第19話

 ドアの前に、ランタンをもった、兵士が三人たっていた。

 いずれも施術をした過去があり、顔なじみな男たちであった。

 いつも大事そうにかかえている自動小銃をもっていない。

 沈痛な面持ちでうつむき、今にも泣きそう顔をしていた。

「なぁに? こんな朝早くに? まさかとはおもうけど、夜這い? ふつーに犯罪」

「い、いえ……私には妻子、それに飼い犬までおりまして、決してそのような不貞は……」

「犬見たいかも。で、何の用?」

「あぁ、そうでした。白亜様、すぐに逃げる準備をしてください。昨夜遅く、王があなたを処刑すると宣言なされました……」


(私の命は、帝王のお眼鏡にかなうほどのものだったのかしらん?)


 氷竜の目をつかって、兵士の心を解析する。

 水のように透きとおり、澱みはない。 

 彼らはウソをついていない。


 密偵のいう通り、王は、黒騎士につづいて、私を殺す気だ。


「どうして?」

「は……。王は、白亜様の治療を受けた時、竜をみたそうです」

「うける」笑えないけど。

「黒騎士様の殺害の理由にも、竜の名をあげていたとききます。王は、黒騎士様との会食の時、彼に眠る竜の気配をかんじたといっておりました。竜を帝国に残しておくわけにはいかない。古文書にある通り、いずれ、国に災厄をもたらす禍根となる。帝国の長たる私がこの手で始末する……と」

「マジうける。ハッハッハッ……」帝王をまねて、作り笑いしちゃお。ンー、うまく笑えない。あの王、マヌケそうな顔して、千里眼でも持っていたのかしら。狂った脳には、魂の保管場所という、ちいさな空洞があり、そこには神がまぎれこむと花白がいっていた。彼にも、神がひそんでいたのか?

 ……いや、そんな大それたものじゃない。

 死霊でも飼っていたのだろう、竜よりたちが悪い。

「もしかして、あのすごいバズーカを白亜の部屋にうつの? 王様の部屋もやばいんじゃない?」

「えぇ……だから王様は、都にひそむ暗殺集団を雇ったそうです。今日の深夜、白亜様の部屋におくりこみ、事故死にみせかけて殺害する予定でした」

「王様ともなれば交流関係が広いのね……下水にすむネズミさんともお茶会を開いているんじゃないかしら」

 王を卑下する私の発言に兵士はあわてるそぶりをみせた。

「だいじょうぶだよ。こんな離れの物置に、朝早くから人はこないから」あくびをした。朝早くから調査書をよんでいたから、まだ眠気があった。部屋の隅に鎮座している等身大パンダ君のぬいぐるみのお腹にくるまって眠りたい……。あれが本当の『包容力のある草食系男子』というものだ。世の婚活女子は、皆パンダ君と結婚すればいいのにね。


(いや、この部屋から逃げるなら、パンダ君ともお別れか……)


「それで、アナタたちは私を逃がしてくれるために、わざわざカギをあけにきてくれたのね?」

「はい。大きな声ではいえませんが……王様は狂っておられます。なにが現実で、なにが妄想なのか、区別がつかなくなっている。文明の発達した時代に竜なんて……バカげていますよ。そんな狂った理由で白亜様に死んでほしくないというのが、我々、ほとんどの兵士の意向です」

(ア、やばい。こんなしょぼくれたオッサン兵士なのに、キュンキュンきちゃう)

「わかりました……今日だけは特別に、私をお姫様だっこにて運搬する許可をだします。すぐにつれていって」

「い、いえ、私は先日ヘルニアを患いまして……。オイおまえ、白亜様をおんぶしてさしあげろ」

「……冗談よ」

「は、はぁ」オッサン兵士は困ったような顔をしている。「ともかく城門までの人払いはすましております。といっても、多くの兵は白亜様の逃走を助けようとみてみぬふりを決め込む覚悟で、私たちはなにもしていないのですが……。城の前に車を用意しております。逃げ先についても我々に一案がありますので、ご安心を。さぁ、いきましょう」

「いや、城門にいく必要はないよ。それから潜伏先もだいじょうぶ」

「はぁ?」

 私は机のうえにあった小箱の蓋をあけ、中の物をとりだした。

「そ、それは……ルエル・アータの」

「私を城の屋上にある飛行機発着場につれていって」


 最低限の荷造りをすませ、燭台の灯りを消した。

 そろそろ夜明けがちかいのか、うすい陽光のさしこむ、狭い部屋をふりかえる。


(花白、どうしよ)


「十五分……いえ、十分だけ待って」

「え、どうしたのですか」

(つれては……いけないな)

 ……すこしなやんだ末、置手紙をかくことにした。

 全財産の入った通帳と、かくし集めていた金目になりそうな物を机にまとめ、パンダのぬいぐるみのお腹の上に「花白へ」とメモ書きをのこした。


「ゆこう」

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