第34話 知りたい衝動

ーーー(表アラン)



 窓灯りが落ちる石畳を靴底が鳴らす。星空の下、木々の隙間から村を見下ろせた。


 俺の前から風が吹き抜け、揺れた髪が目元にかかる。手が鞘の革紐を手繰り寄せた。前を睨み、剣を横に抜くと刃が煌めく。


 カランと鞘が下で跳ね、地を蹴った。石畳に影が走る。白銀が弧を描くと、俺は摺り足で後ずさる。

 腰を落とした瞬間、大きく踏み込み横一閃。


「……!」


 飛び下がり、反りを返して上に構える。

 その時、灯りが漏れる窓にトカゲが這っているのが見えた。


「……」


 ふと首を振り、剣先を地へ向ける。背後で木々がざわつくと、星空と村の景色が流れていくように感じた。


「俺自身がどうしたいか、か」


 手元をふと見ると、刃に吊った瞳が映っていた。


「……全て知りたい。多分、それが俺を突き動かしてる」


 刃の向きを立てた。震える手に力を入れて柄を握り、踏み込む。石畳に映った影が過ぎ去る。視界が徐々に暗がりに溶けていった。




ーーー(裏アラン)



 浅い水面が輝きを放つ。水面に立つ柱の脇で、俺は冥界の神と対峙している。


 暗闇に落ちるマントを手に取った。そのマントを肩から羽織り、首元で紐を結ぶ。


「……つまり刻印は契約の証であると同時に、お前の魂の一部を俺に移すものだったと……」


 俺はマントの襟を直し、顰め面を向けた。


「そう言うことか?」


 目の前でやつは首を垂れて立っている。


「……あぁ、監視のためにな。もし契約に背けば……」  


 犬の頭が持ち上がり、鋭い目で俺を睨む。


「その時点で死んでもらう」


 俺はじっと見つめ顎を引く。


「……そうか。だが、何故自分でやらない?」

 

 瞳に漆黒の体躯が映る。


「……お前はゼオリスを倒せな……」


 言いかけた、その時。死角から強い光を感じた。俺は肘を振り即座に振り向く。少し遠くの柱が白い輝きを増していた。


 その柱は根本に刻まれた十一の文字が光り、白光を纏い上へ伸びている。


「……」


 俺はその柱を見つめながら駆け寄っていた。背後には、静かに歩み寄るやつの気配ー。


「……それを見るのは、二度目のはずだ」


 キッとして振り向く。濃い陰影が筋骨を形どっていた。そして、やつは笑う。


「……始まる」

「……」


 俺は再び柱を見つめる。柱越しに水面の境界が照る中、背に闇を感じながら立ち尽くした。




ーーー(表アラン)




 夜空は満天の星。着地して草を踏み、後ろへ跳ねた。土の上で影を連れ、身を回して剣を振っている。

 

「……っ!」


 俺は横払いして、踏み出す。手首を返しながら空を斬り続ける。

 木に身を隠しつつ足先を弾き、燦然とする軌道を描いた。


「はぁ、はぁっ……!」


 身体を開き、両手で構える。

 その時、踏み締めた足が一瞬セピア色に見えた。頭上に腕を振り上げた時、視界が一気に茶色に染まる。

 

 聳える柱の上でヒビが広がり、前方へ倒れ出す。影と対峙する俺の前に、破片がズドンと崩れ落ち砂埃が舞った。

 

