ぼくはセーブポイント管理者! 〜どの難関ダンジョンの最深部にもセーブポイントってありますよね? あれ作ってるの、ぼくです。〜

渡良瀬遊

【短編・1話完結】今日もセーブポイントの点検。地下39階ならすぐ着くね。

「おはようございまーす! セーブポイントの点検にきました、リオン=マリトッツォです!」


 ダンジョン前のカウンターで身分証を見せると、受付嬢のミランダさんがにこやかに迎えてくれた。


「あらあら、リオンくん。今日も元気ね。39階の階段前のセーブポイントを見てほしいんだけど、大丈夫かな?」


「はい、任せてください!」 


「わあ、頼もしいわねぇ」


 ぼくは、ギルドの依頼を受けて、ダンジョン内のセーブポイントを点検したり、新しく設置する仕事をしている。


 セーブポイントがないと、ダンジョン内で死んでしまった冒険者が再生リスポーンできなくなってしまう。


 地味だけど、ひとの命を救う大切な仕事だ。


「……だけど、本当にひとりで大丈夫? 今日は39階よ? Bランク冒険者なら何人かギルドで都合つけられるけど……」


「あはは、からかわないでくださいよ。ただの点検ですよ? どうして冒険者が必要なんですか?」


「リオンくんが大丈夫っていうなら、お任せするけど……」


 ミランダさんは、ぼくのひとつ上、16歳だ。

 とても綺麗な金色の髪をしていて、美人で優しいから、オトナのお姉さんという雰囲気がある。

 だけど、きっと、ぼくのことは子どもだって思ってるんだ。


「3時間あれば戻れると思いますので! ついでにほかのセーブポイントも掃除してきます!」


「あ、ありがとう、リオンくん……」


 頼りになるところを見せなくちゃ!

 ぼくは小走りでダンジョンの中へと走っていった。

 うしろからポツリとミランダさんの声が聞こえた。


「Aランク冒険者パーティで1週間はかかるのに……」


 ☆


 地下1〜9階は簡単だ。

 スライムや歩くキノコみたいなモンスターしかいないから、走っていけば、すぐに抜けられる。


 歩くキノコの横を駆け抜けると、その場で車輪みたいにくるくる回るから、ちょっとおもしろい。


 目は回るかもしれないけど、ダメージは与えていないから、すぐに立ち直れるはずだ。


 師匠から厳しく言われたなぁ。


 ――ダンジョンは冒険者のためのものだ。


 ――セーブポイントを管理する俺たちは部外者だ。俺たちは必要以上にモンスターを倒したり、宝をとってはならねぇぞ。


「師匠……、偉大なひとだったなぁ……」


 地下9階のセーブポイントは、下におりる階段の前にある。様子を見ると、瓶や食べ物の包みなどのゴミが散らばっていた。


「もう……大切につかってほしいのに」


 きっとテント泊した冒険者の方が捨てたのだろう。ぼくは古代魔法ディストーションで、次元の狭間にごみを飛ばした。


「この様子じゃ、この冒険者さんの到達階はぜんぶ汚くなっちゃってるんだろうな」


 悲しい気持ちになります。

 次の人が来る前に、急いで綺麗にしないと。


 地下10階はボス部屋だけど、階段から床に足をつけなければ、ボスのストーンゴーレムは目を覚まさない。


「ちょい、と」


 ぼくは足元の階段から次階への階段、約100メートルをジャンプして、地下10階をやりすごした。


「ストーンゴーレムだって、かけだし冒険者には大切な練習相手だもんね。ぼくが倒すのはよくないよね」


 そうやって、セーブポイントの掃除をしながら、ぼくは急いでダンジョンを下っていく。


 ☆


 ――地下39階のセーブポイント近くに着くと、冒険者たちの声がした。


(いま、使ってくれているのかな。点検は冒険者さんたちが先に進んでからにしなくちゃ)


 冒険者さんたちの様子をうかがう。すると、なにかよくない雰囲気のようだった。


 金髪の男性、おそらくリーダーのかたが言う。

「おい、全員セーブしたよな?」


 茶色の髪の戦士が答える。

「ああ、言われるまでもねぇ」


 黒い帽子の魔法使いが言う。

「もう済んだわよ」


 最後に、白い服を着た、青髪の弓使いの少女が言う。

「だ、大丈夫です……」

 ひとりだけレベルが低そうだ。


「よぉし、準備オーケーだ。これで次に死んだら、俺たちが戻る場所はここってことだ」

 そう言って、リーダーの男性は飲んでいたポーションの瓶を投げ捨てた。パリン、と破片が飛び散る。


(あの人が散らかしていたんですね……)


