第3話 裏切り
『おーいみんな!降りてこーい!飯だぞー!』
下で慈愛の戦士の声がした。もうそんな時間なのかと思い、ふとここには窓ない事に気づいた。
『今日は少し贅沢だぜ!見ろよこれ闇がまだそこまで進行してねぇ蟹を見つけたんだ』
生臭い、がそれでも食べて喉を下るものがあるだけ贅沢だ。腹にはたまらないが、その生臭さは食欲を抑えてくれる。
「最近はやけに時間がかかっていますね」
『あ、あぁそうだな。近頃こいつら活発的でよ、うろちょろうろちょろ走り回っては逃げるし、タールに足捕られてこっちはまともに動けねぇからな。今日なんてこいつは転んでタールに顔面から落ちたしな!』
『...』
「は、ははっ」
あまりに真顔の忍耐の戦士を見て心から笑うことができなかった。
小さな火を囲んで皆が甲羅に入った肉を食べる。そして食べ終わった人からそれぞれの場所に戻っていく。これが今の自分にとっての日常だ。
今日も食べれた...食事のあとは満足感よりも不快感と達成感が残る。
自分の場所に戻ろうとしたところ誰かがこっちを見ていた。
喪失の初老だ。目で軽く挨拶をしようとするとチョイチョイとこっちに手を振った。来い、ということだろうか。
「お爺さんどうしたんですか?」
『ははっ、呼んだだけ』
なんともお茶目な老人だ
『主、茶は好きかいな』
「まぁ嫌いではないですけど」
『ならよかった、上がりなさい』
老人はこっちの返答など待たず部屋の中に入っていく。やけに太い杖がカツカツと床をついている。
『適当に座りなさい』
言葉に甘えて適当に座ると、お爺さんの隣でやかんの鳴く音が聞こえる。
『ほれ』
目の前に置かれたコップの中には澄んだ緑色のお茶が継がれていた。
「これは」
『雨林で採れる花に、光のキノコを溶かし入れた茶さ。若造達が外に出かけるときに頼んでいるんだよ』
どうやらあの二人はこのコミュニティにとって重要な係なようだ。
「いただきます......ヴッ!?」
あまりの苦さと渋みにむせそうになる
『はああっはっはっは!やはり初めて飲む者の反応は面白いのう!』
この爺さんやりやがった。伏せながら必死に吐き出さないように口を押える僕をみてカラカラと笑っている。
『良薬は口に苦しという。これは体の中に蓄積する闇を吐き出さしてくれるんだよ。長い間雨林に住んでいるものは一見健康に見えても、老廃物が溜まっているもんでな。いやはやこれには世話になっとる。』
『なんだまだむせているのか?キノコの量を増やすと飲みやすいぞ』
「大丈夫です...子供じゃないんで」
『儂からしたら赤子さな』
老人はまるで水のようにお茶を飲み干す。
『して、時にお主。話を聞くに散々な体験をしたようだな』
「聞いてたんですね」
『おう、聞こえとった。まだ耳は生きているようでな!ははっ!』
「バカみたいですよね、命も守ってくれないような、実態もない正義に身をゆだねて。今思えば逃げていただけに感じます」
すると老人は腰を上げて静かに部屋の奥へと歩いた。
『来なさい』
お茶はまだ残っているがぼくも腰をあげて老人の跡を追う。
部屋の奥には階段があり、薄暗い中下っている。
ここは地下だろうか。埃すらも上がらないほど空気が止まっている。小さな書斎のような部屋だ。
老人が机のそばにある固そうな椅子に座ると、わきにある椅子にぼくも座る。
すると老人は一冊の本を本棚から引っ張った。
『なつかしい』
老人は本を優しく撫でるようにつぶやくと僕に差し出す。
「これは?」
『日記のようなもんだよ。主が槍をもつずっと前の出来事だ』
本を開くと白黒の写真が並んでいた。仲間と肩を組む若々しい老人。どこかで隠れるように蟹を食べている所を撮られている写真。ブレていまいち何かわからない写真などいろいろな景色が映っていた。
『今から10年は前の話だよ。私は志願兵として戦争に参加しておった。その時は今と比べて闇の浸食が穏やかでな、こうなるとは思わなかった。』
「おじいさんって退役なんですか?」
『はっそんな勇ましいものじゃない。主と同じ脱走兵と言っても差し支えん』
老人は机に向いて淡々と話を続ける。
『志願兵として私は最前にいた。一度退役はしたものの、この世は神も仏もいやせん。徴兵制度の導入と同時に王国からの再収集があったんだ。私は逃げたけどな。』
『退役した後、私は友に会いに彼の故郷へ赴いたんだ。ドアをたたいて会いに来たと伝えると、彼の家族は罵るように私を見た。何が起こったか分からなかった。』
「友人は」
『結論、死んだよ。病気だったんだ。闇が体にたまり続けて、彼は緩やかに死んでいった...。王国の助けはどうかと遺族に聞いたが、手助けは一切してくれないとのことだった。忠を尽くして、信じれるものを見つけたのに、皮肉な話だよ。』
「それで、収集命令に」
『あぁ、逃げている途中で雨林の集落に逃げ込んだんだ。しばらくは脱走兵であることを隠していたが、どうやら皆分っていて儂を受けいれてくれてたようでな。』
「そこは安全なんですね」
『草原や峡谷に比べて栄えてなくて、助け合いが基本の場所だったからな。居心地が良かったんだ...良すぎたんだよ...それで、こんなことに...』
声が上がったと思うと老人は泣いていた。ずっと笑顔をやめなかったのは彼自身を守るための嘘だったのだろう。
「おじいさん大丈夫ですよ!ここは安全だし、皆助け合えているじゃないですか」
『違うんだ主は何もわかっていないんだ』
彼の声は恨みに満ち始めていた。
『雨林の洪水は自然に起きたものではない』
「それは...どういう意味ですか」
『王国の連中だよ。私以外の脱走兵もそこにいたんだ。根絶やしか、裏切り者への見せしめかわからん。あいつらは川をせき止めて氾濫を起こして村へ水を誘導したんだ。』
あまりの事に絶句してしまった。
「でも、それが本当かは」
『本当なんだよ。儂も信じたくはない。氾濫が起こる前の夜に私の家に旧友が訪れたんだ。戦争で互いの話をするぐらいには仲もよかった。彼は収集命令に従って再度王国の兵士として活動していたようでな。そいつが言うには明日の夕方頃集落が水で満たされる。すべて流されると。』
「何者なんですか、その人は」
『そいつはな、王国からの命令を受けてあまりの惨さに吐き気がしたんだそうな。その目標が戦友の過ごす場所だと知ってキャンプから抜け出してきたらしい。』
「それであの二人も?」
『いんや、あの小僧の事は知っていたが咄嗟のことで気が回らなかった。私が連れてきたのは小娘だけだ。』
「そんな...」
老人の重い言葉たちはあまりにきつかった。心に刺さって抜けないような痛みが伝わってきた。部屋の中には小さなろうそくの音だけが聞こえる。
今回ばかりはこっちから静寂を切るようなことができない。
『ほれ、もう私は寝る時間だ、部屋にお帰り』
「はい...そのありがとうございました」
『ん、すまんの、空気を濁してしまって』
ぼくが立ち上がると老人はぼくの肩に手を置いた
『小娘にはこのことは言わんでくれ、いつか、儂の口から伝えねばならん。』
静かにうなずくとぼくは家を出た。
負の遺産 孔雀と煙 @Kujaku-kemuri
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