負の遺産
孔雀と煙
第1話 追慕
昔々あるところに、それはそれは大きな王国がありました。
そこは大層にぎわっていて、人々が楽しく楽しく暮らしていました。
しかし、底知れぬ愚か者でした。
「ここは薄暗くて息も詰まる。社会とあまりに隔てられたここだけが安息地なんてね」
僕は青年。そう、ただの青年。能力もなければ愛想もそこまでよくはない、ただ平和でいたいだけの青年。
「おい爺ちゃんこれもってきたよ」
『はっはっは、ありがとうな』
花を受け取る手は薄い皮膚でおおわれている。今にも折れてしまいそうな花の茎よりも細い指。
『しかしおまいさん、いつまでこんな事を続ける。いつかあいつらはお前を探しにやってくる。戦争に加担せぬ者に容赦は…っごっほごほ』
焦って爺ちゃんの背中をさする。
「わかってるさそんなこと。でも僕はただ生きたいだけなんだ。生きていたいだけなんだよ。退役の爺ちゃんならわかるだろ」
爺ちゃんは静かに手元の花を眺める。
『お前さんは、何を信じれる?』
「…?それってどういう」
外で爆音が聞こえる。
爺ちゃんを部屋にいるように聞かせると無我夢中で家を飛び出た。
カラッ…
「なっ何?」
足元を見たらそこには何か転がっている。暗くてよく見えない。これは・・・
呼吸が荒くなり視点が暴れ始める。逃げないと、逃げないと、逃げないと。
『大丈夫か。・・・こりゃひどいな。あいつらだよ』
「ねぇ・・・そんなぼくは、こんなはずじゃ」
爺ちゃんがぼくの肩を強く握る
『坊主、家の下にある本棚を覚えているか』
「おじいちゃんがよく読み聞かせしてくれた」
『一度しか言わん。本棚の裏に道がある。そこから逃げろ。通ったら棚は戻しておけ、よし行け』
「まってよ、どういうことだよ」
『お前も足元の生首みてぇになりたいのか!!!血反吐吐いて磔にされたくなきゃとっとと走れ』
爺ちゃんがこんなに叫んだのは初めてで頭が真っ白になった。僕は爺ちゃんに背中を押されて家の中に戻る。意識がはっきりしたとき、僕は本棚を押していた。
「はっはっはぁはぁ、くそ重い」
薄暗い通路が見えると僕はそこに体をねじりこむ。本棚を内側から戻すと一目散に通路を走った。突然の事で追いつかない。ここなら安全だと思ったんだ。
あれから何分、いや何時間走っただろう。気づいたら捨てられた地の土管に出ていた。先ほどの事が嘘のように静かだ。
切れた息を整えるために土管のふちに腰を掛けると、生暖かい砂がしゃりしゃりと音を立てる。
「ぼくは、ぼくは」
突然のことで感情があふれ出た。
「くそ、クソ!!!!!!!」
涙が落ちたところの砂だけが黒くにじんでいく。
どうするべきか、また安息の地を目指すか。それともいっそこのまま。
『なーにしてんだ?』
「!?頼む殺さないでくれ!!ぼくはただ気の迷いで!!!」
『おいおいおい落ち着けって、なんも暴力ふりに来たわけじゃねぇさ』
われながらダサい体制で頭を上げると白いケープを身にまとった人がいた。恰好を見るに書庫の管理人だ。
「か、管理人?」
『いかにも』
「ど、どうしてここに…?まさか」
『落ち着けって。チクろうなんざ思ってないよ、あんた脱走兵だろ』
口を噤む。
『だんまりかよ?まぁいいさアンタみたいな奴は大勢いる。生き残りはレアだけど。』
「な、なんで書庫の管理人がこんなところにいるんです。仕事はどうしたんですか」
『お前がそれ言うかよ。サボってきたんだよ。塔の中にいるとこっちまで保存されそうでさ。息抜きで出てきたら遠くからすんごいの聞こえてね。野次馬根性で来てみたら君が自暴自棄になってたってわけ。』
「…結構仕事適当なんですね」
『だからそれお前が言うか...』
風がとめどなく吹く中かすかに何か聞こえる。遠くから、人の声のような。
「!お前やっぱり」
『うわ、ちげぇって。見つかったらどうなるかは知ってる。ここから北西に進め。大きな盾のような石像が見えたら、布が結んである槍のそばで待て』
またなんだよ、ああもう。
「いやあ!これはこれはどうも幹部さん。少々地の砂のサンプルを採っていまして!ここらの闇濃度が異様に高い気がしてね~」
後ろから白ケープの口先が聞こえる。明らかに敵意はなかった…きがする。
大きな盾…のそばに、これか。そこにはあいつが言っていた槍が突き刺さっていた。ぼくの背丈の3倍いや4倍はある。背筋が凍る。
『いたいた』
心臓が飛び出るかと思った。
「急に話しかけないでくださいよ!!!」
『じゃあゆっくり話そうか?』
ペースが乱れる。
『まぁさっきは急がせたね。私は記憶の語り部だ』
握手を求めてきた。図々しいなこいつ。
「せ…戦士、その、わかってると思うけど逃げてきました」
『戦士ね(笑)』
初めて純粋な殺意が生まれた。
『まぁそんな顔すんなって、ほら入れよ。中で茶でも飲んでけ』
そういうと語り部は盾の隙間に入り込んだ。こういうのが流行ってるのか?
