らららいふ

卯月二一

らららいふ

「ほわっつ、ざ、みーにんぐおぶ、ら、らら、らいふ?」


『I'm not sure I understand.』


 少女の問いかけに『よくわかりません』と返すスマホのAIアシスタント。納得のいく回答が得られないことに苛立ちながら何度も繰り返される少女の質問に人工知能が匙を投げたようにも見える。


「もう! 本当につかえないんだからっ!」


 20XX年、長く発生が予想されていた巨大地震により極東の島国は国土のほとんどが海底に消えた。


 中国が武装した船団で侵攻を開始。同盟国アメリカが素早くそれに対応し空母を向かわせる。数日の睨み合いが続いた。しかし事前の密約でもあったのであろうか、沖縄と群島だけとなった日本はアメリカの保護下に置かれることとなり、中国の船団はそのまま台湾へ侵攻。不思議なことにこのあまりにも早い決着に文句を言う国はどこにも存在しなかった。


「日本語のサポートが終了しちゃって、どこもかしこも英語、英語、英語……。ああ、嫌になる!」


 少女は中学生以上の国民各自に貸与されている型落ちの黒いアメリカ製スマホを睨みつける。海外在住の日本人コミュニティによる巨大IT企業への働きかけもあったのだが、残念なことに先月、WEB上の日本語サービスはほとんどが姿を消した。少数民族と化した日本人に世界はたいして優しいわけでもなかったのだ。


 英語の苦手な彼女はこれまで日本語対応してくれていたAIアシスタントを頼りにオールイングリッシュとなった中学校の宿題もかろうじてこなしていた。兄の形見でもある日本語で書かれた参考書と日本語対応AIの力を借りてようやく人並み。年明けの高校入試はどこにも引っかかる気がしない。優秀な生徒はアメリカ本国の高校に特待生として編入されるということだが、そんな生徒の話は少女の知る限り聞いたこともない。日本人がアメリカにおいて税金喰らいのお荷物であり、差別の対象となっていることは中3の彼女でもよく分かっている。


「このままじゃ、私の人生……」


 現在の日本は残された陸地で人の住める場所は、すべて米軍の基地である。英語でコミュニケーションを取ることができれば、それに応じた給料で基地内での仕事を得ることもできる。義務教育の中学卒業までは国が生活を保障してくれて、高校に進学できればさらに18歳まで保護が延長される。とはいえかなりの狭き門となっており進学できないほとんどの者が社会に放り出される。男子なら力仕事で拡張され続ける基地の工事での需要がまだある。とは言ってもほぼ機械化されており人が入りこまないとできないような危険な仕事しか残っていない。公表されてはいないがかなりの数、命を落としているらしいことは卒業した先輩たちが言っていた。人権というのはアメリカ国民には適用されるが、国としての機能を失った日本の国民にとってそれはあいまいな概念であった。


「夜の仕事は、いやだなぁ……」


 現実問題として米軍相手の夜の接客業しか自分には無さそうだと彼女は最近になってようやく気づいたのだった。給金は良いらしいのだがいい話はひとつも聞かないのが彼女には悲しかった。


「お兄ちゃん、助けてよ……」


 彼女は両親を早くに亡くしており正直はっきりした記憶はない。彼女を育ててくれたのは年の離れた兄だった。優秀だった兄は基地の日本人としては重要な仕事を任されていたことだけは彼女も知っていた。彼の形見のもっとも大切なものとして保管しているノートパソコンの冷たい表面を指先でなぞりながら呟く。いつも夜遅く帰宅する兄は必ずこのパソコンを開いて楽しそうな顔をしていたことを彼女は思い出す。


「もう、開けてもいいかな?」


 兄が過労死してから大切に保管していたが、一度も開いたことがない。兄の秘密に勝手に触れてしまうことが躊躇われたからだ。


「いいよね……」


 彼女は震える手でノートパソコンの液晶ディスプレイ部分をゆっくりと持ち上げる。


「ん?」


 間には半分に折られた数枚のA4用紙が挟まっていた。


 一枚目にはこのパソコンを起動したあと必要なパスワードと、妹である彼女へのメッセージがあった。


『兄ちゃんが遺せる最高の贈り物だ。受け取るがいい我が愛しい妹よ』


 兄の戯けた調子の声が彼女には完璧に再現される。兄がこのパソコンを自分が開くことを待っていたことを知り彼女の胸は苦しくなった。目頭を押さえながらなんとか続く丁寧に書かれた手書きの文字に目を落とす。書かれた指示に従いパソコンを操作する。たどり着いたのは一個の動画ファイルだった。


 タイトルは、What's the meaning of life?


 かつて日本が世界に誇ったボカロ曲の技術で作られた兄の作品だった。


 それは人生について思い悩んでいる彼女のいまを分かってくれているような曲だった。


 聴きながらずっと涙が止まらなかった。


 何十回もリピートした彼女は涙を拭きゆっくりと立ち上がり呟く。


「お兄ちゃん、私頑張るからね」




 了

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らららいふ 卯月二一 @uduki21uduki

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