「ここまでやっとこれたな。5日はかかったか」

「は、はい……。たいへんでした」


「お荷物をかばいながら、だもんなァ! Aランクのオレ様たちだって大変だったぞ」

「も、申し訳ございません……」


「ま、それも終わり、か。せいせいするわね」

「はい……、お手数ですが、40階のフロアボス・デビルサーペントの討伐までお付き合いいただきたく……」


 青髪の少女がそう言ったとき、リーダーの男性は冷たく言った。


「――はぁ? ボスの討伐? そりゃあ頼まれてねぇけど」

「え……?」


「オレ様たちはアンタをここまで連れてくのが仕事だろ?」

「ち、違います! ギルドで依頼したのは、父の病気を治すのに必要な『蛇龍のキバ』がほしいと……」


「バカね、あんた。ギルドで契約書を見てごらんなさい。あんたの依頼事項は、私を40階まで連れていってください、としか書いてなかったわよ? 契約書の書き方、下手くそなのね?」

「は、初めて依頼しましたので……。で、でも、きちんと説明はさせていただきました……!」


「ま、俺たちも鬼じゃねーさ。追加報酬をくれれば助けてやるよ」

「追加報酬……?」


「――その指輪だよ。見たところ、なかなかいいマジックアイテムじゃねーか。それをよこせば、ボスを倒して、お前を地上まで送ってやる」


「で、でも、これは母の形見かたみで……」


「おうおう、ま、オレ様はかまわないけどよ。ここで解散でも」


「あんたは死んだらこのセーブポイントに戻ってくるのよ。はたして、あんたひとりでできるのかしらぁ? 下のボスを倒すのも、地上まで戻るのも、ねぇ?」


「お前がひとりで戦えるのは、せいぜい9階層のザコまでだろうなぁ。1000回死んでも、30階層までいけることはないだろうなぁ」


「鬼……悪魔!」


 ――もう我慢できない!

 ぼくは、冒険者たちのところへ飛び出した!


「あの! ちょっとひどいんじゃありませんか!」

「なんだ、テメェは……?」


「ぼくは、リオン=マリトッツォです! セーブポイントの点検にきました!」


「点検……? キャハハハハ、あんた、バカなの? セーブポイントは『神が人間に与えた奇跡』よ? あんたが何を見るって言うのさ?」


「それは……結界の切れ目がないか、とか、記録容量に不具合がないかとか……」


 ――はっ!

 いまは丁寧に説明する必要なんてありませんでした!


「それはともかく! どんな理由であれ、ダンジョン内でパーティメンバーを見捨ててはいけません! ぼくは師匠からそう教わりました! それにセーブポイントを悪用するのはやめてください!」


