第110話 変な隣人
黄金郷はなかった……正確な表現をするのならば、俺が探していたような誰もが笑顔で暮らせるような理想の都市は存在しなかった、と言った方がいいのだろうか。とにかく、黄金郷なんてこの世に存在しなかったということだけが世界の真実なのだ。
俺の話を黙って聞いていたアルメリアとマリーは、それぞれ複雑な表情をしていた。アルメリアはなんとなく落胆と失望の表情、そしてマリーは悲しみと……俺を気遣うような視線だった。
「黄金郷がなかったことを確認できただけでも、人間の歴史にとってはいいことかもな……俺もこれで、何の憂いもなく隠居できるってもんだ」
アルメリアやマリー、それ以外にも沢山の人に背中を押されて再び探してみた黄金郷の結果がこれだ。既に俺の中に燻っていた炎も消え、残っているのは無駄に人間と言う種族の限界を超えた黄金の概念を宿す者だけ。夢を手にした人間ってのは、案外こんな風なのかもしれないな。
「次は、どうするんですか?」
「次? 次なんてないさ。俺はこのまま、そうだなぁ……花畑を広げてゆったりと余生を過ごすかな」
アルメリアはなにか言いたげな感じだが、横にいるマリーがそれを止めていた。
「貴方が自分で作ればいいじゃない」
「黄金郷を? そんなことしても虚しいだけだろ」
自分で黄金郷を作っても虚しいだけ……そんな建築ゲームみたいなことをしたくて俺は黄金郷を探していた訳ではない。別に理想郷に住みたかった訳ではなかったのだ……ただ、俺は自分の夢として黄金郷を目指していただけで……ん? ならいいのか?
「俺は黄金郷を見つけたんだよな?」
「え、そ、そうね?」
「ならいっか」
そうだよ……俺は別に黄金郷に住みたかった訳でも、新たな黄金郷が作りたかった訳でもない。ただ、黄金郷が存在していたって事実を知りたかっただけなんだ。基本的に人間は自分の目で見たものしか信用しない。だから俺はそれに従って自らの目で黄金郷が確かに存在していた証拠を探していただけなのだ。
よし、これでいい。なんだか自分に言い訳したような感じになったが、実際に俺はちょっと納得してしまったのでそれでいいだろう。
「なんか勝手に立ち直ったんだけど……」
「ヘンリーさんってこういうところはちょっと気持ち悪いと言うか」
「気持ち悪いとか言うな!」
俺は普通の人間だ!
ちょっと無理やりだったかもしれないけど、自分の中で納得することができた俺は普通にぐっすり眠ることができた。翌日の早朝にはいつも通りに畑の様子を見に行き、グレイと森をちょっと散歩してから世界樹の傍へとやってきた。
「よう」
「なんか昨日より元気になったわね」
「まぁ……自分の中でしっかりと整理できたからな」
「そう……それで、私に会いに来た理由は?」
「新しい住人の要望を今のうちに聞いておこうと思ってな」
「さっさと追い出せ」
世界樹の枝の上に佇んでいた美の女神になにかリクエストとかはないのかと聞いていたら、更に上の枝からメイが人間の姿で飛び降りてきた。
「こいつをちょっと説得して欲しいってのが要望」
「それは俺にできることではないな。もっと他にないのか? 黄金で作った家が欲しいとか」
「私のこと成金かなにかだと思ってない?」
似たようなもんだろ。
「だからさっさと追い出せ。こんな場所に神を呼ぶな」
うーむ……やはり予想通り、メイは神がここにいることそのものが許せない様子。まぁ、言いたいことはわからないでもないが……流石に神だからって理由だけで追い出すのはかわいそうじゃないか?
「いいじゃない。私は戦闘能力もないんだからドラゴンよりも弱いわよ?」
「そういう問題ではない。私は神を殺すことができない……だから嫌っているのだ」
「なにそれ怖い」
「ドラゴンでこんな生物だからな……神ならちょっとは我慢しろ」
「昨日噛まれたんですけど!?」
ドラゴンの自然的な美しさに感動でもしてろ。
「枝の上に住む住人が増えてうるさくなったな」
「シルヴィ……やっぱりうるさいのは苦手か?」
「そうでもないが、いつまでも住人同士が喧嘩しているのは面倒だな」
「ねぇ、私が一方的に攻撃されてるんですけど。喧嘩になってないわよ?」
「喋るな……食うぞ!」
「ほらぁっ!?」
「……な?」
「確かにこれはうるさい」
神の癖に弱いなぁ、なんて思っていたけど、俺が出会ってきた神がみんな物騒なものを司っていただけで、概念から生まれる神ってのは大体がこんな存在なのかもしれないと思った。ニクス的にはそれでも許せないものは許せないんだろうけども。
2人の喧嘩に関しては止めるのは難しいな……なにせ種族的な問題だ。ドラゴンであるメイにとって神なんて存在は力があるなしに関係なしに目の上のたん瘤って扱いで、力がない美の女神にとってドラゴンは普通に驚異的な存在だろう。メイは世界樹の近くで生活しているから、美の女神を少し離して生活させるしかない。
「やっぱり家を建てよう」
「……黄金じゃないわよね?」
「流石にそんな悪趣味な家を作ったりはしないさ……それに、ここら辺でも美しい自然の風景ぐらいはある」
「私は別にそんなものなくても、貴方の近くならなんでもいんだけどね」
美人にそんなこと言われたらドキっとしちゃうけど、美の概念の神にとっておうごんの概念を持った存在は近くにいるだけでいいって話だと理解できると、逆にちょっとイラっとするんだよな。
「そんなこと言ってると俺の部屋の隣にするぞ」
「え、それって告白?」
「黄金で握りつぶすぞ」
「いいぞやれ」
メイが推奨してくるが、流石にそんな野蛮なことはよほどのことをされない限りはしない……余程のことをされたらやる自信はあるが。
しかし、俺にだってまだやり残したことはあって、美の女神ばかり構っている訳にもいかないんだがなぁ。
「ちゃちゃっと家を建てるからそっちに住め……家の隣でいいだろ」
「隣人ってことになるわね。やっぱり黄金の神の近くには、私みたいな美の女神が必要よ」
あぁ……要らないところで美を強調するあたりが、マジで空気の読めない美人って感じできついわ。
メイが滅茶苦茶牙を見せながら犬みたいに威嚇しているが、こんな隣人ができて大丈夫なのだろうか……大丈夫じゃないよなぁ。
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