ヤンデレ達との再デート(3)
-渋谷センター街
渋谷のスクランブル交差点を抜け、書店の右側の道を進むとご丁寧にも"渋谷センター街"と書かれたアーチがあり道の脇にある街頭にも無機質なゴシック体がセンター街であることを主張している。
賑やかで情報量の多い駅前から抜けると昼間のセンター街は少し殺風景で路肩に停まるタクシーやフェンスに乗り捨てられた自転車、少し煤けた配管が側面に伸びる雑居ビル...足を踏み入れれば急に夢から現実へと覚めるような感覚に陥る。
「ねえ!お兄さん、あそこに爬虫類のアクセあるよ!」
渋谷駅から二人に挟まれ、サイ⚪︎リヤに向かう道中特に会話は起きず気まずい空気が流れていたが理香ちゃんが口火を切った。
理香ちゃんが指を指す所に足を止めると、そこは輸入品の貴金属やアクセサリーを扱う雑貨屋さんだった。扉やドアと言えるものはなくビルにあるが、ほぼ露店に近い。店の前にアクセサリーや子供向けのおもちゃのガチャガチャが置いてあるのが渋谷の雑多な香りを醸し出している。
「お兄さん、爬虫類の研究してるんですよね?」
「うん。よく覚えててくれてたね理香ちゃん」
俺は大学では爬虫類-特にニホントカゲの研究をしている。俺は子供の頃からとかげやヤモリが好きで飼いたいと思っているほどなのだが、姉やさよちゃんが「気持ちが悪いからやめて」と言うので家で飼育することは禁止されていた。ただ、研究であればゼミで飼育することができるし、これまで知らなかったとかげの生態を知ることができるのではないかと思い、今のゼミに所属している。
理香ちゃんはその動機までは知らないだろうが、俺が爬虫類好きなのは知っている。
「うん!だってお兄さんと上野動物園行ったの楽しかったから~」
理香はまるで彼氏とじゃれあうように光輝の腕にしがみついて無邪気に笑う。
これが本当の彼女であればどれだけ嬉しいものなのだろう。俺の本当の彼女は今反対側の手を握っている。今の言葉を受けて握る力が一層強くなった。
センター街を歩くなかで沈黙が続いていると言ったが、彼女ゆかは俺にだけ聞こえるようにずっと声をかけて..いや投げつけていた。
「今日は最悪の日だね」「折角ミツと私だけの時間なのに」「ミツも本当はそう思うよね?」「ミツが嫌々私に合わせてるなんてないよね」「ミツと私は相性がいいんだから」
「私のこと裏切らないでね。裏切ったら、赦さないから」
俺はずっと呪詛のように語りかける彼女の言葉を受け流していた。
理香が光輝との思い出話をしているなか由佳は無言を貫いていたが、うっすらと笑みを浮かべた。
「あの時は彼女装えれば誰でもよかったんだよね?私に頼めばよかったのに。先生も大変だね、お金払って好きでもない理香さん(おんな)とデートしないといけなかったんだから」
「それは由佳ちゃんが子どもだからじゃないかな。光輝くんの理想の彼女は同じ大学生の女の子ってイメージだと思うな。由佳さんみたいなお子様じゃなくて」
「でも今の彼女は私ですから。」
「今だけ、ね」
二人は俺を挟んで目で火花を散らしていた。
爬虫類のアクセサリーを見てはしゃいでいた理香ちゃんも真顔で由佳を睨んでいた。
俺は「お店の邪魔になるし、そろそろ行こうか」と言うしかできなかった。
二人はそれぞれ俺との接地面に強く触れ、ゆっくりと歩き始めた。
場を和ませようと俺は由佳に話しかけた。
「由佳はサイ⚪︎リヤは行ったことあるのか?」
「ううん初めて。どういうお店なの」
「家庭的なイタリアンレストランって所かな」
「へぇ良いじゃん。ミツにイタリアンとか向いてなさそうだけど」
「一言多いよ。まぁ行けば分かるよ。どういうお店か」
センター街を抜け、宇田川通りに入り東急ハ⚪︎ズの方向へと向かっていた。
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-宇田川町某所
宇田川通りから井の頭通りに出る路地に入り普段見ないおしゃれなカフェや隠れ家的な飲食店を通りすぎる。
歩いている間、由佳の機嫌は直り路地にあるパラソルの下に席があるようなカフェを見て「あそこ行ってみたいね」などと話していた。
