第24話

(……なんの話だ? 私はそんな花しらない)


 馬の嘶きをきき、私は花白の独白から意識を逸らした。


 雪煙のなか、馬の群れがあらわれた。

 馬の上には、ゴーグルをつけた男が乗っている。

 彼らの腰には、皮袋につつまれたナイフと、自動小銃がつるされている。


「とまれ」先頭の男の指示で一団がとまった。

「なんだオマエらは。たくさんの動物をつれて。百鬼夜行の集団ではなさそうだが……。どこかのサーカス団の一味かもしれんな。着ている服も上等だ。おい、小娘」

「白亜は子供じゃない!」

「ハン……どっからどうみても、ただのガキだろ。おいオマエ、なにか金目になりそうな物をおいていけ。さもなくば殺す」男が自動小銃に手をのばした……。氷の力を使えば弾を止めることはできるけど……、あれはうるさいから嫌いだ。

「そんなものはない」身なりからして粗暴な連中だ……。この手のタイプは口で訴えても伝わらない。

 竜の力で逃げるとするか。

 そうおもった時、男のひとりが、花白に手をのばした。

「ケ……まぁいいや。じゃあそこの馬に乗った姉ちゃんを置いていきな。なかなかの上玉っぽいぜ。これは高く売れる」

「やめろ! 花白にさわるな」男たちの手を払いのけようとした拍子に、ローブにしまっていた葉巻がおちた。

「な……オイ、それ」先頭の男がその葉巻をひろいあげた。「まちがいねぇ。カプーじゃねーか……どうしてオマエがもっているんだ」

「リーダー、そのタバコ、そんなヤバいんすか」

「あぁ……売れば三年は遊んで暮らせる。おい、小娘。こいつをよこしな」

「ほしけりゃあげるよ……。私には必要のないものだ」

「そうか。ありがとな。なにか礼をしないと」

「そんなものはいらない。私たちに手をだしさえしなければ、なんだっていい」

「そうか。じゃあせめて、その女の子にこのきつけ剤を飲ませてやれ」


 男が保温箱からとりだしたのは、ミルク色の液体の入った小瓶だった。

 彼らがいうには、この雪には『バウロ・ダークガン』に混ざっていた、汚染物質がふくまれているという。

 それを吸いすぎたため、花白は、一時的な酩酊状態に陥っている。予防をしないままに吸いすぎると、脳が壊れる可能性がある。

 男たちのなかには元医者がいた。

 彼が作った薬を飲めば、たちまち寛解するという。

 彼は経口用のスポイトを使って、花白に薬を飲ませた。


「私ものどがかわいた」

「オマエも本当は薬を飲んだほうがいいとおもうが、なぜ平気なんだ」

「ジュースちょうだい」

「オレンジジュースでいいか?」

「じゃあそれで」

 オレンジがプリントされた、ジュース缶をもらった。

 男たちは火事場泥棒にいく途中だったという。

「俺たちの国は帝国に消され、そうでもしないと生きていけないかった。でも、オマエがくれたコレのおかげで命拾いしそうだ」

 ゴーグルの男たちは、雪煙のなかにきえていった。

 しばらくの間、馬の嘶きがかすかにきこえていたけれど、やがて、きえた。


 凍りついた湖を横断し、私たちはシェルターに通ずる洞窟にたどりついた。

 洞窟に入る前に、動物たちに別れのことばとお礼をつげる。彼らは今から、南の森をめざすという。

 洞窟内をうっすらてらす、ランタンの仄かな光の下を歩く。

 花白は、子供のように、メソメソ泣きながら、私のあとについてくる。


 もう子供のころの話はしなかった。

 彼女は、ただひたすらに、帝国でお世話になった人たちへ、謝っていた。


「あ……あれ? 私、すこし眠っていましたか?」目に光をとりもどし、顔色がもどった花白は、キョロキョロと周囲をみわたした。「ここどこ?」

「花白は雪のせいで少しおかしくなっていたんだよ。通りかかった盗賊たちが助けてくれた。ここは例のシェルターさ」

「あ……そうだったのですね。盗賊さんたちに、いつかお礼をもうしあげませんと」

花白はしばらくの間、シェルターのなかをウロウロしていた。

 カプセルをペチペチ叩き、自動扉の開閉ボタンを無意味におす。

 冷蔵庫に入っていた年代物のワインをもちあげ、「おー」とよろこぶ。

 裸で眠った死体をみて「きゃあ」とかわいらしく一度だけさけんだけれど、すぐに慣れたみたいで「すごいですね。腐っていない」と肉体を観察していた。

「幸せそうな寝顔にみえるかい。彼らは自らの利益だけをもとめて、のうのうと眠りについている」

 私は薬液の残量を確認する。

「姉さんの寝起きの顔よりは幸せそう」

「そうかね……用意はいいか? 私たちも今からここに入る」

「あのー長い眠りにつく間、暇なんですかね?」

「眠っているからわからないんじゃないかな? 睡眠ガスと、神経系を麻痺させる薬液は、脳の働きを完全に停止させるから、夢すらも凍りつくのかも」

「まぁでも……退屈するといけないから、今日は夜遅くまでいっぱいお話して、そのあと眠るとしましょう」


 そうして、一生分のお話を花白とかわしたあと、私たちはカプセルに入った。

 頭上が密閉されるけど、空気が自動で循環する仕組みになっているから、くるしくない。被験者をリラックスさせるためか、ピンク色の光が空間をみたした。むかいのカプセルに入った花白が「おやすみなさい」とくちびるをうごかし、微笑んだ。青色のガスがカプセル内を充満する。催眠性のガスだと認識した時には、すでに目蓋が重くなっていた。足元から薬液がしみこみだし、体が冷たく、凍りついていくのがわかった。


(あぁ、すっごく眠たい……あ、そうだ……)




 うすれゆく意識のなかで、私はおもいだす。


 花白がうわ言でつぶやいていた、黒色の花――。

 彼女の言う通り、私はその花の存在を知っていた。文献などで学んだわけではなく、刻み込まれた竜の魂が記憶していたのだ。


 

 花白はその黒い花に希望を見出していたようだけど、その花には「死素」がふくまれている。死素を溶液に溶かし込む、あるいは、エキスを抽出して、化学兵器として利用すれば、生物を簡単に死に至らしめる。『バウロ・ダークガン』にふくまれているものとおなじだ。だから、その花は、本当は「死の象徴」の花だ。


 そして、その黒い花は、竜の躯を苗床にして咲く。

 私の中にも『死素』の源がふくまれている。


(……でも、しらなければいいか。

 花白がその花をみて、希望を見出したのなら、それで)

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