ヤンデレ達との再デート(2.5)
-15年前 とあるショッピングモールにて
その日、私は両親と買い物に来ていた。母は私が退屈だろうからという理由でモールの中にある託児所に私を預けた。格子のなかに水色のマジックテープで留める靴を置き、私は動物や花が貼られた窓ガラス越しにいる両親に手を振った。
正直言えば私は中学年になろうとしていたし、こんな子どもの監獄のような場所ではしゃげるほど幼くはなかった。塀で囲まれたような原色のクッションシートに入って散らばったオモチャをいじくろうとという気は起こらなかった。私は少し冷めた目でその空間を眺めていると、私と同じくらいの子だろうか男の子がレゴブロックのような机でノートに何か書き込んでいた。3歳や5歳のような小さい子どもが多く騒がしい、もっと言えば甲高い声でうるさい環境のはずなのにその子はにべもなく黙々と机に向かっていた。
私は退屈していたので、その子がいる机に近づいた。男の子は近づいてもこちらを見ることもなく、小さい拳でも隠れるほどに短くなった鉛筆をノートに走らせていた。
「宿題?」
私は声をかけた。すると初めて男の子は私を一瞥し、再びノートに目を戻した。
「ううん。復習」
「なんでこんな所でしてるの?もっと静かな所だってあるのに」
私は思ったことをそのまま男の子にぶつけた。
「お姉ちゃんがここのスーパーで働いてるから...」
「お姉ちゃん?」
「うん。うち、親がいないからお姉ちゃんが働いて僕やサヨちゃんを育ててくれてるんだ」
「....変なの」
今になれば、なんて残酷なことを言ってしまったのだと後悔しているが、当時の私は親というのはすべての人にいて両親に愛を注がれることが当たり前だと思っていたのだ。
そんな言葉に男の子は怒りも泣いたりもせず、言葉を続けた。
「お姉ちゃん、高校に通いながら放課後はすぐにここにアルバイトに行くんだ。でも僕知ってるんだ。お姉ちゃん、本当はすいそうがくっていうのがやりたいって..お姉ちゃんが中学生のとき吹奏楽部っていうところに入ってて、フルートっていう笛吹くの上手だったのに..それにお姉ちゃん、修学旅行行くの楽しみにしてたはずなのに行くのやめて僕の修学旅行の積立金に変えたんだよ...じゃあ僕も行かないって言ったらお姉ちゃん『弟君はちゃんと行きなさい』って......お姉ちゃんは僕やサヨちゃんの為に我慢しすぎてるよ...」
男の子はやや俯きがちに語っていたが、ノートに落ちる大粒の水滴から彼がお姉ちゃん想いのいい子なんだと察した。男の子は目を擦り、笑顔でこちらを見た。
「だから、僕がたくさん勉強して、頭いい大学に行って、偉い人になってお姉ちゃんを幸せにしたいと思うんだ!この前もテストで100点取ってお姉ちゃんに見せたら、抱きついてきて泣きながら喜んでくれたし。だから僕はここでずっと勉強してるんだ...」
「へぇ。そうなんだ」
私は相槌を打ったが、テストで100点を取ったくらいでそんなに喜ぶ姉がやや過保護なのではと少し引いていた。私なんて100点の答案を見せても『次も頑張りなさい』と冷たくあしらわれたのだ。ノートを覗くと、算数の文章題をやっていたみたいだが、ところどころ間違っていた。こんなのでよくもそんな壮大なところが語れるなと少しバカにしていた。
私は親切心で間違っているところを教えてあげた。
「え?間違ってる?...あ、本当だ!ありがとう!君って優しいし、頭もいいんだねっ!」
男の子は満面の笑みで私に微笑んだ。
その時私は生まれて初めて鼓動が早くなるのを覚えた。顔も紅潮し、なんだか息が詰まるような感覚があった。
同学年の異性に褒められるなんて初めてのことだった!しかも優しいなんて言われたことがなかった。私は思ったことをすぐに口に出してしまう人間だった。そのせいで特に男の子には「可愛くない」「暴言女」と言われる始末だった。
この子に対しても酷いことしか言っていなかったのに、優しいなんて...