「あの、ここは」
『僕の隠れ家、なんて大層なもんじゃないが、穴倉だよ。ここにいる限りみつかりゃしないよ、っと待っててね』
薄暗い中、小さな光が見えたと思ったらその光は次第に大きくなる。壁につけられたキャンドルが部屋の中を照らす。
ボロボロのベッドと書籍。やかんに洗っているかわからないコップが3つ。
『適当に座ってくれ』
差し伸べられた手の先にあったベッドに腰掛けるとミシミシと音を立てて今にも割れそうな振動を感じる。
『で?修羅場から逃げ切った感想は?』
「あなたはさっきからなんなんですか?僕を見つけたと思ったら突然家に招待ですか。」
『お前は質問が好きなんだね。匿ってやったんだ。先に話すのが筋じゃないか?』
座ったままで下を向く。汚れた手を組んで息を整える。
「4年前何が起こったかわかりますよね」
『あぁ、王国からの徴兵命令だろ?』
「ぼく、最初は従事してたんです。それで仲間も出来て、訓練期間が終わっていざ実践配備されたんですよ。」
『長いストーリーになりそうだ』
「…ぼくの配備先は前線でした。王国に忠を尽くして槍を持って闇に立ち向かおうとしたんです。そしたら」
『そうしたら?』
「仲間が食われたんです。次々に、まるで今までの命がなかったように。ぼくといっしょに配備された友達が僕を見ながら助けを求めていました。でも」
『逃げ出したと』
「そうです!!!怖かったんだ!!!!片腕だけ残った友達が足元まで来て助けを求めてた!!!その直後タールに沈んでいった…槍も盾も重いから捨てて逃げた。」
『その左足はその時に?』
「これは違います。その後必死で廃船まで逃げたらそこで他の生存者を見つけたんです。女性と老人、そして2人の青年。女性と老人は旧雨林地域から逃げてきたようで、あと二人はぼくとおんなじ脱走兵でした。」
「みんな疲弊していて、ぼくを歓迎してくれるような雰囲気ではなかった。」
『坊主、見たところお前も脱走兵か』
「えっ、あっはいそうです」
『よく生きてこれたな。俺ら以外は死んだかと思った』
『おい洒落に生らないことをぬかすな』
『チッ、こいつは気にすんな。坊主見ねぇ顔だな。新米か?』
「あっ、前線兵です。今日が初で。」
『おいまじかよお前』
『お前さんも運が悪かったな』
ぼくは今だ状況がつかめなかった。その脱走兵は煙草をくわえる
『ほら、神殿の手前にタレットやら投石器やらあるだろ、あれには随分の準備時間がいるんだよ』
煙草に火をつけてふかす。
『お前ら前線兵は特攻隊、いわゆる装填時間稼ぎの捨て駒ってことさ』
血の気が引いた。ぼくが忠を尽くしていたものがまさか。
『裏切られたってかんじだろ!ハハッ!むりもねぇさ』
「あ、あなたたちは」
『俺は隠ぺい部隊。こいつは同僚さ』
「聞いたことない隊ですね」
『そりゃそうさ、表向きじゃ情報指令だとよ。実際は脱走兵の殺害。闇売買をしてる兵士なんかをとっつ構えてチクるのさ』
身構える。
『座れって、まぁ最後まで聞け。』
『俺たちは逃げ出してから数か月だ。3年間その隊で働いてた古株なんだが、ある日ちと厄介な任務をいただいちまってな』
そういうとその人は煙草を地面に捨てて足の裏で火を消す。
『こいつ、俺の親友というか大親友。こいつの殺害だった、まぁ片思いかもしれねぇがな!!!ハハハ!!!』
「それで脱走を?」
『そうさ!訓練兵の時から背中任せてんだ。お国様の命令でも手は下せねぇ。そこですべてこいつに話したら、丁度タイミングよく脱走を企ててたんだ。俺はそこに乗っかったってわけ!』
