第23話

 こうして姉さんとふたりで歩いていると、幼い時をおもいだす。


 私たちには親がいなかった。

 

 母親は何者かに輪姦されたショックで、身投げをしたときいた。

 壊れてしまった胎内には、私と姉さんが宿っていた。藪に埋もれた、母の中で泣く私たちを、だれかが拾い、興味半分に育てた。

 やがて、私たちは高架下に捨てられた。おそらくお金がなくなったのだ。

 姉さんはしらないかもしれないが、私は医師にDNAの検査をしてもらったことがある。

 父親の情報をしるためだった。

 検査の結果をみて、医師は、首をひねり、もっと大きな病院で、検診をうけるべきだといった。その好奇の宿った目をみて、彼は私たちに最善を与えるためではなく、「金目になりそうサンプル」として認知していることがわかった。


 姉さん、……私たちの父は「異種生物」の可能性があるみたい。

 母さんという土の上にばらまかれた、人間ではない種から、私たちは生まれた。

 その生物は……なんだろうね? 竜、かな?

 けれど、だからなんなの? 

 姉さんの手、あったかい。

 私たちは手をつなぎあうことができる。

 それだけで、いいじゃない。私たちは何者からも迫害の対象になることもなければ、見世物のための玩具でもない。


「花白……風のなかに水の音がまざっているのがわかるかい? 湖がちかくなっている。もうすこしの辛抱だよ」

 私の手にはランタンとカバンがあった。

 だから、彼女と手をつないでいない。

 だれかと手をつなぐ空想を、彼女はおもいうかべている。




 自我が宿るまで、私は非常に泣き虫な存在だった。

 

 私はよく、路傍の石ころにつまずき転び、泣いていた。ありもしない、母のぬくもりをもとめては、くらやみに手をのばし、泣いていた。姉さんもよく泣いていたけれど、姉さんは深夜にひとり、月夜をみつめ、ぶつぶつとだれかにむけて話しかけていた。姉さんは母さんの霊がみえ、そして慰めをうけているのだとおもい、うらやましくおもった。

 私は闇夜をぬけだした。

 雨がふる夜だった。

 幻めいた、あざやかな光を放つ蝶が、私を森のなかに手招きしている。なぜだかそれが、母なのだとおもえた……あるいは、追いかけた先に、母がいるのだとおもった。森の土は雨水でぬかるみ、私の足はあっという間に泥まみれになった。しかし私は蝶を見失ってしまい、雪をまとった木々の群れにかこまれた。私の体はちいさく、木はとても大きく……巨大なオバケが、ひとりぼっちの私を食べようとしているみたいで、私は泣いた。どのくらい泣いたかな、いつのまにか、木々のすき間に、目を青く光らせた、姉さんが立っていた。

 姉さんはいった。「そこに花が咲いている」そういって地面をゆびさした。そこには、ふりつもった雪の中、数本の黒色の花が咲いていた。夜に咲く黒色の花なのに、わずかな月明りをあびて、あやしげに光っていた。「その花は死者の魂を苗床にして開花する。もしかしたら、おまえの求めた人物の魂かもしれないな。帰ろう、眠る時間がなくなってしまう」姉さんは私の手をひいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る