第111話 隠居生活【完】
平和な日々が続いている。
世界全体で見ればいきなり復活した神々によって混乱状態にあるんだろうが、俺が住んでいる世界樹周辺には特に影響がないので滅茶苦茶平和な状態で過ごせている。世界樹がある=大地母神の領域であることがわかるから、無暗に近づいてこないのではないかと美の女神は言っていたが、それにしたって平和だ。
「どうも、ヘンリーさん」
「……クレア?」
「今、誰だっけこいつって思いましたよね」
思った。
「全く……最近、ここに来ることができなかったのは私も忙しかったからです」
「へー、どんな?」
「あんまり興味ないみたいですね……でも、本当に大変だったんですからね!?」
知らんが……てか、評議会議長の娘が忙しくない訳ないだろ。
「貴方たちが街中で暴れたことの後処理とか、突然空からやってきた異形のモンスターとか、挙句の果てに神を名乗る変な連中が現れたんですよ!?」
あ、大体俺のせいだったわ。
うーむ……異界から侵略者がやってきたのは俺が原因ではないんだけど、なんとも罪悪感のあることだ……なにせ、神が復活したのも遠因は俺だし、異界の侵略者たちだって俺たちがもっと頑張れば、もしかしたら街に被害を出さずに終わらせることができたかもしれない。傲慢なことを言っている感じはするが、実際にそうだと思っている。
「神に街を破壊されたりしてないのか?」
「まぁ、してないと言えばしてないのかな……」
なんか含みがあるな。
「その……マグニカの守護神を名乗る神が現れてね? 他の神と戦い始めて……街をちょっと巻き込んだことはあるの」
「迷惑な野郎だな」
「そ、そうなんだけど……一応、本当に街を守ってくれているから、みんな言いづらいみたいで」
面白いな……神が復活するってのはそういうことなんだな。
「ここは神による被害とかなさそうね。神がいないのかしら?」
「いるぞ」
「へぇ! どこに?」
俺は屋根の上で寝転がっている堕落した美の女神を指さした後に……自分を指さした。クレアは寝転がっている見たことがない人型を神だと理解したらしく苦笑いしてから……俺が自分の身体に指を差していることに気が付いて、鼻で笑った。
「確かに私は貴方のファンだったし、尊敬はしているけど神だとは思ってないわよ?」
「いや、神の力を宿しちゃった。だから俺が実質的にこの場所の神」
「へ?」
理解の範疇を超えているかもしれないけど、実際にそうだからそれ以外の言いようがない。クレアの頭がちょっとショートしたみたいだけど、俺としてはクレアの頭がショートしても問題ないので放置。
「ヘンリーさん、ちょっとこっち!」
「おー」
アルメリアに呼ばれたのでそちらに近づくと、畑で土を弄っているリリエルさんの姿があった。アルメリアも農具を片手に汗を流しているので……2人で畑仕事をしていたらしい。
「どうした?」
「どうした、じゃなくて次は何を植えるのか教えて貰わないとなにもできないじゃないですか」
「やはりここは森の守護者が育てている」
「不味いから嫌です」
収穫が終わった畑を耕して、次に何を植えるのかって話だったらしいが……どうやらリリエルさんは森の守護者が育てている主食を植えようと思っているが、アルメリアには速攻で拒否されていた。確か……ちょっと苦みがある植物の茎、だったかな?
「不味っ!? なんて物言いだ! 伝統あるモロモロのことを不味いと言うなんて、とんでもない味覚だな!」
「本当じゃないですか! あんなパサパサして苦みの強い植物の茎を食べる方が頭おかしいんですよ」
「なっ!? 人間が変なものを食べ過ぎなだけだ! あそこに植えてあるものだって毒入りじゃないか!」
「しっかりと毒を抜けば食べられるんです! そういう努力も怠ってきた種族がいっちょ前に食べ物に対して意見しないでくださいよ!」
あぁ……意味わからない喧嘩が始まってしまったな。普通にキャベツみたいな食感の植物と、トマトみたいな赤色の野菜でも育てておけばいいんじゃないかな……どっちも美味しいから。
「またやってるの?」
「また? これいつもやってるの?」
たまたま通りがかったマリーが、今にも取っ組み合いになりそうな2人を見て呆れたように言っているのだが、またなんて言葉が出てくるぐらいにこの2人はこれをやってるの? どんだけだよ……よくも畑に植えるものを決めるだけでそこまで喧嘩できるね、君たち。
「それより、ヘンリーにこれあげる」
「なにこれ」
「ちょっと地下迷宮に行ってきたから、そのお土産」
地下迷宮ってそんなぽんと行けるものだっけ。
マリーは迷宮探索者として活動を再開したのだが、以前のようにひたすらに潜ったりはせずに気が向いたら潜り、それ以外の時は基本的にこの家でのんびりとしている。
俺が手渡された地下迷宮のお土産とやらなんだが……どうもこれがちょっと特殊な素材に見える。あくまでも感覚でしかないが、既にただの人間ではなくなっている俺の感覚はそこまで間違っていないと思う。
「なんか、よくわからない人型の喋る奴が持ってた指輪、みたいな?」
「それって神とかじゃないのか?」
「知らない。なにかベラベラ言ってた気がするけど、隙だらけだったから全身を凍り付かせてから叩き割ったから」
なんてえげつないことしてんだ。
もし、この指輪の持ち主が本当に神だったら……俺は新たな諍いの元を手に持っていることになるのでは? この指輪は普通のものではなさそうだし、明らかに面倒ごとの匂いがしているのだが。
「やっぱりここはモロモロだろう!」
「だからそんな不味いものなんて植えたくないです! 自分たちの集落でやってくださいよ!」
「世界樹の麓に住んでいる人間がこのような下劣な奴だったとは、なんとも」
「うるさい」
ずるずると黄金を操って2人の身体を縛り上げてから、畑から放り出す。元々は俺が趣味で始めた畑なのだ……2人は放り出して俺が1人でなんとかしよう。
全く……俺は1人でゆっくりと隠居するつもりだったのに、どうしてこんな騒がしい場所で過ごしているのか。生活自体は理想的だ。広い庭に、木造のやわらかに雰囲気の自宅、自由に使える畑、庭で日向ぼっこしている飼い犬……全てが理想的なのに、何かとうるさい精霊、プライドの高いドラゴン、美にうるさい神、常識が違うエルフ、手合わせを申し込んでくる獣人、師匠と呼んでくる女、そして自由すぎる元カノ……俺の平穏な隠居生活は、どこに行ってしまったんだろうな。
人生に疲れたから隠居したいってそんなにダメなことですか? 斎藤 正 @balmung30
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