「ほかの生存者は?」
『あー、脱走したときはもう三人いた。一人は捕まって一人はあのキシキシ鳴いてるカニみてぇのに食われた』
「えっと、もう一人は?」
『聞きてぇか?派手に転げちまうぞ坊主』
「だっ大丈夫です」
『自爆だよ。』
「じっ」
『俺らの部隊は王国のお抱えだからな、何かあれば自害できるように起爆可能なのを持たされてんだよ。いわゆる人間地雷だ。本当腐った世界になったよな、ここも』
「ごめんなさい、そんな聞くつもりじゃ」
『いいんだよ』
「そっそうだそちらのお二人は」
とっさに話を逸らす。
『私たちは雨林の植木屋で勤務していました。近頃雨の量が増えてしまって、もう家では住めなくなったのです。』
「王国の援助は」
『ホホっ、王国の援助なんてとっくのとうに途絶えておるわいさ』
『私は抜き足の茶人』
『わしのことは喪失の初老とでも呼べ』
「えっと、皆さんはこの後どうするつもりですか」
『それなんだよなぁ!!!!どうやらこのダチの言うようじゃあ書庫の地下に難民シェルターがあるらしいんだ。すでにつぶれてる可能性はあるが、まぁ希望は捨てちゃならねぇよな』
無口だったもう一人の戦士が口を開く。
『おまえも来るか?』
『おい!いいのかよこれ以上人数増やして』
『戦力は多いに越したことはない、それに』
『それに?』
『今は目的地へ向かうのを最優先に考えろ、今日はもう寝るぞ』
『んだよお前口を開いたかと思えばまたリーダーシップ発揮か?』
二人の戦士は廃船の奥へと歩いていく。
『お主も今日はもう休みなさい、明日も早く出るだろうて』
「あっありがとうございます。」
皆が火鉢から遠ざかってそれぞれの居場所へと戻っていく。薄い布で仕切られたそこはなんだか安心した。かたい床に横になる。タールから湧き出る泡と火鉢で火が跳ねる音がこだまする。それでも自分の呼吸が明らかに不安に駆られているのがわかる。
眠れるわけがないと思っていたが、意図に反して意識が遠のいていく。
『おい…!坊主!起きろ!』
あまりに深い睡眠だったようで体が機敏に動かない。
『寝ぼけてんじゃねぇ早く支度しろ』
「!まさか」
廃船の窓から外をのぞくと王国のシンボルがついた槍を携える兵士が見える
『追手だよ。幸い人数はすくねぇ、おい!じいさん裏口の準備は出来てんか』
『グッジョブ』
老人が鎖を静かに動かすとアンカーを落とすためだったであろう扉が開く。
『裏口から静かにいくぞ、ついてこい』
タールの中に足を入れる。ぐちょぐちょとした感触がブーツの中にまで入ってきて今にも叫びたい気分だ。でも生きねば。
縦に積まれた土管をよじ登っていく。幸い戦争で出来た瓦礫が階段となり上ることは可能だった。
登りきると完全に息は切れていた
『お前、よくそんな体力で試験合格できたな』
「はぁはぁ、正直ギリでした」
それでも止まるわけにはいかなかった。5人でひたすらに走った。茶人は老人の手を引きながら砂に足を捕られる。
「お爺さん、つかまって」
老人の手を取って必死に丘を登った。
それを気にも留めず走る二人をにらんだが、今はそれどころじゃない。
しばらく走るとやっと二人に追いついた。
『しゃがめ』
全員がその言葉に反応して腰を下げる。
『見ろ諸君ら、あれが神殿の入り口だ。あの入り口の奥に記憶の保存庫があるんだ。がそこまで行くのには警備が多すぎる。右のタレットが見えるとおもう。目的地はその奥だ。穴があるだろ、そこから保存庫の一階奥に出れる。』