ほんの少しまでただの男の子だと思っていた子が私にとって好きな男になった瞬間だった。その後も私は男の子の勉強を見てあげた。少しキツイ言い方もしたかもしれないけど、男の子は気にすることなく笑顔で話し返してくれた。私はそんな笑顔を見るたびにドキドキした。
退屈に思えた託児所での時間もあっという間に過ぎ、両親が買い物バッグを携えながら迎えに来た。もうちょっといたかったのにと思いながら私は男の子にお別れを言う。
「もう帰るね...じゃあね..えっと」
「大家光輝」
「え?」
「僕は大家光輝。君は、名前なんていうの..?」
「....榊原紀香(さかきばらのりか)。じゃあね、光輝くん」
「じゃあね!紀香ちゃん!」
光輝くんと会ったのはこれが最初で最後だった。数時間という短い時間だったが、私の中で永遠にその思い出がリフレインされて忘れることはなかった。それどころか彼に会いたくて会いたくて堪らなかった。私はもう一度あの託児所にいきたかったが、母は『もうそんな年じゃないでしょ』と入ることを許さなかった。高学年になり、一人で外出できるほどの年齢になってから足を運んだこともあったが、それは光輝くんも同様だったのかそこにはもう彼の姿はなかった。
***********
-それから8年後 池袋駅
あれから月日が経ち、私は都立西高校に入学した。本当は私立の女子高に入りたかったが、小学校の頃ショッピングモールで出会った男の子-光輝くんがいるのではないかと確信のない期待を持ってしまった。
決して西高に入るのは容易ではなかった。正直私の学力では有名私立は難しかったし、日比谷など到底入れるはずがなかった。でも、彼のためなら勉強は頑張れた。学年トップになっても成績を満足しない親、毎週のようにある小テスト、放課後すぐに学習塾、ひとつ終われば次の塾へというはしご状態...それでも儚い片想いをひとつ抱いて私は中学の3年間を過ごした。
入学して間もないが、そんな淡い期待はすぐに打ち破られた。残ったのは男子からの好奇の目と入学して1ヶ月と経たない間に向けられた告白という形での不要な好意だった。
何の手がかりもないまま彼が入学するだろうと勝手に思い込んだ私がバカなんだ..
私は失望を覚えながら、改札を通り京葉線のホームへと向かった時だった。
「あの、これ落としてましたよ」
うしろを振り返ると同じくらいの年の男子が手を差し出していた。手の先には英単語カードがあった。
「ありがとう..ございます」
「あ、いえ。」
太い黒ぶちの眼鏡をかけ、真新しいブレザーの制服を着た男子学生は少し照れながらはにかんでその場を去っていった。少し先で友達とみられる男子が肩を組み、じゃれあっていた。
何故かそのとき私は鼓動が早くなるのを感じた。あのはにかんだ表情を見たとき私の心臓は掴まれたように苦しくなった....あの頃私に笑顔を向けた光輝くんの表情と重なったのだ。
「光輝くん...?」
私は遠くなっていく彼の背中をただ眺めていた。
*********
それから私は池袋の駅を歩くとき、彼を意識するようになった。そして私の推測でしかなかったものが確信へと変わっていった。友達との会話を盗み聞きしたり、彼と同じ電車に乗りどこで下りるのかを確かめたり、休校だったときは光輝くんが何時に学校を出て何時の東急に乗り、西武線のどこに下りるのかを確かめにいったりした。
私の調べでは光輝くんは西武新宿線沿いに住んでいて、駒場にある進学校に通っていた。あの時会った頃の家庭状況は裕福とは言いがたかったが、光輝くんの姉が東京大学大学院におり多額の奨学金を得ているようだ。光輝くんもまた奨学金を貰いながら高校に通っているようだ。ここからが重要なところだけど彼女は今いないようだ。彼の周りにいるのは保科という男友達と少し過保護な大学院生の姉、そして兄離れのできていない中学生の妹だけで女の気配はなかった。姉妹はやや光輝くんにベタベタしている気はしたけど、所詮は肉親、それ以上の関係になることはあり得ないので特に問題はないと思った。それよりも問題は光輝くんに彼女ができないかだ。私は子どもの頃から光輝くんのことが好きなのにぽっと出の女に光輝くんを奪られるのは赦せない。光輝くんは女性経験がさほどないので悪い女に騙されないか心配だ。まぁ光輝くんに近づく女はみんな悪い女なんだけど....