 顔を顰めた時には、埃は風圧で飛んだ。目の前で、埃から影が徐々に浮かび上がる。

 俺は中段で構えた。砂塵が散ると、指先が覗く革靴が現れる。


 胴に巻いた布の前で、ロングソードが鋭くこちらを向く。

 丸いピアスが反射すると、後ろで束ねた黒髪が見えた。そいつは瞳を吊り上げ、強気に笑う。


 俺は睨みをきかせ、一気に踏み出す。距離を詰めまっすぐ跳ねた。空中、冷めた目で見下ろす。やつは笑みを崩さず、剣を振り上げた。


 斬撃が目の前に迫る、その瞬間ー。突然、目の前が真っ暗になった。


「……!」


 瞬間、閉じた目をぱっと開けた。そこは見渡す限り暗闇が広がっているー。


「な、何だ……?」


 俺はきょろきょろと首を振る、その時ー。何者かが蠢くのを感じ、咄嗟に振り向いた。


 暗闇の中で徐々に現れたのは……犬の顔に漆黒の身体を持つ人物だった。そいつは冷めた目を俺に向けた。


「……知りたいのか? 全てを」

「……! あぁ、知りたい。じゃなきゃ気が済まない」


 俺は驚きで目を見開くが、すぐに眉を寄せた。そいつは腕を組んでいる。


「……いいだろう。お前がこれから見るのは、記憶そのもではない」


 赤い瞳が鋭さを増す。


「再構築された史実の世界だ。真実の裏まで知る覚悟はあるか?」

「……ある! やってくれ」


 前を見据えた。そいつはニヤリと笑い、組んだ腕を解き前へ歩く。


「ふん、言うと思ったよ……」


 頭上に黒い手がかざされた。犬の頭が俺を見下ろす。


「お前には知る資格がある。望み通り見せてやろう」

「……」


 広がる指の隙間からやつを睨む。見上げた視界でニヤつく口元が見えた、その時ー。白光が差し込み、視界が真っ白になる。

 思わず、腕で顔を覆った。


「うっ!」


 腕をずらし、僅かに目を開く。視界が徐々に色づき、瞳に明るい弦月の夜空が映った。視線を下げると、角張って入り組む市街が至る所で燃えている。

 そのあたりから、徐々に俺の意識は景色と同化したー。




ーー(全知)




 煉瓦の屋根が囲む路地を見下ろすと、重装歩兵が列を作り前進していた。

 彼らは剣先を上に向け、周囲を警戒して歩いている。


 その傍らで、屋根の上や家々の隙間から人影が現れる。そのうち一人、黒いローブを纏う者が窓から杖を構えた。次の瞬間、火炎弾が空気を裂き、兵士たちへと放たれる。


 列をなす兵にそれは襲う。一人が振り向きかけ、メットが赤く染まった瞬間ー。頭上から火球が次々降り注ぐ。


 連なる兵にそれは襲う。一人が振り向きかけ、メットが赤く染まった瞬間ー。頭上から火球が次々降り注ぐ。


『うわぁぁぁぁっ!!』


 炎が燃え上がり、兵士が悶えた。


『襲撃だ! 備えろ!』

『隠れてるぞ!』


 入り組む通路で兵が分散する中、何人かが前を駆け抜ける。その行手に人影が現れ、彼らは足を止めた。


『貴様らは……!』


 兵士が後ずさる。硝煙が風に流され、何者かが前に出た。二人は灰の衣を纏い、曲刀を構えている。

 一人は凛々しい顔をした女、もう一人は強気に笑う男ー。


『くっ、近衛騎士……!』

『やれ!』


 兵士が剣を構え一斉に飛び出す。対して騎士の男が踏み込むと、女も続いた。


 男と兵の剣が交わり、高音が響くー。男は剣を払うと、喉に一突き。すぐに引き抜き、横払いを伏せて躱す。足を広げて回し、兵の足を蹴った。


『……がっ!』


 男が笑うと、彼の頭上を茶のブーツが飛び越えた。女が横に振りかぶる、次の瞬間ー。水平な軌道が閃き、数人の兵士の首が飛んでいた。


 睨んで立つ女の前で、首から鮮血が吹き出して倒れる。そこへ男がふらっと立ち上がった。


『随分派手だな、イーザ』

『……マハルク、お前ほどではない』


 兵たちは剣を構え直し、何人かは勢いよく突っ込む。


『……強い』

『これが、アレドリアきっての精鋭部隊……』


 震える声で言いかける彼の瞳に、次々と兵を薙ぎ倒す二人の姿が映る。


『王の影、アルカマル騎団……!』


 そしてその瞳に、イーザが突き出す曲刀の先端が近づき……暗転。鎧の隙間を刃が貫き、血が迸る。


『かっ……!』


 血を吐く彼を、冷たい目が見下ろすー。彼女が剣を手前に引き抜くと、兵は前から倒れた。 


 一方でマハルクは、兵の斬撃を潜り横に一撃。踏み込みむと、胴に回し斬りしながら進む。そして彼の背が振り向くと、視線の先は一面の屍。地に臥す鎧は炎を反射し、血が少しずつ溢れ出た。