理香ちゃんは特に喋るでもなくニコニコしたまま腕を絡めて俺の片腕を占領していた。
井の頭通りに出てすぐ左に景観を破壊しているイタリアの国旗色の背景に赤文字で"サイ⚪︎リヤ"と書かれた看板がビルの地上部分を支配していた。
階段を上がり、ガラス張りの外装から中を窺う。お昼時には珍しく並んでいる気配はないようで店内に入るとすんなりと席に案内された。
モザイク柄のベンチシートに座るが、光輝は由佳と理香に挟まれるように真ん中に座るかたちになった。
「ねえ理香さん、狭くないですか?前の方が荷物とか置けますよ」
「え~大丈夫だよ。理香細いから~それよりお兄さん何食べる」
由佳は小さく舌打ちをした。俺は由佳に向けてメニューを開いて見せた。
由佳は頭をこちらに傾けながら寄り添うようにそれを見る。そして、メニューに目を凝らして、
「ねえミツ、ここ本当に大丈夫?安すぎない?」
由佳の家は俺みたいな東大生を時給五千円で雇うくらいには金銭感覚がかけ離れている。きっとイタリアンも代官山にありそうなコースで出るお洒落なところしか経験がないのだろう。そんな彼女からすれば四桁もないサ⚪︎ゼのメニューはどんなものが出るのか不安でしかたがないだろう。
「安心しろよ。味は確かだよ」
「ミツの舌が信用できないんだけど」「失礼だろお前」「はははっ冗談だよ。こういうのが夢、なんでしょ?彼女と来るの」
サイ⚪︎リヤは高校の頃からよく来ていた。ご飯を食べることはほとんどなく、ドリンクバーだけ頼んでずっと机に向かっていた。とはいえ、ファミレスなのであって俺の席の周りには同じようにドリンクバーだけ頼んで友達と長話をしている女生徒や軽食を摂っているカップル達が必ずいた。東京大学に入るだけに勉強漬けの3年間だった自分にとってその姿は憧憬の的だった。それもあってか彼女ができたらやりたいことにサイ⚪︎リヤで彼女と食事をすることがうっすらとあった。なし崩しにデートにもつれ込んだようなものだが、一つやりたかったことができて一種の充足感を覚えた。
こうして彼女と二人でA3サイズのメニューを覗くように見るシチュエーションに酔っていると、
「あの人が居なければ完璧なのにね」と吐き捨てるように呟いた。
理香ちゃんはこちらの様子に気を留めることもなくパラパラとメニューに目線を向けていた。サイ⚪︎リヤに行くことになったのは理香ちゃんのお陰だが、気まずさとかはないのだろうか。数十分前のフリー宣言に俺はノーを伝えた。今友達としてこうしているわけだが、ずっと隣にくっついているし、俺の肩が理香ちゃんの肩に触れるくらい距離が近い。女友達などいたことがないので分からないので変に注意すると勘違い野郎と言われそうで何も言えない。
「理香ちゃんは決まった?」
光輝が振り向くと肩が揺れ、理香の肩と少し擦れあった。光輝はあっ、とした顔を見せるが、理香は気にするでもなく光輝の言葉に反応した。
「うん!アロスティチーニと小エビのサラダにグラスワインの白~」
「え?理香ちゃんお酒飲むの!?」「うん。今日予定ないし」
本当に自由奔放な子だなと思いながら、注文票に番号をさらさらと書いていく。
由佳は不思議そうに「メニュー見なくても分かるの?」と聞いてきた。
「まぁ通ってたらある程度は番号覚えるよ。白ワインがWN02でラムの串焼きがAA02で...」
注文書に書く番号を覚えていることに理香は「すご~い」と感心している反面、由佳は「きも...」と引いていた。
俺と由佳はパスタをシェアすることにした。俺がペンを走らせている時、隣から理香ちゃんのか細いがしっかりとした声が聞こえた。しかし、それはゆるふわな彼女から放たれたとは思えない言葉でずっと離れなかった。
「光輝くんをバカにして......光輝くんはカッコいいのに」
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「やっぱり邪魔だなあの女...」
俺は無言で薄くかんなで削られたような氷をスコップでコップに詰めていく。
