第2話 帰る場所、帰れる場所
「はぁ、どいつもこいつも修行修行修行!!!あぁ!!!もうやってらんない!!」
…
『サボるなよー』
…
「そういや草原で採れた珍しい花があったっけな」
「水の中で採れた貴重な花だったなー」
「それはもうきれーいに光り輝くんだ」
『…大精霊様に見つかっても知らない』
「そうこなくちゃ」
書庫の整理に就いてもう二年が経った。そのあくなき探求心で私は白いケープを大精霊様より与えられた。だから少しぐらいサボってもゆる…ばれない。
「にしても退屈だなこの塔は。」
上を見上げれば果て無く続く塔。今だ整理に付けていない記憶の器がそこら中で飛び交っている。同僚に話しかけても冗談にすら乗ってくれないし、5分で終わる作業を何時間もかけている。理解ができない。なんで退屈しないのだろう。
「ここも空気が固まってるんだよな。換気ぐらいすればいいのに…ん?」
遠くの方で足音がする。同僚ならからかってやろう。
どう脅かしてやろうかをプランニングするために物影から顔を出す。
あの格好は書庫の者ではない。見たところ傭兵…にしてもボロボロで武器も持っていない。それに後ろには明らかに捨てられた地で見ない格好だ。
「まずい、知らせないと」
振り向いて走ろうとした。しかし、歩みを止めた。
「いや、おもろそうだな」
その謎の集団の足音が書庫の中にこだまする。
興味津々で見ていたらひとりの傭兵がこちらを振り返る
「あっやば……目、合ったよな?」
『何してんだ坊主』
『いや今、今行きます』
大丈夫だそうだ。久しぶりに肝が冷えた。この冷や汗は同僚の壺を割ったとき以来だ。優しいやつこそ切れたらやばいと知った日だ。
「んー、なんか久しぶりに楽しくなりそうだ」
「ここがシェルター、思ったよりも広いんですね…っつ!」
『そこに座れ。このシェルターがまだ生きているとはな。ここは徴兵制度が確立してからずっとここにあるもんなんだ。多くの人間がここを訪れて去っていった。それぞれの生活の跡が積み重なって今や小さな塔になっている。』
「ここに来るのは初めてなんですか?」
『来るのはな。しかし先に駆り出された者達が教えてくれたんだ。何かあったら小さな保存庫を目指せって』
「治療…慣れてるんですね」
『人を殺したくて殺してたわけじゃないただ…もとは衛生兵になるつもりでいたんだ』
『んへぇ!包帯ってそうやってまくんだねえ』
『こいつはどうか知らないが』
『おれだって人様国様の役に立ちたかったさあ。正直闇と戦えればそれでよかった。それに家族も養いたかったしな~』
「養う?」
『徴兵は給料出るだろ』
「え?そんな話聞いてませんけど」
『…はぁ、そういうことかよ』
「えっと」
『どうせ死ぬからって給料の話すらいかなかったのかよ!!!やけに兵器に流れる金が多いと思ってたんだ!!!』
『でかい声を出すな』
『だってよお悲しいじゃねえかああ。この坊主はわけもわからず駆り出されて死ねってことだろお?しまいには生き残っても給料はなし、それどころか帰ったところでどうなるか分からなかったんだぜえ?』
「す、すいません話が見えなくて」
『普通はな、徴兵に行っている間お前さんには給料が発生するんだ。定期的にお前さんの財産として管理されるが、万が一命を落としたらその財産に色を付けて遺族に支払われる』
『でえも、前線兵はどうせ生き残れないから無償労働、命の切り売りってわけ』
『…つくづくだな、おまえさんも』
手慣れた手つきでその人はぼくの足に包帯を巻きつける。血を止めて引きずりながらだが歩けるまでに処置を施してくれた。
「すいませんお二人の名前をまだ」
『俺は慈愛の戦士!そしてこのぶっちょうは忍耐の戦士だ!』
「忍耐の戦士さん、治療ありがとうございます」
『俺は?』
「さっきは、ありがとうございます」
『うん、ごめんね、えげつねぇの見せちゃって』
「大丈夫です。現場であれ以上を見てきたので」
『肝が据わった新米だ』
タッ...タッ...タッ...タ...
