最終話

 ふりしきる雪のように、ゆるやかに、時間軸は流動をつづけた。

 やがて、遥かなる時をこえ、エレベーターから、ふたりの少女があらわれた。  


 幼児ほどの背丈の子、もう片方は、身長の高い子であった。

 丁寧なつくりの上等の服をきている。

 手をつなぎ、雲の上をあるくように、慎重な足取りで、一本道の長い洞窟をあるきだす。

 ……洞窟の中は真っ暗であった。壁にかけられたランプは、すでに電池が切れ、コケにおおわれている。ふたつの影が、くらやみのなかをうごめき、わずかにもれでる光のほうへあるいた。


 洞窟をでた先は、白銀と灰の世界だった。


 おおきな氷河が周囲をかこんでいた。

 兵器の残骸とおもわれる黒い鉄骨が、ころがっていた。

 灰色の土は、やわらかい。内部が腐食しつつあるのか、踏みしめると水音を鳴らしながら、深く沈む。

 焼け落ちた切り株の空洞に、空からふる、濁りきった灰と雪がつもっていく。

 背の高い少女が膝をつき、激しく咳をした。喉をおさえながら、苦しそうにのたうちまわる。もうひとりの少女が彼女の背中をさすった。


 

 葉が銀に変色した木々のならぶ森のなかで、崩れかけた鉄くずをみつけた。それはよくみると飛行機の残骸であった。中をしらべてみると、コケと蔦に覆われたコックピットのうえに、黒色の仮面がおいてあった。もちあげると、黒いかけらとなって、くずれた。


 やがて、森をぬけると、ちいさな町の廃墟があった。

 鉄で作られた建物だが、経年の劣化、それから空からふりつづいた積載物によって、そのほとんどが、へしゃげたケーキのように、湾曲している。

 壊れた水道をひねってみると、黒色の液体が、わずかにしみでた。

 人がいるかもしれないと、ふたりは家一軒一軒をまわってみた。

 だれもいなかった。


 存在しないのは、人だけではない。

 動物、魚、昆虫……ありとあらゆる動物がみえない。

 彼女たちは食料をさがしたが、なにもなかった。黒色の実をつける樹をみつけたが、その根元には、大量の動物の骨がころがっていた。

 ちいさい少女は、汚れた水を飲み、雪をたべることで空腹をしのいだ。

 しかし、背丈の高いほうは、無理してたべても、吐いてしまった。




 眠る場所をさがすべく、大樹の洞に入る。

 少女は腐食のすすんだ幹に耳をあて、命の息吹を聞き取ろうとする。

 無音。

 雪はすべての命の音をかくしている。

 まるで、星は眠りにつくように、しずまりかえっていた。

 もしかしたら自分たち以外の生き物は、すべて息絶えたのかもしれない。

 どちらかがいった。

 空腹のため、眠ることが困難であったが、気絶するように眠りにつく。しかし、背丈の高いほうの子は、悪夢にとらわれたのか、夢うつつのなか、狂ったように、首を爪でひっかきつづけていた。傷跡から、血が滲みだし、地面の雪をぬらしていく。ちいさいほうの少女は、そのたびに目をさまし、彼女の手を止めさせようとした。


 そうして、雪のふる山をこえ、灰のふりしきる都市の廃墟をこえ、武器の残骸がちらばる河をこえた。そして、過去には『帝国』とよばれ栄えていた土地の、城の残骸に身をひそめていた夜のことだ。

 今宵はすこし、雲が切れ、月明かりがさしこんでいる。

 みて、とちいさいほうの少女が夜空をゆびさした。

 わー、と床に伏していた少女が感嘆した。

 光で作られた、巨大な帯が、夜空をよこぎっていた。

 その様は、宇宙に光の花が咲いているようだった。

 ふりしきる灰が、その光たちをうけとり、乱反射している。

 きれい。ふたりはつぶやく。

 大気に放出した汚染物質が、まざりあい、化学反応を起こして発生したものだが、ふたりにとってはそんなことはどうでもよかった。この光がふたりの生への祝福のようにおもえた。神があたえた最後の慈悲のようにおもえた。

 背の高い少女は、光の帯をみつめながら、こともなげになにかつぶやいた。

 ちいさい少女は、目をおおきく見開き、しずかに深呼吸したあと、目をとじた。やがて、目を開くとうなずき、目に青色の光を宿した。

 



 翌朝、少女は簡易的な墓を作る。

 飢えをみたすため、自身の肉を食べてほしいと遺言をうけとっていたが、できなかった。せめて、自分とおなじぬくもりのものにつつまれてほしいと、彼女の肉体を凍りつけにし、埋めることにした。

 墓標のかわりになるものがみつからなかったため、折れてしまった、銃の半身を立てた。


 ひとりぼっちになってしまった少女。

 それでも少女は、生きつづけた。

 よごれた水を飲み、よごれた雪をたべ、よごれた灰を胃に入れた。

 生きなくては。

 その想いだけが、彼女の食欲をかきたてる。


 でも、なんのために? ……きまっている。まだ、この星に生きている、仲間にあうためだ……。

 仲間? 

 ……仲間とは、誰のことだ?

 私は誰ダッケ。

 リュウ、イヤ、ヒト、ダッタカ?


 栄養不足、あるいは悪食が原因なのか、少女の肉体は変形していく。


 牙が抜け落ち、鋭利なものにかわった。

 尾てい骨が急激に盛り上がり、強靭なしっぽが生えた。

 背中の肉が発達し、世界を観察しに行くための、風を切る青色の翼を手に入れた。


(……ナカマ。ナカマヲ、サガサナキャ)


 氷竜は、翼をはためかせ、灰と雪の舞う空へとびあがった。

(デモ、ナカマ……ッテ? ワタシ、ッテ?)

 混濁とした意識にとらわれながら、いつかみた記憶がうつしだされる。

(……ハナ? クロイロノ、ハナ)

 かがやく黒い花の広場を、少女の手をひいて歩く光景――。

(カ……シナ……?)


 そうして竜は、もうだれもいない星の空を、来る日も来る日も、さみしげに鳴きながら、とびまわりつづけた。




 それからさらに二千年後。

 のちに繁栄した生命体は、その竜の躯を苗床にして咲く花をたべ、成長した。

 すべての生命の母となる竜。

 とある書物は、その竜のことを『始祖の竜』と記している。


                            おしまい

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催氷竜 木目ソウ @mokumokulog

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