俺と由佳は席を外し、少し離れたドリンクバーのコーナーにいる。由佳は今までの鬱憤を晴らすかのように流れるように不満を言い続ける。由佳のこれは今に始まったことではなく、俺は黙りを貫く。
氷を入れたコップを渡すと由佳はスパークリングウォーターを並々と注ぐ。
「跡つけられるのが面倒だから誘ったけど...(ボソッ あんなにベタベタミツにくっついて、ミツも迷惑だよね?」
「...えっ、あ、ああ。確かにスキンシップが激しいとは思うけど」
「思うけど、何?」
由佳は不機嫌そうに聞き直す。返答を間違えると当たり散らすところがある。酷いときは暴力に走ることもある。
「いや、迷惑かな」と言葉を絞り出すと、由佳は満足そうに「うんうん」と炭酸水を入れたコップをこちらに渡し、腕組みをしてきた。俺は自分のと由佳のコップで手が塞がっていてされるがままのまま席に戻った。
俺の目の前には理香ちゃんがいる。そして隣には由佳が勝ち誇ったように炭酸水を飲む。
-言わずもがな由佳が作為的に理香とは反対側のシートに引っ張ってきたのだ。
小声で由佳が「迷惑、だもんね」と耳打ちした。理香のきょとんとした顔が前にあり、つい目線をそらしてしまう。
少し戸惑ったような理香だったが、ワインに口をつけ、ラム肉を頬張る。「んん」と唸りながら美味しそうにワインを口に流す。由佳は食事の時にあまり表情に出さない。愉しむというよりも摂取に近い。SNSに載せるために食べているようなものだ。俺はこうして二人でデートしていることをSNSに上げて承認欲求を満たすことで充足していたように思っていた。でも、こうして理香ちゃんが美味しそうにサイ⚪︎リヤの数百円の料理を食べて喜ぶ姿を見て俺が求めていたものが仄かに見えたような気がした。俺が彼女に求めていたもの....それは何気ない日常に喜びを見いだす子なんじゃないかと..
理香はこちらに気がついたのか、アロスティチーニの串を光輝のそばに持ってくる。
「光輝くんも食べる?」
光輝は理香の手から受け取ろうとすると、左足に鋭い痛みが走った-由佳がヒールで光輝のつま先を踏んづけていた。光輝は渋面を浮かべる。
「いや、大丈夫。パスタでお腹膨れそうだし、理香ちゃん食べなよ」
理香は少し寂しそうに「そっか..」といい差し出した手を戻す。
しばらくするとパスタがテーブルに並び、俺は小皿に由佳の分を取り分けて皿を差し出す。トマトベースのパスタで鮮やかな赤と匂いで食欲を掻き立てる。
俺は皿を寄せて、フォークの先に麺を絡めて柄をクルクルと回し、口に運ぶ。麺は全て丸まっていなかったので少し口元から延びていた。啜るようにパスタを口へと運んだ。
その様子を見て由佳が声をかけた。
「もう。ミツってば、パスタは啜っちゃダメなんだよ。仕方ないな」
由佳はフォークと左手にスプーンを持ちスプーンを寄せて麺を器用にクルクルと綺麗に毛糸玉のように纏める。
「ほら口開けて」
俺は口を開けてパスタを入れたフォークを受け入れる。トマトペーストの味が口に広がる。量が多く、モゴモゴと咀嚼して飲み込んだ。
「一口が多いよ」
「男の子なんだからそれくらい食べられるでしょ」
「お前の大口と比べるなよ」「ひどーいミツ!彼女にそういうこと言うんだ」
「お前だから言うんだろ」
あはは、と冗談混じりにじゃれあう。何か懐かしさを感じるようなやり取りだった。思い起こせば、家庭教師をしているときに雑談しているときのようだ。
-俺が目にしていたサイ⚪︎リヤでのカップルのやり取りは本当にたわいもなく、生産性のない会話に終始していた。でもこうして彼女と共にしてサイ⚪︎リヤに来たらそんな風景の当事者になれるとは。
あまり乗り気では無かったサイ⚪︎リヤだったが、今まで以上に幸せを噛み締められている。
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サイ⚪︎リヤ前
俺たちは食事を済ませて、外に出た。ここは俺が出そうとしたのだが、理香ちゃんが「理香が誘ったしここは理香が出すよ~」と言い理香ちゃんが食事代を出してくれた。割り勘も提案したが、意外と頑固なのか聞き入れてくれなかった。