「はぁ? なめてんじゃねーぞ、このチビ! えらそうな口きくんじゃねぇ!」


「お、おい、待て! こいつ、どうやってこの階まで……」


 戦士のかたはブロードソードを振りかぶり、ぼくに襲いかかってきた。

 動きはゆっくりだけど、ぼくの頭をはたこうとしているのがわかる。


「もう……少し頭を冷やしてください。古代魔法・プリズンルーム」


 戦士のかたは、一度この世界から消滅した。


「え……?」


 そして、3秒後、再びこの世界に戻ってくる。


「あ…………ガタガタガタガタガタガタガタガタ」


 戦士のかたは震えながら、その場に座り込んだ。


「お、お前、何をした……?」


「――ですけど、反省しましたか? なにもない白い部屋は自分を見直すのにいいですよね?」


「うわあああああ!」


 今度はリーダーの男性がぼくに斬りかかってくる。


「あなたはゴミを持ち帰ってください。古代魔法・ディストーション」


「むぎゅっ!」


 ぼくは次元の狭間を開き、ブロック状に固めたゴミを、男性の頭上から落とした。


「て、てめェ、殺してやる!」


 リーダーの男性は剣に炎の魔法をまとわせると、ぼくを斬りつけてきた。


「はいはい、あなたも反省してくださいね。プリズンルームです」


 今度は5秒間、リーダーの男性を異空間に飛ばした。体感的には5か月間、白くて狭くて何もない部屋にいてもらった。


「あばばばばば……」


 男性はそのまま意識を失った。


 魔法使いの女性は、震える指で、ぼくをゆびさした。


「あ、あんた、その魔法……、まさか【深淵しんえんの迷宮】の……?」


「はい、これは迷宮に封じられた、《神々の遺産》と呼ばれる時空間魔法です。迷宮は研修として、師匠につれていかれました」


「研修……!? そんなのありえない! だってあそこは、誰もクリアしたことのないダンジョンで……!」


「あはは、いやだなぁ。249階までところどころにセーブポイントがあるじゃないですか? あれ、誰が作ったと思います?」


「ま、まさか本当に……」


「まあ、最初の頃はぜんぶ師匠がつくってましたし、230階までは師匠に手直しされてばかりでしたけど。249階のものはよくできましたよ」


「あ、あんたの師匠って……?」


「ぼくの師匠ですか? マーリン=ソールズベリーですけど……ご存知でしょうか?」


「あ、あの伝説の大賢者様っ!?」

 そう言って、魔法使いのかたは地面におしりをついた。

「ご、ごめんなさい……あたしたち……なんて失礼なことを……」


 師匠、やっぱり有名なんですね。


 ぼくは魔法使いのかたに問いかける。

「さあ、これからどうしますか? 弓使いのかたを見捨てないでくださいますか?」


「あ、あ……、あたしたち……、でも、ふたりが……」


「あ、そうですね。お二人は少し休まないと戦えないのかもしれないですね。じゃあ、外に帰りますか? ご案内しますけれど」


 魔法使いのかたはコクコクとうなずく。


「じゃあ、皆さまをセーブポイントの中に入れてくださいね」

「は、はいっ……!」


 魔法使いのかたは、戦士のひとをはたいてセーブポイントの中に入れたあと、リーダーのひとを引きずってセーブポイントに入れた。リーダーのマントには、さっきのゴミブロックがからまっていた。


「こ、これでよいでしょうか……?」

「はい、大丈夫です」


「最後に、弓使いのかたにあやまってくださいね」

「は、はひっ! ザコパーティなのに調子にのって申し訳ありませんでしたぁ!」


「これで仲直りですね」


 ぼくは、セーブポイントに近づき、呪文をとなえた。


「さようなら。古代魔法・エスケイプ起動」


「あ…………」


 そうすると、青いセーブポイントが緑の光に変わり、中にいる人たちは全員いなくなった。


 これはセーブポイント内だけで使える、地上帰還魔法だ。

 結界に穴がないことも点検できたし、一石二鳥だ。


「――異常なし、と」


「あ、あの……」

 青い髪の弓使いのかたが声をかけてきた。


「助けてくださり、ありがとうございます。わたしはリリア=キャロルといいます。こんな場所で、こんな素敵な方に出会えるとは思っていませんでした」


「もー、おだてても何もでませんよっ!」

 ぼくはついうれしくなってしまう。われながら単純だなぁ。


「ご厚意にすがるかたちになり申し訳ないのてますが、わたしはひとりではここから出ることもできません。どうか、助けてくださいませんか……。お願いします……」


 リリアさんは涙目になってお願いした。ぼくは答える。


「もちろんです。ぼくのせいでこうなってしまったところもありますので」


「あ、ありがとうございますっ!」


 ぼくも、かけだし冒険者の人たちに大人げないことしたかな、と思う。


「リリアさんをお外にお送りすることはすぐできますよ?」


 すると、リリアさんは、


「リオンさんはお強いのですよね? 可能であれば、40階層のフロアボス・デビルサーペントを倒していただくことはできませんか……?」


「え、う〜ん……」


 デビルサーペントは1年ぶりに再出現リスポーンしたと聞いている。


 ぼくが今回の点検をお願いされたのは、デビルサーペントと戦うかけだし冒険者のために、セーブポイントの動作を確認するためだとか。


 このダンジョン自体、かけだし冒険者の練習場みたいなところなのに、ぼくが荒らしてしまうのも師匠の教えに反する。


「父の病気を治すために必要なんです……。もちろん、帰ればお金はお支払いしますし、この指輪を差し出せということ以外はなんでもします……」


「え、なんでもしてくれるんですか?」


「え? ええ…………」


 なら、ぼくがちょっと手だすけするだけでいいのかも。


「セーブポイントに立ってくださいますか?」


「は、はい。でも、地上には飛ばさないでくださいね……」


「大丈夫ですよ」


 おずおずと、リリアさんはセーブポイントにからだを乗せた。


「これでいいのですか……?」


「はい、そのままです!」


 ぼくはセーブポイントの情報を調べる。


「ええと、リリア=キャロルさん。レベルは21で、好きな食べ物はプリン。15歳で、身長は154センチ。体重は49.5キロで、最近の悩みは弓が胸に引っかかること……」