 

 マハルクは屍の海に立ちすくみ、イーザがその背後に歩み寄る。


『市街戦は優勢だな……戦況はどうだろう?』

『知るか、俺に聞くなよ』


 マハルクが剣の背を肩に担ぐと、イーザは前を見つめ横に並ぶ。


『……にしても遅れて来た傭兵軍団、少しは役に立つようだな』


 残火が揺れる路地で、屋根上や家の影から魔導士や剣士の影が潜んでた。


『……じゃなきゃ困るだろ、数足んねぇんだから』

『それはそうだ』


 マハルクはその場にしゃがむ。足元に兵士の頭が転がり、彼はその黒い瞳を細めた。


『帝国は性格悪りぃな。宣戦布告時には国境囲ってんだからよ』

『……』


 イーザは薄茶の髪を月光に透かし、横を見下ろす。彼は兵の外れかけたメットを手に取り、顔の前で眺めた。


『……おかげで後手後手、ったく嫌になるぜ』

『その割には楽しそうだが』

『……』


 彼は口角を上げた。足元にメットを転がすと、気怠げに立ち上がる。


『さて、次の敵は……』


 いいかけた、その時ー。


『すみません! 指揮官殿!』


 通路の正面から、血相を変えて走る兵士の姿があった。二人の前で止まると、膝に手をつき息をつく。

 

『どうした?』


 イーザの声に、兵士はばっと顔を上げた。


『南門の防衛線が壊滅的です! 指揮官のジルド殿は戦線離脱。代わりにザイル殿が現場に向かいました!』

『なんだと、何が起こっている?』

『奴らです! 帝国は隠していたんです、最終兵器を……! また、あの時の地獄が……!』


 言いかけた、瞬間ー。その兵士は目を見開いた。


『かっ……あ……』


 兵士が前から倒れると、二人は顔を上げて前を見た。


 大きな手が傭兵の髪を掴み、身体ごと引きずっている。ブーツが砂の上でザッと音を立てた。


 彼らは髪から角を覗かせ、夜の闇で眼光を光らせる。足を止めてそこに立つのは、青い肌を持つ者たちだった。


『アルカマル騎団か……少しは骨がありそうだ』


 言ったそいつは、傭兵の髪を持ち上げ横に投げ捨てた。いつの間にか、通路で傭兵たちが地に臥している。二人の足元では、臥す兵士の背に短剣が突き刺さっていた。


『お前らは』


 いいながらマハルクが剣を構えると、イーザも続く。


『魔人……!』


 マハルクはすわった目で彼らを見た。先頭の魔人が鞘から刃を滑らせて抜き、切先を前へ向けて話す。


『楽しませてくれよ、退屈してんだ』

『……』


 二人が剣を構える後ろで、兵士らが通路の横からぞろぞろ現れた。


『……全員隊列を組め! 魔導士狙撃用意、歩兵前へ!』


 イーザが鋭く叫ぶ。屋根上では魔導士が杖を構え、兵の足は砂の上を駆けた?


『……いいねぇ、そう来なくちゃ』


 そう言って笑う魔人の後ろは、見下ろすと通路に青い列ができている。対するイーザとマハルクの後ろにも歩兵や騎士が連なっていく。

 

 複雑に入り組む煉瓦の通路で、両勢力は一歩も引かず睨み合っているー。

 そして、武器を構える魔人たちは皆筋骨隆々で圧を放っていた。


『……』


 その先頭に立つ魔人は柄を握り直す。短い白髪を風で乱し、茶の瞳を縮ませて笑った。

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舞葬のアラン 浅瀬あずき @chimochan

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