第109話 知る権利
「黄金郷が黄金の神が存在する場所なら、貴方がいる場所もまた黄金郷じゃないの?」
「……そう単純な話でもないだろ」
森の中を歩いている俺に対して、美の女神は慰めるようなことを言ってくるが……そこまで割り切って考えることができるほど、俺だってまだ呑み込めていない。
勿論、概念的には黄金の神がいる場所こそが黄金郷なのだから、黄金の概念を力として取り込んだ俺が存在している場所……つまり世界樹の近くこそが俺にとっての黄金郷であることは間違いないのだろう。しかし、流石にそんなことを言われて「はいそうですか」なんて簡単に納得できるかどうかは別の話だ。俺は概念に縛られている神ではなく、感情と欲望のままに生きる人間だからな。
森の木々を抜けて辿り着いた先には……天を貫かんばかりに伸びている世界樹の姿があった。
「遅かったな……もっと早く帰ってくるものだと思っていたぞ?」
「ただいま、シルヴィ」
世界樹の精霊であるシルヴィが、枝から降りてきた。世界樹が成長したことで幼女だった姿から少女を呼べなくもないぐらいの姿になったシルヴィだが、未だに世界樹の精霊と言われても首を傾げてしまうような威厳の無さである。
「ん? 神か? 神を連れて帰ってくるとは……ついに神に手を出すのか? 程々にしておけよ?」
「おい」
なんで俺が手を出すことを前提に考えているのか知らないが、そんなことをするつもりは全くないぞ。そもそも、こいつに関しては勝手についてきただけで俺が好きで連れて帰ってきた訳じゃないんだから。
シルヴィに更に文句を言おうとしたら、大地を飛び跳ねるような速度で近寄ってきたシルバーウルフのグレイが俺を押し倒してそのまま顔を舐めてきた。たったの1年くらいで既に家の2階の窓に顔が届くようになってしまったグレイだが……身体はでかくなってもまだまだ心は子供のままだ。
「世界樹の恩恵ってのはすごいな」
「だろう? まぁ、人間の身体には強い影響がないんだがな……強いて言うのならば、少しばかり魔力が強い人間が多くなるぐらいか?」
「充分だと思うけどな……よいしょっと」
グレイの鼻を撫でながら立ち上がり、俺は世界樹の根元から広がる花畑に目を向けた。
俺がここに引っ越してきたばかりの頃に植えた花の種……それらが世界樹の力によってポンポンと咲いては種を落とし、それが簡単に次の花を咲かせている。1年の間に何回の世代交代をしたのかと思うぐらいに花が咲き乱れているのだが、俺が最初に思い浮かべた光景が簡単にできてしまったのは老後の目標がなくなってしまったみたいでちょっと困るな。
「大地母神の領域……世界樹のことだったのね」
「まぁな……あってはいるだろ?」
「うーん……宝石も大雑把に言えば石、みたいな理論で言えば?」
あってるだろ。
「それにしても、黄金の概念を持ってる癖に黄金は全く使っていないのね……趣味?」
「あんまりうるさいとお前の身体を黄金にするからな」
「酷くない? 神に対してあまりにもあたりがきつすぎると思うんだけど」
胸に手を当てて考えてみやがれ……俺は神って存在が心底嫌いになっているんだから。
しかし……自然的な美しさを象徴するような美の女神からして、この場所は足りないのだろうか……俺としては森の中に突然現れる巨大な樹木ってだけで既に美しいと思えるんだけども。
ざーっと強い風が吹き、森の木々が揺らめきながら幾つもの木の葉を散らしている。俺はこちらに飛んできた木の葉を全て黄金に変え……そのまま風に流す。本来ならば黄金にした時点で全てが重さによって地面に落下するが、俺の生み出す黄金はそれらを無視することができる。正確には、そういう風に生み出したり操ったりすることができるってことなんだけどな。なにせ概念そのものを操る力だ……物理法則なんて知ったことではない。
「綺麗……」
美の女神の目にも、黄金色のまま舞い散る木の葉は美しく見えたらしい。
「やっぱり、君が生きているここが黄金郷だよ。私はそう思った」
「そうか……なら、この家の名前も黄金郷にするか」
「ダサいからやめろ」
シルヴィに即座に拒否された。
「んふふ……やっぱり私のこと好きになったんじゃないの? 私の為にやってくれたんでしょう?」
「……」
地面に落ちた黄金の葉を手に取りながら微笑む女神を見て、俺は一瞬だけ目を奪われていたが……口から出てきた言葉を聞いて額に青筋が浮かんだのを自覚しながら、風に舞っていた木の葉全ての重さを黄金と等しくする。
「いたっ!? えっ!? なにっ!?」
ボトボトと、音を立てた落下してくる黄金の木の葉に困惑しながら頭に当たったことで涙目になりながら草花の間を走る美の女神を無視して、俺はそのまま家の扉を開けた。折角、人が色々と考えてちょっと綺麗な光景を見せてやろうとしたのに、ちょっと調子に乗った言葉を吐かれてイラっときた。やっぱり神ってクソだな。
「え……お帰り、なさい?」
「ただいま」
扉を開けて家に入ったら、アルメリアになんでこんな早く帰ってきたんだみたいな顔をされた。まぁ……黄金郷を探しに行ってくるなんて、帰ってこない宣言にも近しいものに聞こえたんだろうけども、俺は最初から帰ってくるつもりはあったからね。
目をパチクリとさせながらこちらを見つめているアルメリアとは別に、ゆったりとした動きで椅子から立ち上がったマリーから、凄まじい怒気を感じた。アルメリアにはゆっくりと説明したけど、マリーには殆ど何も言わずに出て行ったからそれに関してだろうな。
「もう帰ってこないかと思ったわ」
「悪い……黄金郷見つけたから帰ってきた」
「そう、それがいい訳……え?」
「見つけ、た?」
「あぁ……正確には黄金郷に関する全ての真実を見つけたってだけの話なんだが」
これに関してはしっかりと2人に説明した方がいいだろうな。なにせ、俺がどれだけ黄金郷を求めてこの大地を彷徨っていたのかを、この2人はよく知っているから。そして、この2人は俺と共に黄金郷を探したことがあるのだから……その真実を知る権利がある。
「色々と話したいことはあるんだけど……今はちょっと頭の中を整理させて欲しい。俺としても簡単に受け入れられる話ではなかったし……2人にとってもそうかもしれないからな」
「そ、そうなの?」
さっきまでの怒気はどこへやら……マリーの目には心配という感情が乗せられていた。まぁ……普段通りの俺ではないだろうからな。
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