だから私は光輝くんをずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと見続けてたよ...♥️
それから、2年が経ち私は四谷にキャンパスのある大学に進学した。光輝くんはやはりというべきか東京大学理科1類に進んでいた。さすがに私の学力では東大に行くことは無謀だった。高校もずっと東大を目指して勉強を続けてきたが、模試はB判定で東大受験用の模試はC判定と現役合格は厳しい成績だった。
だけど、よく考えれば私は光輝くんに悪い虫がつかないようにすればいいのだから一緒の大学にいる必要がないことに気がついた。行動範囲の狭かったあの頃とは違い今は門限さえ守れば外出に関しては煩く言わないし、光輝くんの自宅も行動パターンも交遊関係も大体把握している。それに光輝くんの身に付けているものには盗聴器を仕掛けている。電車に乗っているときや飲食店で席をはずしたときにこっそりと入れたものだ。すごくドキドキしたけど、家でも彼の近くに入れるのなら私はなんでも出来た。おかげで今では光輝くんの声を聞いて眠ることができている。
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12月23日-クリスマス前夜
今年も光輝くんに女がよることもなく一年が過ぎようとしていた。本多純子という女の後輩がいるが、彼女は光輝くんを恋愛対象とは見ているような感じではなかった。なんというか一研究対象として光輝くんを見ている気がした。ただもう一人の女が厄介だけど...
そんなことを考えていると、光輝くんが部屋でなにかスマホを打ち出していた。
『......可愛すぎず、とはいえ遊び慣れていなそうな純烈な感じがカノジョと言い繕えそうな雰囲気だ』
「彼女..?」
光輝くんは何を言っているのだろうか。彼女なんていないくせに。もしかしてレンタル彼女でも呼んでデートをしようとしているのだろうか...
「..止めないと。光輝くんが変な女とデートなんてそんなのおかしいよ..」
ラインには何かで知り合った男からデートの誘いのメッセージがあった。早稲田、明治、青学...いつもなら鬱陶しいと思う子の光景も今日は軽く流せた。デートが決まったし、断るいい口実になった。明日は光輝くんの"彼女"になって光輝くんを守ってあげないと..
普段光輝くんと居るときはバレないように地味めな服を着てるけど、今日は光輝くんが好きそうな清楚でガーリーな仕上がりにしてみた。光輝くんにはレンタル彼女を装ったメールで待ち合い場所を誘導した。
クリスマス当日は本当に楽しかった。レンタル彼女の体をしないといけなかったが、これで光輝くんにバレても仕事という言い訳ができるのは大きい。...それに光輝くんにキスができたし、あの女の前で光輝くんにオムライスを食べさせてあげるところを見せつけられた。向こうは忌々しくこちらをチラチラ見ていた。私だって内藤由佳...あの女のことを忌々しく思っていたのだ。いつも光輝くんに対してバカにしたような言動をしていて、肩を叩いたり手を握ったりと家庭教師と教え子だけの関係の癖にベタベタしすぎだ。まぁ彼女の存在を知ったんだ。これ以上は光輝くんにちょっかいを出すことはないだろう。.....そう思っていたのに..
*********
2月14日-バレンタイン
池袋駅
今年のバレンタインは光輝くんにバレンタインチョコをあげようと思った。あの女が出来なかったテンパリングを頑張って身につけた。チョコの温度に気を付けて艶や滑らかさが出るようになるまで練習した。失敗したチョコレートは数えきれない。
これだけ頑張っても光輝くんには本命に思えないんだろうな..光輝くんにとって私はレンタル彼女をやっている女としか見られていない。光輝くんの近くにいるための都合のいいポジションだけど、それ以上になれないのはやっぱりもどかしい。今日は光輝くんがアルバイトの日だ。池袋駅から乗り換えて白金にあるあの女の家に向かうはずだ。乗り換え改札の近くで待ち伏せすれば、光輝くんにチョコを渡せられる!私は駅に入ろうとすると、
「ねえ彼女、もしかして一人?」
「暇なら近くにいいお店あるからさ一緒にいこうよ」
頭の悪そうな大学生2人が私に話しかけてきた。本当に邪魔だ。光輝くんが来てしまう...
