬉しい。わけもない恥ずかしさが僕を襲っているけれども。
さっきまで何を考えていたっけ。勢いのままに忘れてしまった。
僕を揶揄って満足したのか、清水さんは僕ではなく外のどんよりとした曇り空にでも視線をやった。僕もつられてそちらを見たが、清水さんの口から出てきた言葉に戸惑った。
「わたしああいう子、苦手なんだよね」
「え?」
ごめん今なんて?
思ってもみない話であまりにもびっくりした。
「いやごめん志村くんに言う話じゃないよね。忘れて」
「え、あ、うん」
「わたしちょっと言葉が強い時があって」
「はあ」
「言い過ぎて嫌われるっていうか。思ったこと言っちゃって。それで全然友達できないんだけど」
……そうなん、だ?
「そうなんやね」
「うん」
僕は、他人とこんな会話をしたことがない。なんか、なんだろう、なんだ? すごいぶっちゃけるなあと思った。それ僕に言うんだ。それ僕に言うってどういうこと? ええ?
「まあ人それぞれ、あるよな!」
心を開いてくれたと思ったその後に、当たり障りのない、むしろ壁を1枚打ちたてるかのような言葉しか選べない。僕は動揺していた。
「良い子なんだろうなってのはわかるんだけど」
「あ、うん。ええ子やで! ええ後輩よ!」
これ以上この話題を続けると覗いちゃいけない何かを見てしまいそうで、早く違うことについて喋りたいと思った。
咄嗟に違う話題が口から出た。
「清水さんはどんな小説書いてるの?」
清水さんの目線が少しだけ下がった。
「ひとに見せられるものはまだないんだけど、ヒューマンドラマ的なものを書きたいと思ってて」
「ヒューマンドラマ、ってどんな感じ?」
「友情とか、恋愛とか? あんまり上手く言えないんだけど」
「へ〜」
「もう主人公の方向性とかは決まってて、……ごめん長いけど聞いてもらっていい?」
「おおいいよ!」
ーー。
清水さんの話を僕なりにざっくり解釈するとこういうことやった。
「主人公は特別で強力な力を持っていて特別視されている。主人公は優秀だけれども孤独で、人との繋がりを求めている。そこに友達やら恋人やらが現れて云々」みたいな。
「いろいろイメージは浮かぶんだけどどうしても書けなくて。知らないことは書けないって言うから、知ってそうな人に聞こうと思って」
「それでぼくに」
「うん。透明人間になってどんな気持ち、とか」
「そうやなあ」
僕は一連の話を聞いて、どうも清水さんの話す主人公の立場は自分とは全く違うもののように思った。
誰かを救うこともないし、何か大きく助けになることもないし、僕がいなくなろうとこの世界は回るはずだ。
透明人間になったところでそれは何も変わらなくて、
「僕にとってはただ透明人間になっただけやからなあ」
と言う他ないのだ。
「でも生きにくさはあるかも。あんま学校以外で人の多いところ気軽に出たくないし、学校も行き帰りちょっと気い使うし」
誰も僕など見ていないと言えるお気楽さと、もしも何かあればという理性が共存している。
「このクラスでもそうやん。割とみんな気まずいんか気使ってくれてるんかあんま喋りかけられたことないし」
「そういうのもっと聞きたい」
「そう言われてもなあ」
そうこうしている内に時間は刻々と進み、一段落ついたところでもう帰ろうという話になった。次回は月曜日。流れで決まった。
今回は前回よりも数段踏み込んだ話が多かった。仲良くなった、と言えるのだろうか。
話していて僕と清水さんの目線があまり合わないように、ずっと違うものをお互い見ている気がする。いやでもそれでいくと佐々木ともそうかも?
僕の心に新たに渦巻き始めた抽象物を何と呼んだらいいのか。僕はまだ言葉を見つけられずにいた。
深夜、叩きつけるような激しい雨が降った。
◾️
我が部活、書道部の今日の活動が終わった。部室の鍵は顧問がついでに返却してくれるとのこと。毎度ありがたい。
部員全員でぞろぞろと昇降口に向かう。
「先輩、傘ありがとうございます!」
「何でも持っとくもんやねー!」
小野さんは僕が貸した傘をカバンから出して片手に持った。
ほら、ハンカチと傘は2つ持ちがベストだろうとも。備えあれば何とやら。先輩としてカッコつけられるシーンはいくらあってもいい。
それぞれがそれぞれの靴箱に向かう。
するとガラスの向こう側、昇降口から外に出てもまだ軒先というか、屋根があって濡れにくいようになっているわけだけれど、そこに清水さんがいた。
カバンを肩に下げてただ立っているようで両手に何もない。傘を持っていないように見えた。忘れたんかな、と勝手な推測をした。
僕は靴を履き替えて、別に特段急ぐこともなく傘をとって軒下に出た。知った顔を無視して帰るのは気まずかったから一声かけようと思った。
「やほ。帰り?」
声をかけられると思っていなかったのかびくっと驚かれたけれど、すぐに僕と認識してもらえたのか「そう」と返ってきた。
「傘ないん?」
「忘れた」
「この雨でキツイなあ」
「その傘もらってあげてもいいよ」
清水さんも冗談とか言うんや。
「清水さんも冗談とか言うんや!」
「わたしのこと何だと思ってるの」
くすっと笑いもせずあしらわれるように言われる。
すると後ろから小野さんが声をかけてきた。僕にではなく、清水さんに。
「あの、この傘お貸ししましょうか?」
「え?」
「これとお、志村先輩のなんですけど。私先輩の傘に入れてもらうんで!」
「あ、ああ」
小野さんから差し出された傘を手が勝手に動いたみたいにそろそろと清水さんが受け取る。小野さんの屈託のない笑顔に気圧されているように見えて内心少し笑った。
なんか勝手に僕の傘の又貸しが起きているけれど。
僕は傘をさして軒下に出る。
「ほなまた明日〜」
「あ! 待ってください先輩!」
清水さんに手を振ってその場を後にした。
小野さんの家は僕の帰路からちょっと寄り道した先のマンションだから、流石に雨の中に放り出すわけにもいかずそこまで送って行って、それから自分の家に帰った。
傘を貸すことも傘に他人を入れることも僕は抵抗がないし、相手が男子でも女子でも気にならない。こういう感覚が所々“普通”と違うところがあって、そのうち気にするのをやめた。
僕はてっきりそういう部分を佐々木に「変わってる」と言われるのかと、思っていたんだけれども本人曰く違うらしい。
世間から見て僕はどういう立ち位置にあるんだろうか。
普通ってなんだろうか。
アイスを食べたら体が冷えてちょっと寒かった。
そんなことを考えたり考えなかったりして木曜日を終えた。
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