エピローグ

夜空の屋上

「いやはや、今年も大盛況だよ開青くん」


 春花先輩と再開して八年後、僕たちは母校の文化祭に来ていた。


 春花先輩は黒髪を伸ばして、大人になっていた。ただ、セントセシリアの髪飾りは今でも咲いていた。


「最近はなかなか会えなかったからね。最近の調子はどう?」


「めっちゃ忙しいですよ。ようやく実習が一段落ついたのに、まだまだやることしかないです。春花さんは?」


 僕はキュッと青い薔薇のネクタイピンをつけ直しながら訊いた。


「バリバリキャリアウーマンやってますよ。あらゆる人に支えられながらね」


 僕たちは屋上へ向かう階段を登る。春花先輩が立ち止まった。


「でもね、やっぱりまだ後遺症はきついかなぁ。木の上に落っこちたからまだ軽かったものの……」


 少し息切れして、汗をかいていた。


「踊り場で休憩しましょうか。お茶ありますよ」


「大丈夫大丈夫。さぁいこうか」


 先輩は再び力強く歩き出した。ぬるいドアノブを捻る。ひゅおう、と勢いよく風が僕たちにぶつかった。去年は曇りだったが、今年は僕たちを祝福してくれているかのような快晴の空だった。


 空気の読める空だ。


「浮けないって不便だなぁ。ああ、懐かしい」


 先輩はよたよたと屋上の隅へ向かう。


「人結構いるしさ、今年もここで花火見よう?」


 僕は大人しく従って、春花さんの隣に座った。


「懐かしいですね。ここで、色んなことがありました」


「なんだね、今年はやけに感傷的だな。まー、そうだね。この夜空の屋上で、君は私にドデカボイスで告白したっけね。それで私は勢い余ってキスしちゃって、みんなに拍手されちゃったっけ」


 意地悪そうにふふふと春花さんは笑った。それよりも重大な告白をしようとしているのを知らずに。


「花火が打ち上がる三分前です!」


 実行委員がメガホンを使って叫ぶ。もう話しても大丈夫だろう。


「ねぇ、春花さん。僕の夢は、あなたがつくってくれました。叶えられたのも、あなたのおかげです」


「え? そうかな。頑張ったの君でしょ?」


「まぁまぁ、聞いてください。先輩の夢って、なんでしたっけか」


 春花さんはキョトンと頭上に疑問符をつけ、顔を赤らめて答えた。


「え、なになに、言わせないでよ恥ずかしいなぁ。高校時代に恋して、青春を送ることです」


 きゃー、と小さく呟く。実行委員の大声が聞こえた。


「一分前です!十秒前のカウントダウンお願いします!」


 大丈夫だ。このまま行けばタイミングが合う。


「僕、春花さんに夢を叶えてもらいました。だから、僕もあなたの夢を叶えたい」


「え私の夢、もう叶えてもらって……、まさか」


 春花さんは相変わらず心を読む。読んでしまう。それでもいい。構わず続ける。


「可愛い、花嫁になりたいんでしたよね」


 春花さんは口に手を当ててコクコク頷いた。


 あぁ、声が震える。僕の鼓動が、聞こえていないだろうか。


「僕が、その夢を叶えたいんです」


「三! 二!! 一!!!」


「僕と、結婚してください!!!!!」


 大輪の花火の下で、ささやかなピンクの薔薇と青い薔薇を一本ずつ差し出した。


 隅っこにいるので、恐らく周りの人には聞こえず、二人だけの世界になった。


 夜空の下、春花さんは震える手で僕の手を握り


「ありがとう……。よろしくね、開青くん」


 そう、囁いた。

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空の屋上(章ごとに分けてみました) 野々宮 可憐 @ugokitakunaitennP

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