私は無視して駅の方向に歩こうとすると、二人に阻まれた。
「ねぇなんでそんな冷たいの?もしかして彼氏と待ち合わせ?」
「でも全然来ないじゃん。約束忘れてるんじゃね?」
本当に鬱陶しい...もうすぐ光輝くんが乗ってる電車がつく頃だ。
「ちょっとやめてよ」
「いいじゃん、もう1時間近く待ってるしさ」
「ワンチャン来ないかもしれないべ」
本当に気持ち悪い...とっとと消えろよ。こっちは光輝くんのところに向かわないといけないのに...私がイライラを募らせていると、後ろから肩に重荷がかかった。振り返ると、
「リカ、お待たせ」
そこには光輝くんがいた。
「あ、お兄さん」「バイトでしょ?ここはカップルのふりをして凌ごう」
その後、光輝くんはこの二人から私を守ってくれた。やっぱり光輝くんのこういうところはカッコいい。低能な大学生が光輝くんのことを悪くいったので本音が出てしまったが、光輝くんは気にすることはなかった。
やっと二人きりになり、私は光輝くんにチョコを渡した。
「お兄さん、これお礼に」「え、俺に?いいの?」
「今日はバレンタインだから」
「あ、そうか。ありがとう。大事に頂くよ」
光輝くんは笑顔を見せてくれた。私は光輝くんのこの笑顔が好きだ。あの頃からなにも変わらない柔らかな笑みがたまらなく好き。
光輝くんはバレンタインにあまりいい印象を持っていないことは知っていた。私がバレンタインチョコを渡しても喜んでくれるか心配だったけど、杞憂だったようだ。なんだかんだいっても光輝くんは女の子にチョコレートを貰いたかったんだろう。今年最初のチョコが私で本当によかった...
***********
紀香のアパート
光輝くんにチョコを渡すことができて私は満足しながら家路についた。あの女はまたきっとチョコを貰えなかった光輝くんのことをバカにするんだろう。でも、今年は違う。私が唯一光輝くんにチョコを渡しているのだから。あの女はどんな顔をするんだろう。きっと悔しさを滲ませた顔をするんだろうと思っていたのに...
私の目の前にあるモニターの先には寝室と思われる白い天井だけが映っていた。盗聴器からは光輝くんとあの女との情事が事細かに聞こえてくる...なんでだろう婚前交渉は罪悪なのに..なんで、光輝くんはあの女なんかとこんなことしてるんだろう...赦せなかった..赦せるはずがない。私の光輝くんがあの女に汚されたのだから。
「ふっふふふふ」
そうか。そういうことか。
私は分かってしまった。光輝くんはあの女とセックスしたくてしている訳じゃないんだ。
光輝くんがここで断ったら家庭教師をクビにさせられるかもしれないし、レ○プさせられたと吹聴されてしまう可能性もあるもんね....光輝くんは弱みを握られて嫌々あの女を抱いているだけだよね?
そうだよ。そうに決まってる。光輝くんが私以外とこんなふしだらなことするわけがないんだから。
「私が光輝くん....お兄さんを助けてあげないと」
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それから一ヶ月後
渋谷駅
『理香さん?だっけ。一緒にいこうよ。後をつけられてるのも嫌だしさ。理香さんミツのストーカーでしょ?だからあんな音声持ってるんだよね?』
私はあの女-[内藤由佳]に詰め寄った。
「内藤..由佳。あんただけは絶対ゆるさないから...」
「それはこっちのセリフ。ミツは私のモノだし、誰にも渡さないから...」
光輝くん。私がこの女から救ってあげるからね♥️
レンタル彼女とデートしたら周りの女子がみんなヤンデレだった話 牛頭三九 @goxu_miku
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