3人で楽しく食事をした、などという感想を持てないほど面持ちのいいものではなかったが。
パスタを食べてた時も理香ちゃんは「光輝くんまるで子どもみたいっ由佳ちゃんはお母さんって感じ」と笑い、由佳は「カップルの戯れですよ」と言うと理香ちゃんは「私たちがしてたときのがカップルっぽかったよね光輝くん?あ、あのとき由佳ちゃんもいたよね?」
「知ってて言ってます?」「え?何が」
と一触即発だった。俺は苦笑するしかなかった。
まぁこうして食事も終わりようやくこの修羅場から解放されると思うと、気も少し楽になる。
そんな光輝の思いとは裏腹に理香が口を開く
「それじゃあ次はどこに遊びに行く?さっきの爬虫類のアクセサリー見に行く?」
思いもよらない提案に光輝は絶句して言葉もでなかった。これ以上かき回さないでほしいと願った。
俺のとなりでスマホをいじっていた由佳はため息をついて「空気読めないかな」と口火を切る。
「これから二人でリラクゼーションしに行くから」
「私も一緒じゃダメ?」
「鈍いなぁ...ホテル行くの」
由佳の言葉に驚愕の声を出すと、由佳は冷たく「え、行くでしょ」と当たり前のように言った。
理香ちゃんを振り切るためとはいえ、あまりにも下品な口実すぎる。しかも「理香さんもついてくる?3Pはさせないけど、見させてあげようか?ミツと愛し合っているところ」と挑発するようなことまで口走る。
挑発に乗るかたちで理香ちゃんも「じゃあ、行こうホテル」と答えた。
ここに来るまでに腹のなかで蠢くようなものを感じていた。それが胃痛であることにやっと気がついた。
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新宿 某シティホテル
デイユースでツインルームへと案内される。
ダブルベッドの縁に理香ちゃんと腰掛ける。由佳は先にシャワーを浴びると言い、ベッドにはブランド物の鞄が無造作に置かれている。
理香ちゃんは少し笑顔を見せ、「やっと2人きりになれたね」と手を重ねてきた。
レースカーテンからビルが透けて見え、部屋の中は少し薄暗く電球色のサイドライトが雰囲気を醸し出している。理香ちゃんはコートを脱いで、ニットベストの下にブラウスを着ていた。白いブラウスから肌やネックレスが透けていて、艶かしい格好になっていた。
つい、目線がベストで覆われている膨らみに行ってしまう。これが自分の腕を圧迫していたと思うとドキドキしてしまう。
「光輝くんは私が付いてきて、期待とかしてる?」
「き、期待って...?」
俺は恐る恐る聞いてみると、理香ちゃんは
「由佳ちゃんと光輝くんとでエッチなこと」と答えた。
していないかと言われれば正直嘘になる。女の子2人が密室で一緒になるなど一生のうちにあるかないかだろう。息が詰まるくらい鼓動が速くなっていることがわかる。俺が声を絞り出そうとすると、理香ちゃんは
「でも、ダメだよ」と顔を近づけた。
あまりにも冷たい声音だった。
「そういうことは結婚してからじゃないとダメだから...クリスマスの時は光輝くんと一緒になれると思ったから思い切って誘ったけど今回はダメだよ。こんな不埒なこと」
まるで諭すように俺に向かって理香ちゃんは話す。さっきまでの理香ちゃんとは別人のようだった。
「私、お友達じゃダメかなって言ったけど諦めてないからね?光輝くんのこと。でも、由佳ちゃんがいる間は手は出さないから。それだけ言いたかったの。ごめんね光輝くんこんなところまで来ちゃって」
理香はベッドから立ち上がる。木のようなハンガーフックからコートを取り出し羽織り、
「それじゃあ、これからもいい『お友達』でいようね。光輝くん!」
こちらに振り返り笑顔で別れを言う彼女に光輝は「待って」と声を掛ける。
「どうして理香ちゃんはこんな、一回バイトでデートしただけの俺にこんなに好意を持ってくれるんだ?正直、俺のどこを好きになってくれたのか分からない....」
俺の問いかけに理香ちゃんはしばらく黙り、そして重い口を開いた。