『さすがぁ俺の親友は仕事が早いねぇ』
『ただし、ここの警備兵は精鋭だ。見つかれば無傷ではすまない。』
全員が唾を飲み込む。
『細かいルートはない。兵士の動きを見ながら臨機応変に動くのが賢明だ。いいか、一時も私から離れるな』
そうして兵士が立ち上がると僕たちも後に続く。彼が先に物影まで移動し、続けてやんちゃな親友、ぼく、老人と茶人が後に続く。この兵士らの連携は完璧で、まるでお互いが感覚を共有しているかのようにすら思えた。
入り口まであと10mといった所。
『う゛ッ、んぐ、ゴホッゴホ』
老人がせき込んだ
その時巡回中の兵士が近づく。
『兵長!侵入者を発見しました。どうします。』
巡回兵は何かで話している。
『老人と、成人女性一名です。…武装は確認できません。……一般人ですよ。でも……了解…』
そう言うと巡回兵は老人の首元に狙いを定め弓を引き絞る。
息を吐き、肺がつぶれるのを感じる。世界が静かになった。
今残っている最大の体力で僕は老人の前に飛び出した。
『なんだ!』
『くそ坊主!!!仕事すんじゃねぇか!!!』
『敵襲だ!!!増援を!!!!うぐぁ!!!』
煙草をくわえる兵士の投げた槍が巡回兵の首元に突き刺さり。倒れないままその場で動かなくなった。槍で死体がそこに立っている。あまりにむごい光景が過去の記憶をかき出す。
『坊主早く来い!!!その老人も忘れんな!!!』
はっとし、茶人と二人で急いで老人を穴まで運ぶ。
後ろでは人の足音が向かってくるのが聞こえる。
ぼくたちが無事に穴までたどり着くと、後ろでジジッと音がする。
何かと後ろを振り向くと、凄まじい轟音と共に軽く吹っ飛ばされた。白い煙が立ち込める中、耳鳴りで顔をしかめる。徐々に五感が戻るころには火薬の香りと瓦礫の転がる音だけが聞こえた。
『はぁはぁ、お前まだそれ持ってたのかよ』
『はぁ…ごらんの通り自爆はまだしてないのでね』
「な、なにが」
『自爆用の爆弾だよ。火薬とタールで爆風を放つのさ。これで自分への引き金はなくなったわけだが、道はふさげたようだな。それにしても王国の建設を壊せるとは、とんだ兵器を握らされてたんだな俺ら』
頭痛が引いていくと同時に左足に強い感覚が現れる。
「あっつ!」
『こりゃ派手にいったな。弓矢が刺さってる、中で折れてるわけじゃねぇし、このまま矢の周りを強く抑えて出血だけは押さえろ。シェルターに行きゃ包帯の一つや二つあんだろう、お前も生きたいだろ。ほら立て、止まるなお前ら』
彼にせかされるように腰を上げる。
『お主』
振り向くとゆっくりと立ち上がる老人がぼくの肩に手を置く
『ありがとうな』
「い、いえあれはとっさにやっただけで」
『ハハハ、グッジョブ』
老人がゆっくりと歩みを進める。初めて誰かの役に立てような気がした。
「っっっあっつ!」
しばらく歩くと開けた場所に出た。異様に音が響く。
なんだか星空を閉じ込めたように綺麗で青い光が無数に飛び交っていた。
「ここは」
『保存庫だよ、見とれるのは後だ。ほらもう少しだ』
急いて後に追いつく。角には布で隠すように横穴が掘られていた、というよりも無理やり壁に穴をあけたような大雑把なものだった。みんながいるかを今一度確認するとぼくも瓦礫の斜面を降りる。
「?」
『何してんだ坊主』
「いや今、今行きます」
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