第22話

「仕方ない。どこかに着陸して、吹雪がやむのを待とう」

 緊急着陸システムのスイッチを押す。

 自動で着陸できる場所をさがしだし、ルエル・アータは、高度をおとしていく。


 着陸後、花白とチェスをした。

 吹雪はさらに強くなっている。

「チェックメイト」花白がナイトの駒をうごかした。

 暖房機が停止した。

「なに?」

 まもなく、機内の明かりが消えた。

 モニターをたしかめると、ルエル・アータのバッテリーが落ちていた。


(もう、飛べないのか?)


 非常用ボックス(「ピンチの時に使ってくれ」とメモ書きが貼ってある)たるものがあったので、開封すると……黒騎士の仮面が入っていた。

(クソがっ……)

「姉さん! 仮面の下にもなにかあるよ!」

「うそっ!」

 一瞬喜んだけど、残念ながら、自費出版したと思われる、黒騎士の自伝本であった。(黒騎士が腕を組んでこちらをみている写真が表紙だ……)それから葉巻が数本。これは、吸引すると、高品質な多幸感を味わえると貴族に人気な一品で、高値で売れる。アンティーク物のライターもおいてあった。

(なるほどな……)

 私たちは、ライターで自伝本を燃やし、暖をとった。


 火がついえると、機内の気温が急激に落ちていった。

 くらやみのなかで、花白の息づかいをきいていた。

 カタカタと歯を鳴らしていた。

「寒い……」

 機内にあった毛布を彼女にあたえる。

 人の体は寒さへの耐性が低いため、放っておくと花白は死ぬ。

 すこしだけ考えて、私はいった。

「外に出よう?」

「エ」花白は寒さのせいか、ぼんやりしている……。

「このままここにいても凍死するだけだよ。歩いてシェルターまでむかおう。空から目印の湖がみえた。それほど遠くはないよ」


 雪につつまれていた。

 黒色のルエル・アータの機体は、雪に埋もれ、白く染まりつつあった。

 電子系統のどこかが破損しているのか、底部から白い火花がもれでていた。

 

 私は花白の手をとった。

 冷え切った氷に触れているようだ。つかまえておかないと、壊れて、バラバラになってしまいそうだった。

 雪に足をとられないよう、ゆっくりと森のなかをすすんだ。経路はあっているはずだけれど、この一面の白色は、方向感覚を狂わせる。

「姉さん、どこにいるの?」花白の声が背後からきこえる。雪煙につつまれ、彼女の表情はうかがえない。

「エ」

「ひとりにしないで」

「手をつないでいる。わからないのか?」


 氷竜と交信する。

 この吹雪の力は異常だ……。近頃の竜は、星の恐慌の波を感受し、非常に不安定であった。飛び方が乱れ、どこかに体をうちつけ、きずつけていた。

 もしかしたら、竜の力が暴走し、吹雪を起こしているのかも?


(竜よ……きこえる? オマエの力でこの吹雪をどうにかしておくれ……。花白が死んでしまう)

 しかし、竜からの応答はなかった。いつもなら、羽ばたきの音か、うなり声で返事してくれるのに……。

(竜……寝ているのか?)

 心の奥底でふるえているのかもしれない。私は先をいそいだ。花白は、歌っているのか、あるいは、夢見心地にとらわれたのか、ありもしない、虚言を吐いている。


 転びそうになった時、ちかくにいた鹿が助けてくれた。彼の背後には、動物の群れがあった。彼らは一様に無垢な瞳で、私のことをみつめていた。

「ありがとう。君たちは、この森にすむ者か?」

 動物たちのテレパシスを受信すると、近隣の国にすんでいた種類のようだった。

 読みとるうちに、彼らの心が傷だらけで、爛れていることがわかった。

 彼らの土地は、火によって燃やされ、焦土となっていた。

 流れ弾にあたり、血肉をつらぬき、多くの仲間をうしなった。

 漂流をくりかえすうちに、始祖の風の音をきいた。

 たどりついた先が、この森のなか、そして、私たちだった。

「この子は私の妹なのだが、寒さにより、死にかけているのだ。毛皮をもつ者たちは、彼女を囲い、温めておくれ」

 一匹の巨大な牡鹿が足をおり、花白を背負いあげようとした。

 だが、花白は完全に脱力しており、おもうようにいかなかった。

 クマと協力して、なんとか花白の体をのせる。

 私はルエル・アータよりもちだした毛布を、彼女の背にかぶせた。

(よし……あとはいそいでシェルターにむかうだけだ……)

 シェルターの場所をたずねると、湖の場所ならしっていると、鳥たちがこたえた。

 私は鳥たちを先導させ、その後をおった。


「姉さん、寒い……こわいよ」

「もうすぐの辛抱だよ、動物たちが、私たちを助けてくれた」

「ひとりにしないで。手をにぎっていて。もう、かしろ、こわいのやだぁ」


 小鳥のさえずりのような、たよりない泣き方だ。

 極度のストレスにより、花白は子供返りをおこしているようだ。

 この強力な吹雪は、彼女の泣き声をいともたやすくかき消してしまう。

 私は、耳をすませて、花白の声をきくことにした。

 

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