「あなたとはずっと昔に会っているんだよ。私はそれからずっと貴方に恋してる。でも、内緒♡」
理香は人差し指を口元に寄せ、
「光輝くんが思い出してくれるのをずっと待ってるから。大好きだよ光輝くん」
と人差し指を口から離し投げキッスのようにして部屋を後にした。
それからしばらくして、シャワーから由佳が戻ってきた。白の刺繍の入った下着だけでこちらに向かってくる。何も言わずにベッドに腰掛ける光輝の口を貪るようにキスをする
「やっと2人きりになれた.....」
~
『あなたとはずっと昔に会っているんだよ』
突然のカミングアウトで頭が回らない。ずっと昔...というと子どもの頃だろうか。でも、幼い頃はほとんど姉と一緒にいた記憶しかない。
小学生の頃....?いやでもあの時大久保なんて子はいなかったはずだ。高学年の時、隣のクラスの石田さんに恋をしていた..図書室で仲良くなって告白まで考えたが、急に疎遠になったな..怯えたような顔で俺を見ていたのが記憶に残っている....代わりにサヨちゃんと帰ることが増えたな
........つ....
中学、高校は.....男子校にいたから女性と関わることがほとんど、どころか全く無かったな..姉は俺が筑駒に入学したことに凄く嬉しそうにしてたな..なんかボソボソ言ってた気がするけど、ハグされたとき心が熱くなったな....って、いやそうじゃない!理香ちゃんの話だ!
あんな美少女が俺の生きる世界に存在していたら忘れているはずがないけどな..............................!1度だけ同い年くらいの女の子に話し掛けたことがあるかもしれない!
あれは池袋駅で単語カードを落としたのを知恵伊豆が拾ったときだ。
『あの子のかな。すげぇ可愛い子だった』
『保科、渡してあげろよ』
『いやいや、あんな可愛い子に声かけられないって。大家が渡しに行けよ』
『俺だって、女の子と話すなんて家族くらいだよ...お前が拾ったんだから渡せよ早く』
『じゃあ、じゃんけんな。負けた方が渡しに行くってことで』
『なんだよその罰ゲームみたいな感じ』
それでじゃんけんに負けて女の子に声をかけたんだ....
.........つ.....?
『あの、これ落としましたよ』
俺は少しよれたようなライトグレーのパーカーに黒のチノパンを穿いた少女に声をかけた。知恵伊豆の言うように可愛い子だったが、理香ちゃんのように華のあるような子ではなかった気がする...
もう少し野暮ったい感じで前髪は綺麗に切り揃えられたような一見して地味な子だった。
あの子が理香ちゃん?いや、仮に彼女が理香ちゃんだとしてなんで俺に恋しているんだ?せいぜい数秒の出来事でしかない。落とし物を拾って渡してあげて一目惚れなんていう漫画みたいなことはありえないだろう....
でも、バレンタインデーの時彼女は池袋駅でナンパに引っ掛かってた。しかも改札の外で。理香ちゃんの最寄り駅が池袋なら乗り換えしていた俺と会っていても不思議ではない........?
「ミツっ!!」
急な怒声に俺はビクッと体を揺らす。目下には由佳がベッドに横たわっていた。俺は由佳に跨がるような形で由佳と繋がっている最中だった。
「ずっと、呼んでたのにうわのそら....ねえ何考えていたの?」
由佳はキッと睨み付ける。俺は小さく「ごめん」と言った。
パチンっ
左頬に激しい痛みが走る。右に振り向くと、由佳が目元を濡らしながら右手をあげていた。
「もう知らない!バカっ」
由佳は起き上がり、服をもってシャワールームに入っていった。
それからホテルを出て、会話もなくその日は新宿駅で解散した。
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1か月後
東京大学某研究室
窓を見下ろすと桜が咲き誇り、春が訪れたことを知らせていた。4月になり、そろそろ院に行くか就職するかを考えなければならない。知恵伊豆は相変わらず彼女と楽しいキャンパスライフを送り、デン坊は早稲田の女と別れてからは女性とは距離を置いている。恋に臆病になってしまったのだろう。
俺はというと....
