第18話

 帝国王室は、喧騒につつまれている……。


「ハッハッハッ……」ベッドに横たわったまま、リモコンをにぎりしめた帝王は、壊れた笑い声をあげている。混乱した様子の重臣たちが、声をあげつづけている。


「お、王様! なぜ『バウロ・ダークガン』を発射したのですか!」

「ハッハッハッ……」帝王は、壊れた笑みを、繰りかえしつづけている。

「まだあの戦線には、黒騎士の部隊が残っていました。黒騎士の戦死の報告をうけ、国内は混乱、民は兵の抑圧をふりきって逃げようとし、さらに暴動も起きています。今すぐにでも、沈静をよびかける王様のお言葉が必要です」

「ハッハッハッ……」帝王は、壊れた笑みを、繰りかえしつづけている。

「戦死の理由が帝国の新兵器であることも動揺に拍車をかけています。

 王は、我らの英雄を殺した。これは、我が国への裏切り行為、ひいては、国民の命を見捨てる行為ではないか? と……。

 また、被弾した敵国が、我が国に報復の意をしめしています。新型ミサイルの発射をほのめかす発言もあり、今すぐにでも、国民に避難指示を出す必要が」

「ハッハッハッ……」帝王は、壊れた笑みを、繰りかえしつづけていたが、やがて、真顔にもどり、


「黒騎士は竜だ。竜は殺さねばならん。竜はやがて、ワシの首を喰らうのだから」といった。


「まもなく帝国に業火がふりそそぐだろう。ルエル・アータを準備しろ。ワシはシェルターにゆき、そこから前線の指揮をとる」


「は……?」重臣一瞬、あっけにとられていたが「……ルエル・アータの鍵なら、黒騎士が持っていた気がするが」といった。


「は……?」帝王の顔は瞬時に真っ青になったが、すぐに真っ赤になった。

「誰か! 黒騎士を引っ捕らえここにつれて参れ! 急げ! 殺しても構わん!」


(いやオマエが殺したんだろ!)

 狂った王を見捨てることにした重臣たちは、その夜、いそいそと夜逃げの身仕度を始めた。


 帝王の処刑を求める声が国中に鳴りひびいている。

 返答はない。

 政府は雪に閉ざされた山のように、沈黙を貫きとおしている。

 民たちは、息をひそめ、灰にまぎれ、武器をあつめている。

 夜の空にまぎれ、躯をねらう牙鳥のように、他国の戦闘機が旋回している。


 異端竜から流れ出た、邪気の残滓がたどりついたのか――氷竜は、さみしそうな瞳から、涙をひとしずくおとした。




 石ころが窓をうつ音に目をさます。

 誰もいない。

 夜明けにはまだ遠い。おびえた野良犬の遠吠えが、とおくにきこえる。

 風に足音をかくし、闇と一体化できることは、優秀な密偵の条件だ……。黒騎士に仕えていた密偵なだけはある。彼(もしくは彼女?)は『影』そのものだ。世界が闇に飲み込まれてしまったあとにも、きっとどこかにひそんでいる。小窓のすぐ横に、金で雇った密偵の調査書がはりつけてある。一見は、ただの白紙だけど、特殊のオイルでコーティングしていて、火で軽くあぶることで、初めて内容を確認できる。

 私はライターを着火した。


「……」


 黒騎士の死因は、帝国が開発していた新兵器『バウロ・ダークガン』であった。『バウロ・マター』という『死戻りの峡谷』よりみつかった物質をエネルギー源に作った超強力豪炎ミサイル。着弾地点に巨大な爆炎を噴き上げるとともに「死素」とよばれる危険な毒素をまき散らす。生存者の報告は、いまだにない。黒騎士の死体はみつからなかった。だが、それは特別なことではない。爆心地に、死体はほとんど残っていないかった。真っ黒焦げの炭のようなものが散見される程度で、周囲の土地は、地層から根こそぎ焼きはらわれていた。

(期待してはいけない。死んでいるのだろう。氷竜が、泣いている。……おそらく最期の同族の竜をうしなったかなしみによる涙だろう)

 調査書によると、『バウロ・ダークガン』を発射したのは、帝王だという。

(発射装置? あぁ、帝王がいつもにぎりしめていた、あのリモコン……)

『バウロ・ダークガン』は、協定により禁止されている兵器のため、国の存続が著しく危ぶまれる時以外、放射してはならない。そのため、発射スイッチは、帝国の最高権力者が管理する決まりとなっていた。

(黒騎士。……一矢報いるどころか、味方に背中を撃たれているではないか)

 帝王は黒騎士をおそれていた。

 彼の心をのぞいた時、黒騎士の仮面がうかびあがった。

 あれは、心に沁みついていた、黒騎士への恐怖心が出現したものだった。竜の力が露見しているのか……それは、わからないけれど。彼の強大な力をおそれた帝王は、国防を口実に『バウロ・ダークガン』を発射した。

  

 被弾した国は放射の理由を求めるとともに『最大値の報復』をすると宣言した。重臣たちはそれに対し「やむを得ない危急の敵種の排除」ならびに「強大な火力により罪のない民を死に至らしめ、恐慌により弾圧を図るなど、野蛮人のやることだ。科学の時代にありえない。すぐにとりやめよ」と回答した。他国は「王をだせ」と要求したが、帝王はしずまりかえっている。


(例のミサイルがいよいよ空をとぶのか……)




 調査書の文末は「王は竜狩りをおこなう可能性がある。すぐにそこを離れよ、竜の娘」としめくくられていた。私は調査書を竈に放り、焼却した。

 部屋の木製の戸が、しずかにノックされた。 

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