こちらに向かってくる足音がした。やけに軽くて静かな足音、でも足音の速さは老人とは違って若々しい。すり足さんだろう。
『はっ?おいおいなんでガキがいるんだよ』
慈愛さんの目線の先には小さな子供がいた。帽子をかぶっていて、子供らしい元気さは微塵もない。
「子供?なんでこんなところに?一人で?」
『おいガキ、お前さんどこから来たんだよ、てかどうやってここまで来たんだ?』
『離れろ』
そう言うと忍耐の戦士は槍を構える。
『言え。お前は誰でどこから来た。いや、誰が寄こしたんだ。』
『おいまてよ、たかがガキだろ。そこまで脅す必要はないだろ』
『懇願なの....?』
振り向くと ぬき足の茶人が立っていた。
『き、君の仲間?』
『はい、私の村の子です。』
彼女は少しおびえたように、焦るように子供に駆け足で近寄る。
『あんた何で、どうやってここまで来たんだい!こんなボロボロになって。生きてたんだね...』
彼女は震えた声で子供を抱きしめる。子供は表情を変えず彼女に身を任せていた。
『ごめんなさい皆さん。後で話を。おいで、疲れたでしょう。』
その場に残されたぼくたちはキョトンとして皆状況を飲み込めないままお互いを見つめた。
「なにが起こっているんですかね」
『わっかんね』
まだ不安が残る表情を下げて、タープの張られた場所に戦士達は戻っていった。
ぼくはしばらく壺に腰掛けたまま巻かれた包帯を見つめていた。
あれから一週間は経った。
本はたくさんあるけど、あまりに退屈なシェルターに気が狂いそうで、たまに外に出ては不審者か生存者がいないか見回りをしていた。
『抜き足さん、これ頼まれてたやつだ』
『戦士さんありがとうございます!これはまた状態の良いものを持ってきましたね』
『雨林に寄ったんだ。』
『雨林の状態はどうでしたか?』
『うん、まぁ。知っての通りだが生き残りはすでに復旧作業に着手していた。まだ時間はかかるだろう。』
『そう...ですか。何にせよお花、ありがとうございます。また在庫が足りなくなったらお願いしたいです。』
『いつでも』
見回りから帰ると忍耐の戦士とぬき足の茶人が話し込んでいるのが見えた。
「あの...」
『あっ戦士さん。こんにちわー』
「その花は」
『あっこれは忍耐の戦士さんに頼んだのです。私こうなる前は花屋を営んでいて、自分を保つのにはこれが必要なのです。』
彼女は家のそばにある石垣に腰を下ろした。僕もそれにつられて入り口を挟んだ壁際に座り込む。
『雨林はどうやら洪水も収まって、みな復旧作業に勤しんでいるようです。』
「そうなんですね!それじゃあ事が済んだら家に帰れるんですね」
『私も出来ればそうしたい...』
彼女は先ほどと比べて声が緩んだ。
『多くの人々が助け合って、それでも助からなかった者もいるでしょう。その中で逃げた私は、民族を見捨てた浮浪者同然です。今になって顔を出すことは許されません』
黙り込んでしまった。ぼくがあまりに喜々とした雰囲気で聞いてしまったがために、その落差が異様にのしかかる。
「ごめんなさい、その、そんなつもりでは」
『そんな!いいんですよ、お互い様です。』
「たしかにここにいる人たちに、ぼくたちに帰る場所はもうないんですよね」
壁に頭を任せて遠くを見上げる。きらきらとした記憶の反響音だけが聞こえる。
自分のため息すらも空間に溶けていく感覚がある。この先どうすればいいのかもわからない。でも今を生きるしかないという絶望感だけが残っている。
家の中を覗くとあの子供がスヤスヤと寝ていた。寝顔はまるで日常の中にいるようで、少し安心すら覚える。
『あの子は村の子です。懇願する幼子、そう呼んでいます。』
「家族ですか?」
『いいえ、私が営んでいた屋の近くに住んでいた子です。もっと小さいころから私が世話を焼いていたんです。あの子の親は大精霊直属の施工士で村に顔を出すのが珍しいほどでした。』
「なるほど、どうりで」
『喪失の初老さんは私が小さいころから孫のように接してくれて、あの子の遊び相手としてもいてくれてました。』
「本人から話は聞きましたか?」
『はい、どうやら村から私を追って出てきてしまったようで。こっそりついてきてたそうです。あんな小さい子に付けられて気づかないのはどうも奇妙ですが』
確かに違和感があった。雨林から書庫のシェルターまではざっと休憩を入れて2日はかかる。それに周辺には巡回兵もいて子供関係なく見つかれば消されるのは目に見えている。
『彼、かくれんぼが得意なんです』
「えっ」
口に出ていたかと思い返す。
『それが証拠にはなりませんが、おそらく追手すらも巻いてきたのでしょう。』
彼女には明らかに不安が残っていて、まるで自分を肯定するかのようにつぶやいた。
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