「今日も既読がつかないな..」
1ヶ月前に理香ちゃんと3人で食事をした後、俺と由佳は喧嘩をしてしまった。あれから会うことはあったが、由佳は終始無言で距離を戻すのには時間がかかりそうだと思っていた。しかし、慶応の入学式が終わってからというもの俺がラインをしても返信どころか既読すらつかない。会話画面には右側通行のような文字の羅列しか映し出されていない。
「先輩」
後ろから声がして振り返る。そこには白衣を来た黒ぶち眼鏡の女...本多がいた。本多から話しかけてくるなんて何ヵ月ぶりくらいだろうか。俺が無視を続けていたので二度と絡むことはないと思っていた。
「どうしたんすか?そんな深刻な顔して。もしかして彼女と別れたんすか?」
「うるせえよ」
俺が冷たく返すと、本多は肩を竦めた。
「酷いなぁ。折角先輩に面白いもの見せてあげようと思ったのに」
「お前の面白いものって、またどうせ蛇の交尾動画とかだろ。もう勘弁してくれ」
「へぇ...人間、のが見れるかもしれませんよ?」
「それは...面白そうじゃんかよ」
光輝は本多を椅子に座られ、わざとらしく本多の肩をもむ。本多は手に持っていたタブレット端末を開いてとある動画を光輝に見せた。
それはどこかの飲み会の様子であった。周りは騒々しく、煙草の煙が多くてスモークのようになっていた。
カメラはある一点を捕らえていた。動画の大部分は前髪で目元が隠れている眼鏡をかけた少女と金髪ツーブロックのピッチリしたTシャツを着た所謂オラオラ系の男を映していた。対照的な組み合わせだが楽しそうに話しているようだった。
「先輩、この子見覚えありませんか?」
「え?もしかして...」
「そうっす。保科先輩の彼女っす」
そうだ!いつも知恵伊豆がつれて歩いている地味女だ!あまり喋る印象はなかったのだが、動画では高い笑い声を出したり「え~もぉやだぁ」と冗談混じりに金髪ツーブロックの肩を叩いたりしている。
「保科先輩の彼女。そこの彼と寝てるんすよ。しかも一回だけじゃなくて定期的に...」
「それって知恵伊豆は..」
「知らないんじゃないっすかね。私保科先輩に興味ありませんし」
あんな地味そうな女の子でも浮気とか普通にするんだな...改めて女ってのは恐ろしいものだな、と痛感させられる。保科の彼女もそうだが、彼女が寝取られていることを黙っててそれを他人に見せている本多にも戦慄を覚えた。
周囲の様子もなんか女を殴ってそうな奴とか酔っ払った勢いで女の子に破廉恥なことをするバカな大学生など話題に尽きない。いったいこんなのどこから仕入れたのだろうか..
俺はあまりの馬鹿馬鹿しさに視線をスマホに向けようとしたそのとき、左上のテーブルの向かいにバレンシアガのパーカーを着た黒髪マッシュの男とブロンズの髪に黒のフリルシャツを着た女の子がフレームインする
こそこそと話すように男は女の子に触れるくらいの距離で前屈みになるような体勢で話しているのが見える。
俺はそれからずっと左上の二人に釘付けになった________いや、ならざるを得なかった
「どうしたんすか先輩?そんな真剣に見ちゃって。疑ってるんすか?保科先輩の彼女じゃないって」
嘘だ。なんでこんなところにいるんだ?
「本当っすよ。だって本人から聞きましたし」
本多が何か話しかけているが、俺はタブレットに流れる音に集中していた。騒がしくて聞き取りにくいが、一生懸命聞こうとした。
『.......へぇ....れは....が..悪いね』
男の声が微かに聞こえた...やめろ!無機質に流れる電子媒体につい叫びそうになる
「先輩~?もしかしてなんか気になるものでもありましたか?」
どうして俺の彼女がこんな飲み会にいるんだ?
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