第20話

 ルエル・アータを解錠する。コックピットのモニターに、起動に関するマニュアル文がながれていく。

「よめない……専門用語で書かれている。君たち、よろしくたのむ」

 面倒な作業は兵士に任せて、さて、空でも見ようか。

 今日も雪と灰がふっている。

 黒色の鳥の群れが、あわてた様子で西の空をめざしている……。

 家に帰ろうとしているのか、どこかに逃げようとしているのか、わからない。


 屋上のへりにあった段ボールの上に立つ。

 ここから、金網越しに、城下街をみおろすことができる。

 酒に酔いつぶれたのか、雪をかぶって、人が眠っている。

 血を流して倒れている人もいる。

 刃物をもって、人を脅している人もいる。

 見えはしないけれど、町は、黒々とした霧のような、悪意と恐怖にみちている……。それは、帝王の心の闇が具現化したようだった。そういえば、恐怖とは感染症のようなもので、放っておけばお友達にもつたわるのよ、だから手をつなぎ、笑っていなさい、と孤児院のシスターがいってたっけ。

 



「白亜様、準備ができました!」

「ウム。ごくろう」私は段ボールからおりた。

「ひどいものでしょう? 各地で暴動が起きているのです」

「煙となんとやらは高いところが好きときく。帝王が王室を高所に選んだ理由がよくわかる。なぁ君たち、王は私のなかに竜をみたといった。もしもの話だが、本当に私のなかに竜が住んでいたらどうするかね?」

「え……そうだなぁ」一番若い兵士が、困ったような顔をした。「べつに俺はそれでも白亜様に忠誠を誓いますよ。別に竜にひどいことされたわけじゃないし。それに、白亜様のなかにすんでいる竜なら、やさしいにきまっている」

「いいこというじゃないか」オッサン兵士がウムとうなずいた。

「私も同感です。白亜様はそれでも恩人ですから」

「そうか。なら、よかった。私の中には竜がいる」

「エ」

「王は無能のくずであったが、良い目をもっているようだ。人の中にも、おまえたちのような粋な者がいるとしれてよかった。では、ゆくとしよう」

「待ちなさい!」

 ルエル・アータに乗りこもうとした時だった。

「花白か……」発着場入り口に、乱れた呼吸を必死に整えようとしている、花白がいた。……すごく怒っていることが、一目でわかる。

「どうしてここに?」

「給仕のおばさんが密告してくれました。荷物をまとめた姉さんが、兵士につれられ、どこかへむかっている、と。やはり王様が姉さんの暗殺を企てているうわさは本当だったのですねっ! 逃げるおつもりなのでしょう? なぜ私をおいていこうとするのです」

「だって……花白は」先日、公園でみた、花白の横にいた男の子のことをおもいだす。「私はずーっとおもっていた。おまえは人間だ。……好きな男がいるのだろ? おまえは、人間として、幸せの道を歩むことができる。私は竜であり、迫害の道を歩むことになる。おまえまでいっしょに歩む必要はない」

「なにをバカなことをいっているのです! 姉さんのいる場所が、私のいるべき場所です!」


 灰がふりしきる視界に、花白はとけこんでいく。目をそらせばそのまま、みえなくなってしまいそう。


(けれど、私についてくるということは、あの男の子はいいのか?)


 花白の目には、涙のあとがある。

 氷竜の目を使い、花白の心を解析する。

 あふれていたのは、恋慕の念だった。


「姉さん、心をみているのでしょう」

「……」

「いいんです! あんな体目当てな男、私からフってやりましたよ! 私は、一生姉さん一筋なのです」それはうそだ。花白が部屋で、殴り書きの置手紙をかいている様子がのこっている。男の子への感謝と、別れのかなしみをつづったものだ。

「そうかね」氷竜の目をとじ、人の目で、妹の目をみつめる。花白も私をみている。――いつ以来? ひさしぶりに花白と見つめあった気がする。私はまだスズメのようにちいさいけれど、花白は白鳥のようにおおきくなり、澄んだ瞳を手に入れた。「じゃあ、ついてきて」


 花白は泣いていた。

 ルエル・アータ内の椅子にすわらせ、頭を撫でた。

 今だけは、泣くといい。

 星がかなしみにつつまれようとしている。

 今日は私が君の傘になり、守るとしよう。


「あ、あの~」

(兵士たち、まだいたのか)

 彼らはルエル・アータの前に立ちすくんでいる。

「恥ずかしいところをみせてしまったね。今度こそ出発だ。そうだ……ここまでしてくれたお礼をやらねばな。私の部屋にあるすべての物を、君たちにやる。金もあるが、高価で売れる物もあるはずだ。好きにしたまえ」

「エ」

「あぁそうそう。パンダ君には毎朝、エサをあたえるように」「は?」自動飛行機、ルエル・アータは浮上を開始する。通用口から身をのりだし、私は兵士に手をふる。

「ただの笹の葉ではダメだ。あのパンダ君は高級嗜好だからね、高貴な笹の葉をたのむよ。ではさらばだ」

「は、はぁ……」


 これで帝国が火の海につつまれようとも、等身大パンダ君は安心だな……。


 

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