「ちょ、ちょっとなんで知ってるんですか!?」


「えへん、セーブポイントにはすべて記録されているのです」


「は、恥ずかしい……」


「あ、リリアさん。違うんです。ぼくはリリアさんを恥ずかしがらせるためにこんなことをしたんじゃないんです」


「じゃ、じゃあ、いったい……」


「100万人の冒険者データから検索しているんです。リリアさんの才能を」


「え……」


「あ、ありました。保存ナンバー601789、ジーナ=ブロンテさん。斧使いです」


「斧……?」


「ジーナさんのイメージ、見えますか?」


「は、はい……。女性が斧で戦っている様子が見えます。ど、どういう仕組み……?」


「失礼ですけど、リリアさんは弓には向いていません。リリアさんと同じようなデータを持つ冒険者の傾向からすると、リリアさんは斧使いになれば強くなれます!」


「わ、わたしみたいなのが斧なんて……」


「試してみませんか? こちら、洞窟でひろった落とし物ですが、少し借りてみてはいかがでしょう?」


 古代魔法アイテムボックスで、異空間から、【深淵しんえんの迷宮】の212階に落ちていた斧を取り出した。


「え、どこから出てきたの……?」


「まあまあ、いいじゃありませんか。どうですか?」


「リオンさんがそうおっしゃるなら……。でも、わたし本当に斧なんて……」


「おためしください」


 ぼくはリリアさんに斧を渡した。

 すると。


「ん? ん? おおおおお、こいつはいいじゃねぇか! リオ坊!」


「リ、リオ坊?」


 ……性格が変になってしまった。さっき検索したジーナさんが伝染してしまったのかな。


「さぁてと、死にかけ父ちゃんのためにヘビの化け物を退治といきますか! リオ坊、サンキューな!」


「は、はい……」


 リリアさんが壊れちゃった……。

 リリアさんは意気揚々と地下40階に降りていく。


「でも、さすがにきびしいかもです。ちょっとだけ、お助けしてあげますね」


 ぼくは、リリアさんに強化魔法ダブルヘイストと、いざというときの復活魔法リワインドをかけてあげた。


 これくらいなら、大丈夫でしょう。


 ――そして、地下40階。


「うおおおおおおお! アックスブレイカァァァッッ!!!」


 過去のSランク冒険者・ジーナさんの動きを参考にしたリリアさんは、無事デビルサーペントを討伐した。


 斧を返してもらうと、


「ふぇぇぇ!? あ、あの、わたし、リオンさんに失礼なことを……」


 と元のリリアさんに戻ったので、結果オーライだった。


 ぼくとリリアさんは、39階層のセーブポイントまで戻り、エスケイプで地上に出た。


 ☆


「え、本当にもう、地下39階へ!?」


「はいっ! ぴったり3時間くらいでしたね」


 ミランダさんに今日の結果を報告すると、大げさに驚いてくれた。気をつかってもらってるんだろうけれど、単純だからうれしくなっちゃうな。


「セーブポイントはどうだったかな?」


「はい、ちゃんと動いていましたし、記憶容量も拡張しておきました!」


「あらあら、ありがとう。これでデビルサーペントと戦う冒険者も安心ね」


「あの〜、そのことでご報告が……」


「なあに、リオンくん?」


「デビルサーペントは、すでに討伐されました。ここにいるリリアさんが倒してしまいました」


「あ、そ、そうなの……!?」


「ギルドとしては、目玉モンスターが減って残念かもしれませんが……」


「目玉というより、Bランク冒険者でも危険だから、警戒していたのだけど……」


「お詫びといってはなんですが……。ジーナさんが持ち切れなかった分のデビルサーペントをお持ちしました。ダンジョンに放置するのもしのびなかったので、こちらをギルドで取り扱ってくださいませんか?」


「え、ど、どこに……?」


「こちらです!」


 ぼくは、アイテムボックスからデビルサーペントを取り出した。20メートルはある、大きなヘビさんです。


「きゃあああああ! なんでいきなりデビルサーペントが!?」


「お、おどろかせてしまってごめんなさい。ぼくの魔法です……。もう倒していますので怖くないですよ」


「えええええ!? てか、これ、3000万ガルドはしますぅぅぅぅ! まるごとはすごすぎますよぉぉぉ!」


 ダンジョンの受付嬢ミランダさんは、とてもおおげさにおどろいてくれた。ヘビさん1匹なのに、褒めるのが上手です。


 ――後日、ぼくには、ギルドからセーブポイント点検料のほかに特別ボーナスが払われました。


 冒険者のたのしみを奪ってしまって申し訳なかったのですが、ミランダさんがうまく説明してくれたのかな。


 今度、おいしいアップルパイでも差し入れしてあげれば、埋め合わせになるのかな?


 そうそう。


 リリアさんのお父さんは、無事病気が治ったと聞いています。


 娘であるリリアさんが斧を持つと強くなるので「あのおしとやかだった娘がぁぁぁ!」とよろこんでいるらしいです。


 また、リリアさんにもギルドから特別ボーナスが出たとか。


 リリアさん、これからも強くいてくださいね?


(了)

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