第21話

 冷凍睡眠について説明をしおえると、機内にあったティーカップセットで、私たちはお茶を飲むことにした。

 液体を温める火種がなかったので冷たい。

 竜は猫舌ではないけど、氷が好きだから、冷たいくらいがいいのかもしれない。

「おいしい」

 ふと、窓の外を巨大な鳥がとおりぬけていった。

 よくみればそれは鳥ではなく、どこかの国の小型飛行機だった。

(観光用、あるいはレジャー用のものではないな)

 帝国の方角にむかっている。

 殺意を内包している。危険な殺戮兵器が搭載されている。


 冷凍睡眠シェルター到着予定時刻は、あと二時間ほど後――……。




 お茶をおえると、花白は「バウロ・ダークガン」で死んだ兵士たちのために祈りをささげた。


「黒騎士は死んだ。竜の生き残りは私だけだ。竜の保存を図るべく、私は冷凍睡眠を選択する」


 花白は目をあけた。


「先ほど姉さんがいっていた冷凍睡眠ですが、未来に願いをたくせば、よりよい未来が待っているのでしょうか? 竜と人が手をとりあえるような」

「それはわからない。百年前も今も、黒騎士は迫害の対象になっているのだからね。でも、これをみて」


 私はポケットにいれていたモノクロ写真をとりだした。

 先日、裏通りの露天商から、高値で買った写真だった。

 映っていたのは、てっぺんのとがった鉄塔がたちならぶ、開発途中の町だった。

 先端からは特殊な電磁波が放出されており、敵国の空爆を察知する役目がある。

 

 鉄塔の先端には、小型動物の躯が突き刺さっていた。

 おおきな肉食鳥が、じぶんのエサを保管するため、かざりつけていた。

 巨大な冷域につつまれた上空は、天然の冷凍庫の役目を果たしていた。

 血肉を新鮮なままで凍結させ、肉質をひきしめる効果がある。


「これ、私たちがすんでいた町だよ。すっかり燃やされちゃったけれど、帝国が開発をつづけて、今はこんなに立派な塔がたっているよ。

 人間というのは破壊もするけれど、躯を積み上げることによって進歩もしている。

 もしかしたら百年後には、私たちの住みやすい世界ができているかもしれない。

 どちらにせよ、この星は今から火に包まれる」

 火は科学を焼き尽くし、灰で埋め尽くし、その大地に植物が根を生やし、ふたたび種が星にちらばる。

「私は熱いのはきらいなのだ。ずっと、氷の世界を生きてきたからね。花白もいっしょに、眠ってくれるかい?」

「姉さんが百年後の世界を採択するなら、私もそうします……」

 フン、と私は鼻を鳴らした。

「気負うことはないよ」

 そして、いった。


 黒騎士がいうには、私たちすべての生命体は、その時間軸にあらわれた、ただの座標にすぎないのだ。

 座標は存在すること、それだけが役目だ。それ以上の役目を担おうとすれば、崩壊に陥る。傲慢な人間たちは、自分の役目を高等視しすぎた。時間軸に出没した座標は潰れてしまい、それはシミとなり、『汚れ』となる。

 それが現状なのだよ。

 私たちは時間軸を移動するわけだが、だからといって、座標であることを放棄するわけではない。

 私たちは、ただ、存在していればいい。


「時間軸なんか関係ない。気ままに風をあび、水の音をきき、雪の舞う雪原を歩き、竜の羽ばたきの音で眠りにつく。

 おっと、なにより大事なことは……。

 百年たてば、きっと、帝国タワーのような巨大なパンケーキが開発されているとおもうよ」


 私がいうと、ようやく花白はすこし笑った。


「でも、座標だなんて、そんな無機質なことばでくくらないで。

 そうね……私たちは花になればいいじゃない。

 花も、うごくことはできないし、踏まれてしまう定めから逃れることはできないけれど、毎日争うこともなく、風の心地よさにゆれ、陽の光のために一生懸命に生きている。

 私たちも、百年後に咲く花になりましょう」


 ふいにアラートの音が鳴りひびいた。

 窓の外は真っ白。

 ルエル・アータの航路を確認すると、曲線をえがいてた。

 機体がすこしずつ傾きだし、テーブルにおいていたグラスがおちた。

「蛇行しているみたい……」

 強力な吹雪に翼がからみとられ、おもうように飛行できない。

 氷のつぶてが機体にあたり、バチバチと音を立てている。

 モーターの力が弱まっているため、どこかに着陸するよう、モニターに指示がでていた。

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